第12話 仲良ししよ?
「子河童っ、貴様はー何者じゃ? 何故にさような事が出来る?」
詰め寄ろうとする大天狗から弥太を庇い、すいと瑠璃姫が立ちはだかる。
「権大師殿、弁えよ。弥太は浄玻璃の泉に居る事が適うものにして、願いの大樹の声を聴き願いの大樹と語らいの出来る真のもの。何より、吾が言祝いだ唯一無二ものじゃ。弥太への無礼は吾への無礼。その身をもって見知りたいか?」
瑠璃姫の華奢な躰から、圧倒的な神々しさが溢れ出で周りを圧倒する。
びりびりと空気が震える中、
「ねえ、仲良ししよ? 太郎治のお話まだだよ。ねえ、太郎治」
と、弥太は、そっと瑠璃姫の手を握って心配そうに瑠璃姫と大天狗の顔を見つめた。
太郎治はそれに合わせ、瑠璃姫と大天狗に、拍子の厳しい笛の音のような澄んだ声で歌い上げるかのように窘めた。
「流石じゃな、弥太。主は……流石じゃ」
瑠璃姫は優しい雰囲気を取り戻し、大天狗はぎょろ目を更に見開いて、更に驚いている。
瑠璃姫も感嘆感心一入であった。
太郎治は産霊の森の運び手で守り手。神域の大地の気が凝った精霊であり、神域の森と大地の申し子そのものなのだ。
そんな自然そのものの存在と対話出来うるものは正しく神であり、太郎治と話せるのは神域の守護神である山神様のみであった。今までは。
太郎治が静かな調べを奏で始める。
「瑠璃の水神様、荒幡嶽の大天狗さんに……太郎治ごんじょーつかいまります。姫さまにおかれましらは、かなぶんに……えっと太郎治難しいよ。もっとわかり易い言葉で……うん。わかった」
弥太は太郎治の話をたどたどしく伝える。太郎治の言っていることは分かるのだが言い回しが難しく理解できず上手く伝えられない。
大天狗はどっかと腰を下ろし神妙な顔つきで、瑠璃姫は嬉し気な微笑みを浮かべて弥太が伝える太郎治の言に耳を傾ける。
「太郎治がやすい言葉でごめんなさいって。この先の人里が例の黒くて怖いものに襲われました。それで大天狗さんが仲間と皆で人さとを護りました。天狗さんに怪我したものが沢山出ました。今回は護れましたが次はもう護れません。人が黒くなると国中が黒いもので溢れてしまうかもしれません。瑠璃姫様のお力添えをいただきます。ちがう?えっとごちそうさま? ちがう? ええっとぉ……お終い」
弥太は片手で拝むようにしてぺこりと頭を下げた。
しばらくの沈黙の後、肩が震えていた大天狗が我慢しきれず、谺する程の大声でがははと笑った。瑠璃姫は満足気に微笑みを浮かべて頷き、太郎治は生真面目な真っ直ぐな目で弥太を見上げていた。
弥太は瑠璃の水神様と大天狗さんが笑っているのを見てホッと胸をなでおろす。もう変な嫌な感じにはならなそうだ。
面白そうに嬉しそうに大天狗さんも瑠璃の水神様も笑っているので、つられて弥太も笑った。ただ何がそんなに可笑しいのか見当すらついていない。
瑠璃姫が弥太の手を引いて太郎治と大天狗の前まで進み出る。
「委細は承知した。荒幡殿に太郎治殿」
太郎治は片膝をついたまま頭を下げ、荒幡嶽の大天狗も居住まいを正して坐した。
「再び黒い災禍が沸き起ころうとは。残滓で在っても荒幡嶽の権大師殿に手傷を負わす程のもの。迂闊には立ちまわれぬな。しかし、吾の縛りが解けた今、話は違う」
大天狗はぐっと身を乗り出し、
「故にじゃ、取りも直さずここへ来たのは。先の大祓えで彼奴等の大部分は祓えた。此度のことは残りの奴等を根絶やしにする絶好の機会でもある。あ奴等の中には瑠璃姫殿、お探しの核たる者らしき姿もあった。儂もあらん限りの力の全てを尽くす。ゆえにゆえに伏して合力を願う。この通りじゃ」
坐したまま両の掌をついて頭を下げる。誇り高き天狗の長がまさかの臣従に近い礼を尽くしたのだ。
「ほう、そこまでの覚悟が御有か」
驚く瑠璃の水神様の手が離れた瞬間、弥太は水神様にぺこりと頭を下げて水に溶けたかと思うと、すいっと太郎治と大天狗の前へやってきた。
初めから見ていてずっと気になって仕方なかったのだ。
大天狗の負っている傷は深くなさそうだが、黒い煙のようなものが傷の近くを行ったり来たりしている。あの傷は早く何とかしたほうがいい、
弥太は泉の水を一杯に吸い込むと、乳白色の皿の上に小さな渦を巻き起こした。
そしてとうとう口から水鉄砲よろしく勢いのいい大量の水を大天狗に吹きかけた。
全くの不意を突かれた大天狗は避ける間も無く全身に水を浴び、その瞬間じゅっという音と共に白い湯気が一斉に躰中から立ち昇る。
その湯気の量も尋常ではなく、巨大な湯柱をあげてその湯柱が散じて霧のように広く周りを覆い、一瞬にして大天狗が溶けてしまったのかと思う程であった。
たちまちにして大天狗の姿が真っ白く覆われて見えなくなる。
「かあっ!」
裂帛の気合が大天狗から発せられた。雷が落ちてきたかのような轟音と共に周りの空気がビリビリと揺れ、大天狗を中心に強い風が巻き起こり渦巻いて辺りをびょうびょうと木々は勿論のこと水面まで激しく揺らす。
降り積もっていた雪が舞い上がり飛礫となって、木々にばしばしと音を立てて襲い掛かる。強い音を立てて枝葉を折り散らし、幹を砕き倒してゆく。
かなりの惨状である。
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