第18話 天意を問え
『汝、願いを心の中でしかと唱えよ』
願いの大樹の力強く頼りになる声が頭の中で響く。
弥太は他の誰にも聞こえていないその声を不思議に思わず、その声に従い、どんぐり眼をぎゅっと瞑って、瑠璃の水神様の手を握りながら心の中で叫んでいた。
おいら、頑張る。独りは怖いけど頑張る。
みんなが怖いのはもっと嫌っ。
よく分からないけど、どうすればいいか分からないけど、おいら頑張る。
そうだっ。千吉が言ってた。
困った時のおまじない。あれだ。
テンイヲトエっ、てんいをとえぇぇっ。
泉の中の大樹のうろが眩いばかりの光を灯し、浄玻璃の泉の神水を光り輝くものに変えた。
泉の光は美しくも神々しい光の波紋を空に樹々に大地に投げかけ、弥太と願いの大樹以外を光の波で包み込み覆い隠した。
『汝、天意を問うものよ。汝の問いに応えん。我は天地の境に在って、願いを聞き届ける龍樹なり』
浄玻璃の泉が渦巻いてうねりを上げ、巨大な蒼い水の龍となって横たわる大樹に巻き付き、願いの大樹は天を衝いて地を見下ろし、屹立した。
『大地の神霊の霊みかえの寶法は龍樹である我も抗うこと能わず。なれど、身戻りの御理法をもってこれに応え、汝の問いの答えと為す。汝が往く道、余りにも険しく、その幼き身一つで向かうには余りの事にて、憐れなる娘、瑠璃の願いも併せて聞き入れん。されば、汝、金翅鳥の舞笛を空を舞い上がりし時に吹け。笛は壁を越え汝に付き従うようとりはからうものなり』
願いの大樹の話が終わると、ごーんっ、ごーんっ、と大きな鐘の音のような音が辺りに重々しく鳴り響き、風景が歪む。
「うん、おいら、頑張るっ」
弥太は声を発しながら飛び起きた。勢いよく飛び起きたせいで覗き込んでいた大天狗の鼻にまた激突した。
「ぐぬぬっ」と鼻を押さえる大天狗を見て、弥太は不思議に思った。
あれえ?
前にも同じことがあったよ。
この後は太郎治が……。
ふわりと、太郎治は葉っぱに乗って弥太の目の前に想った通りにやって来る。
瑠璃姫は、
「目覚めたか弥太。まずはよかろ」
弥太の手をぎゅっと握ろうとして、驚き面白そうな笑顔を浮かべた。
「おや、弥太。吾にすら思いも寄らぬ事を為すとは流石じゃな。幽世の風を纏って眠りに落ちたかと思えば、目が覚めたと共に、神の笛を握りしめておるとは、何と豪儀じゃ。権大師殿、これは何かの神意であろう。貴殿を疑うて悪かったの」
「だから言ったであろうが。寝ておるだけじゃと」
大天狗は高い鼻をさすりながら、怖い顔で弥太に話しかける。
「おい子河童。何があったか説明せいっ。貴様が握りしめておるそれは我が一族の秘宝中の秘宝、『金翅鳥の舞笛』と同じものではないか。なぜそのような大それたものを貴様が持っているのだ?」
大天狗は懐をごそごそすると金の横笛を取り出した。
「ほれ、儂もこの通り、同じものを……」
弥太のもつ金の笛と大天狗の持つ金の笛が共鳴を始め、高らかな音を鳴らし閃光を放った。
一瞬、大天狗に瑠璃姫、太郎治の動きが止まる、
すると、それを狙っていたかのように、
「ぎぇー」
一声高く神域の空の守護者たる大鷹が声を上げて顕れ、大きな足で弥太の黄緑色の甲羅をがっしり掴むとたちまち空へと舞いあがる。
瑠璃姫は目の前に突如現れた龍が巻き付いた大樹の姿に、動くことを忘れ、大天狗は躰が強張り動けず、太郎治は攫われゆく弥太の後を追わんとして、宙に舞い上がったが、神たる光の鷹の力強い翼の羽ばたきに追いつけず、山神様の滝の時と同じく、細く高い雅楽のような音色で悲鳴のような声を上げていた。
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