しくじり魔王〜転生先をミスりました〜

玄門 直磨

第1話

 俺を倒しにはるばるやって来た勇者一行が今、目の前にいる。

 煌びやかな装備を身に纏った青い髪の青年。黄色い派手な鎧と見事な鬣の付いた兜を被っている筋骨隆々の戦士。あどけなさの残る、まだ少女と思われる僧侶。緊張感に欠ける肌の露出の多い恰好の女。

 そんなちぐはぐなパーティーが、俺の世界征服を阻止すべく武器を構えている。露出の多い女だけは小さな布袋を握りしめているが。

「魔王よ、観念しろ! 俺たちが来たからには、世界征服などさせない!」

 青い髪の青年――勇者――が剣をこちらに突き付け啖呵を切る。

「ふははは、闇の力を纏った俺に、貴様ら人間ごときが勝てると思うのか?」

「やって見なければ分らぬ。拙者の鍛え上げた剣技で、切り捨ててくれよう」

 黄色い派手な鎧の戦士も剣を握り直し、構える。

「わ、私達は平和に暮らしたいんです。なので、倒させてもらいます」

 僧侶が怯えながらも杖を構え、呪文の詠唱に入った。

「あたしはさ、遊んで暮らせれば良いわけ。でも、あんたがいると、おちおち勇者君とイチャイチャ出来ないんだよねぇ。だ・か・ら、あたしたちがお仕置きしてあげる」

 露出狂の女が意味不明な事を言っている。

「元々この世界は我ら魔族の物だった。それを300年前に侵略し、俺を封印したのは貴様ら人間だろう。貴様らが居なければ、平和そのものなんだ」

「お前ら魔族が人を襲うからいけないんだろう!」

 勇者がそういい放つと、呪文を詠唱していた僧侶が勇者に補助魔法をかけた。

「マスルプ!」

 攻撃力がアップする呪文だ。

 補助魔法を受けた勇者が切りかかって来る。

「せいや!!」

 しかし、勇者の剣は俺の纏う闇の羽衣によってそのダメージを無力化される。

「むだだ! 貴様らの攻撃は一切通用しない」

「くっ――。ならば!」

 すると、勇者は懐から一つの球を取り出した。

「そ、それは!?」

 非常にまずい。勇者が懐から出したものは、精霊の卵と呼ばれる、人間の拳ほどの大きさの玉だ。

 それは、精霊の使いである霊鳥が死ぬ間際に残すという聖なる玉。

「そうだ! これが有れば、お前が纏っている闇も消え、俺たちの攻撃が通る様になる!」

 勇者は精霊の卵を天へと掲げた後、地面に思いきり叩きつけた。

 すると、粉々に砕け散った精霊の卵からはまばゆいほどの光があふれ出した。

「ぬっ――、ぐおおおおおお!」

 身体が焼ける様に熱い。目が眩む。頭が割れそうなほど痛い。そして、自分を包む闇の衣が無くなっていくのを感じる。

「今でござる!」

 一瞬のスキを突き、勇者と戦士が斬りかかって来る。僧侶はまた何から呪文を詠唱しているが、露出狂の女はボーっと突っ立っている。

「ぐおっ、小癪な!」

 躱しきれず、勇者と戦士の攻撃を何度かくらう。

「どうだ!?」

 補助魔法の乗った勇者の一撃は重く、更に戦士の攻撃も的確に致命傷を与えてきた。

 こいつは本格的にヤバい。300年の眠りから覚めたばかりというのもあるが、精霊の卵は予期していなかった。これは一旦立て直した方が良いかも知れない。最早この時代は諦め、また300年後に転生し、再び世界を征服してやろう。

「メアタイリアカンメメガイデデスンイエンクフスレトイリムームス――」

「あっ、そうだ!」

 俺が転生の呪文を唱えていると、何かを思い出したかのように、露出狂の女が手に持っていた革袋を投げつけてきた。

 袋からあふれ出る大量の粉。

「マエリアリロンスマミンスソボン、ボ、ボ」

 鼻がムズムズする。

「――ジョヴィ!! あっ……」

 耐えきれずクシャミをしてしまい、中途半端な詠唱で呪文を発動してしまった。

 そして、気付いた時には勇者の剣が俺の身体を貫いていた。

「お、おのれ……! 俺は再び蘇って、次こそは、世界を征服、してやるから、な」

 全身の力が抜け、地面に倒れこむ。

 そして、薄れゆく意識の中で、勇者たちの会話が聞こえてきた。

「遊び人殿、貴公は一体何を……」

「え? この前もらった胡椒を投げてみたの」

「な、なんでそんな事したんですか?」

「う~ん。なんか、面白そうだったから?」

「とりあえず、魔王は倒したんだ。国へ帰ろう。な、僧侶」

 俺は、中途半端な転生の呪文の効果がどうなるのか不安を抱えながら、闇に飲み込まれていった。


◆◆◆


 俺は、王様のいきなりの一言に耳を疑った。

「えっ?  あの、もう一度……お願いします」

 目の前の玉座にふんぞり返って座る王様は、めんどくさそうに顔を歪めながら耳をほじっている。

「だからぁ、お前は今日から勇者な、つったの」

 取れた耳垢をふっと息を吹きかけ飛ばす。

「そ、その。いきなり勇者と言われましても、困ると言いますか、何をしたら良いのか分からないと言いますか」

 俺はとことん混乱していた。

 今日、16歳の誕生日の朝、母親にたたき起こされ、いきなり城へ連れてこられたのだ。

 そして、王様と謁見するため待合室で待つこと2時間。いきなり言われた言葉が『お前、今日から勇者だから』だ。

 全くもって意味不明だ。

 別に俺の父親が勇者の血を引いている訳ではない。うだつの上がらない、至って平凡な宿屋の店主だ。夜な夜な客室の様子を見に行き、チェックアウトの際『昨日はよくお休みでしたね』とか、『昨日はお楽しみでしたね』なんて言うもんだから、客足は遠退くばかりだ。

 もちろん母親も普通の町民で、実は伝説の勇者の末裔だ、なんて事も無い。

 そんな、平々凡々な俺がいきなり城に呼ばれ、急に『お前、今日から勇者な』なんて言われても、はいそうですか、とはいかない。

「とにかく、早く行って魔王を倒してこいよ」

王様はやはり面倒臭そうに顔をしかめると、しっしっとまるで蝿を追い払うように手を振った。

 こんな態度の悪い王様、よく反乱を起こされないものだ。

 むしろ、今俺がここで起こしてやろうか。と一瞬考えてみる。

 しかし、王様の横には大臣と全身鎧に身を包んだ衛兵が控えているし、背後にも衛兵が待機している。

 仮に王様をほふった所で逃げおおせる事は難しいだろう。

 それに、今は得物を持ち合わせていないし、戦闘経験など皆無だ。

 俺は実現不可能な妄想を振り払う様にかぶりを振った。

 すると王様が、横に控えている大臣に顎で合図を送った。

 大臣が頷くと、俺の目の前にドサリと大きな麻袋が投げられた。

「軍資金だ。有り難く頂戴するがよい」

 その袋を投げた大臣が、口髭を指で弄りながら言った。

 その言葉には、有無を言わせない威厳があった。

 たかが大臣の癖に。きっと裏で悪いことを企んでいるに違いない。今度探りでも入れて、告発してやろうか。

 俺は目の前の袋を見つめる。

 それを受けとる、即ち魔王退治を了承したことになるだろう。

 まぁ空気的にいうと、既に決定事項なんだろうけど。

 しかし、今の生活に飽き飽きしている俺にとって、悪い話では無いかも知れない。

 宿の手伝いと畑を耕す毎日。町にはろくな女がいない。彼女いない歴=年齢なのはそのせいだ。冒険の旅に出ることによって知らない町に行き、新たな出会いがあるかも知れない。事の成り行きで、富豪の娘の婿候補になったりしてな。

 別に無理に魔王を倒す必要なんて無いかも知れない。適当な理由を見つけて、他の街で暮らすのも断然アリだ。

「何をニヤニヤしておるのだ」

 大臣の言葉にはっと我に帰る。

 どうやら顔がにやけてしまっていたらしい。

「いえ、何でも無いです」

 俺はニヤケ顔を抑え、袋を掴む。

「1人で冒険するには心許ないじゃろう。町の酒場で冒険者を探すがよい」

 再び大臣が偉そうに口を開いた。

 王様はと言うと、相変わらず耳をほじっている。

 よくこんな王様で国が持つもんだ。

 仮に王様がダメでも、大臣がしっかりしていれば問題ないのだろうが、どう見ても腹に一物抱えてそうな大臣だ。他に優秀な家来がいるのか、それともああ見えて実は名君なのだろうか。

 その証拠なのか、軍資金として渡された袋の中身が貧相だ。

 お金が100モールドに旅人用の服が1着。薄っぺらい布の服が2着に、武器はちょっと固そうな棒2本に、作り方が荒いこん棒が1つだけだった。

 ふざけんな。こんなんで冒険の同行者を募れるかよ。

 貧乏なのかケチなのか。せめて後ろにボケッと突っ立ってる衛兵と同じ装備を支給しろってんだ。

 俺が袋を覗きながら、渋い顔をしていると、大臣の咳払いが聞こえた。

「おほん。まぁ、たったそれだけという気持ちも解らんでもない。しかし、毎回勇者にそれなりの軍資金を与えていると、国が傾いてしまうのでな。己で稼げる様になるまではそれで凌いでくれたまえ」

 毎回って、そんなに頻繁に勇者として旅立ってる者は多いのだろうか。

 そう言えば先月、隣のトンズラが城に呼び出されていたな。それからというもの、町では見かけていない気がする。まぁ、元々から引きこもりがちだったから、普段そんなに会う事も無く特に気にしていなかったが。

 それよりも、勇者を冒険に出すより、全軍で魔王の城へ行った方が確実なのでは無いだろうか。

 こんなちっぽけな軍資金で、魔王を倒してこいなんてむしがよすぎるのでは無いか。

自分の手は汚さず、安全にしかも格安で魔王を倒してもらおうというのか。

 俺は袋を握りしめると、納得した訳では無いが王様に向かい一礼し、踵を返した。




 酒場のカウンターの奥に腰かけている店主は、俺が店に入ると気だるそうに新聞から顔を上げた。

 カウンターの前に立つと、俺が何かを言う前に、白髪混じりの髭に覆われた口が動いた。

「ここはガキの来る所じゃねぇ。とっとと出ていきな」

 それはよく通る、深みのある声だった。

 俺はその気迫に若干押されながらも、ここに来た理由を告げる。

「大臣に言われて一緒に冒険に出る者を探しに来たんだ」

「なんだ、お前もか」

 吐き出された言葉には、皮肉がたっぷりと塗りたくられていた。

 俺だって、好き好んで勇者になった訳では無いのに。そう思っていると、店主はため息混じりに「まぁ、好きにしな」と読みかけの新聞に目を落とした。

 俺は、城を出たあとその足で酒場に向かった。

 町の一角にある『ダルーイ亭』だ。

 よく、酒場で酔った客がうちの宿に泊まる事が多かったため、その存在は知っていたが、実際に店の中に入るのは初めてだった。

 まぁ、入った所で今みたいにガキ扱いされて追い返されるのがおちだっただろうが。

 俺はため息をつきながら店内を見渡す。

 冒険者が集まる酒場なだけあって、店内は広々としており、2階もあるようだ。しかし、昼間なだけあってか、店の広さに反して客はまばらだ。

 まぁ、昼間から酒場に入り浸っている様じゃ人生終わったようなものだからな。

 俺はとりあえず手近なテーブルに腰かけている男に声をかける。

「あの、冒険者を探しているんですけど……」

 男はグラスを握ったままこちらを見上げると、笑みを浮かべた。

「買った武具は、装備しないと意味ないよ」

 そう言うと男はグラスに目を落とし黙り混む。

「えっ?  あっ、いや。あのぅ」

 俺の質問とは全く関係ない言葉を口走った男に困惑する。

「だから、冒険者を捜してるんですけど、心当たりとか無いですか」

 今度ははっきりと質問する。さっきは言い方が悪かったかも知れないからな。

 男は再び笑みを浮かべながら見上げてくると

「買った武具は、装備しないと意味ないよ」

 再び同じ言葉を口にした。

 ダメだ。こいつは決まった事しか言わない人間らしい。いや、厄介事に巻き込まれたくないだけかも知れない。

 しかし、その方が無用なトラブルを招きそうな気がするんだが。

 俺はじっと椅子に腰かける男に背を向け、壁際に佇む革製の鎧を身に付けた男に近づく。空いたテーブルがいくつもあるのに関わらず、立っている時点で嫌な予感しかしない。

「あの、冒険者を捜してるんですが」

「やっぱりバランスのいいパーティーは、戦士、魔法使い、僧侶だよな」

 いや、俺の求めてる情報はそんなんじゃないし。

「それくらい解ってますよ。因みにあなたは戦士なんですか?」

「やっぱりバランスの――」

 こいつもか。

 昼間っから酒の飲みすぎで頭がやられてしまったのだろうか。

 俺はため息をつくと、まともに話せそうな人物を探す。

 カウンターの親父は相変わらず新聞を読み耽っているし、さっきの男達の他には、テーブルに突っ伏している遊び人風の女が1人しかいない。

 そこで、俺の目にとあるものが止まった。カウンターの隅に置かれている名簿らしき物だ。俺はそれを手に取り、中身を開く。

 そこには数人の名前と職業、そして性別と年齢が書かれていた。

 これだ。俺の探し求めていた物は。

「先ずは誰にしようかな」

 名簿を指で追いながら思案する。

 やはり、まずは屈強な戦士だろうか。敵から身を守ってくれそうだし、戦闘経験の無い俺に、剣術を教えてくれるかも知れない。

「戦士、戦士と――いた」

 名前はダミアン、年齢は31歳とある。いい感じに死地を潜り抜けて来ていそうだ。

「すいません、このダミアンって戦士を仲間にしたいのですが」

 俺がそう言うと、店の親父は渋い表情で顔を上げた。

「悪い事は言わねぇ、そいつは止めときな」

「えっ?  どうしてですか?」

 戦闘経験の無い俺にとって、経験豊富な戦士はいい指南役となるだろう。それなのに、親父はにべもなく止めろと言ってきた。

 一体どう言うことだろうか。親父の単なる嫌がらせなのか、何か他に理由があるのか。

「どうして全員まず初めにそいつを選びやがるんだ」

 親父は俺の質問には答えず、ぶつくさと文句をたれた。

「とにかく、この人をお願いします」

「ちっ、仕方ねぇな。おーい、ダミアンさん、勇者様がお呼びだぜ!」

 親父ははっきりと聞こえる舌打ちの後、2階に向かい大声で呼び掛けた。

 しばらくすると、階段を軋ませながら、1人の人物がゆっくりと降りてきた。

黄色の鎧を着ており、見事な鬣の飾りのついた兜を装備している。少し痩せてはいるが腕や足には無駄な肉が無い。実直そうで精悍な顔立ちをしており、鼻の下には見事な髭が生えている。

 いかにも戦士然とした人物だ。

 黄色という趣味はちょっとどうかと思ったが、俺は期待に胸を膨らませた。

「貴公が拙者を?」

「えぇ、一緒に魔王を倒す旅に出ましょう」

 俺はなるべく爽やかに言った。悪い印象を与えては、断られる可能性があるからだ。

「うぅむ」

 しかし、目の前の戦士は髭を指でいじりながら唸っている。若造だし、レベルも1だからなめられているのだろうか。

「魔王討伐には、貴方の力が必要不可欠なんです。是非、パーティーを組んで下さい」

 ここは丁寧に持ち上げて相手の様子を伺う。

 しかし、相変わらず黄色の戦士は渋い顔をしている。

「貴公に妹君はおられるか?」

「いや、いませんが……」

 一体この質問が冒険に何の関わりが有るのだろうか。

「ふむ、そうか……。残念だが、貴公と冒険に出る事は出来ぬな」

 戦士はそう言うと、踵を返して階段を上っていった。

 俺はポカンと口を開けたまま立ち尽くしていた。全く意味が分からない。

「あいつは真性なんだよ」

 親父がため息を吐きながら呟いた。しかし、俺には一体何のことだか分からない。

「真性って、どういう意味なんです?」

「ロリ○ンだ」

「えっ?  ロリ○ンってあのロリ○ン?」

「そうだ。奴は女で、しかも18歳以下でないとパーティーを組むことは無い。まぁ、最低限1人でもパーティーにいれば問題ないみたいだがな」

 なんて事だ。見た目からはものすごく実直な雰囲気しか感じなかったのに。

 しかし、親父の言うことが本当ならば、18歳以下の女を1人パーティーに加えれば、ダミアンを仲間にすることが出来そうだ。

 しかし、ちょっと待てよ。果たしてそこまでしてアレを仲間にするメリットがあるだろうか。

「その、あの人は実際強いんですか?」

 趣味に多少難が有ったとしても、自分の冒険が安全に進むのならば、仲間にしないこともない。

 しかし、親父の言葉はそんな期待を裏切るものだった。

「弱くは無いが強くもない。それに、目的の少女しか守らんそうだ」

俺は1人で旅に出ることにした。




 俺は、王様にもらった武具を装備し、道具屋で薬草を複数購入した。正直、装備に関しては心許なかったが仕方ない。どうせ、町の周りにはたいしたモンスターはいない事だろう。凶悪なモンスターが出るだなんて話は聞かなかったし、自分自身も見たことがない。

 しかし、そんな思いは見事に裏切られた。

「うっ……あっ……」

 今、目の前には全長2メートル以上あると思われる猫科のモンスターが、涎を滴ながらこちらを睨み付けている。

「ぐるるるる」

 上顎から生えた鋭い2本の牙の間からくぐもったうなり声が漏れている。

 俺はと言うと、腰を抜かして全く動く事が出来ない。

 頭はパニックに陥っている筈だが、頭の隅で客観的に見ている自分がいるから不思議だ。

 目の前の猛獣――サーベルタイガーと呼ばれているであろうそいつ――が警戒しながらもゆっくりとこちらへ一歩踏み出した。

 俺は必死に手で地面をかき、後ずさろうとする。しかし、驚嘆と恐怖のせいでうまくいかない。いや、上手くいかないのはそれらだけではない。

 右手にはしっかりと棍棒が握られていたからだ。

 俺は棍棒の存在を思い出した瞬間、何を思ったかそれをモンスターに向かって投擲した。

 力の入っていないその投擲は、軽い放物線を描いてモンスターの牙にコツンと当たった。

 俺の頭の中でとある文字が明滅する。

『しかし、ダメージを与えることは出来なかった』


 モンスターは、棍棒を投擲されたことに激昂したのか、大口を開け、涎を飛び散らしながら吠えた。

「――ひいぃっ!」

 じわりと股間が生暖かくなる。

 こんなとき、白馬に乗った王子様が助けに来てくれたら、と夢見がちな乙女みたいな思いがふと浮かぶ。

 もし、本当にそんな人物が現れたなら、例え相手が男だったとしても惚れてしまうだろう。

 しかし、現実は甘くない。

 必死に助けを求めようと辺りを見回すが、人の姿はおろか他のモンスターさえもいない。

 モンスターに視線を戻すと、片方の前足を振り上げ、こちらに飛びかかって来ていた。

 恐らく、視線を外してしまったのが原因だろう。

 鋭い爪の生えた足が降り下ろされる。

 めをつぶる暇さえなく、激しい衝撃が頭部を揺らした。

 世界が一瞬で暗闇に包まれる。

 あぁ、さよなら。短かった俺の人生。せめて、1度でいいから女性と付き合いたかったな。



 目を開け、上半身を起こすと目の前には玉座に胡座をかいている王様がいた。

「全滅するなんて情けねぇな。ったく、使えねー野郎だぜ」

 いきなりの暴言に俺はついていけない。一体どうなっているのだろうか。俺はついさっき、人生にピリオドを打ったはずだ。

「だから、仲間加えろって言ったのに。なぁ、大臣」

「左様で。外には時たま凶悪なモンスターが徘徊しております。1人でいたなら、倒すことはおろか、逃げることさえままならないじゃろう」

 王様の促しに、相変わらず偉そうな大臣が言葉を続けた。

「まぁ、貴様のお陰で俺のベレベレが退屈せずにすんだがな。はっはっは」

 ベレベレ? 先ほどから全く会話についていけない。

 俺は仲間を連れず、1人で冒険に出た。すると、すぐに獰猛なモンスターに遭遇し、そいつにやられ意識を失った。そこまでは分かる。ではなぜ、外で倒れたはずの俺が、王様の目の前にいるのだろうか。

「あの、先ほどから事の顛末が全く分からないのですが」

 俺は正直な意見を口にした。向こうは理解していると勝手に思っている可能性もある。

「あのモンスターは何なのか。どうして外で倒れたのに、玉座に今いるのか全く分からないんです」

 俺がそう言うと、王様は大きくため息をついた。

「こいつ、頭まで弱いのかよ」

 流石の俺もカチンと来た。

 人が下手に出てるからって、調子に乗りやがって。

 まぁ、相手は国王だけど。

「おい、大臣。この脳ミソプリンに説明してやれ」

「御意」

 大臣は頷くと、一際大きい咳払いをした。

「うおっほん! お主の前に現れたサーベルタイガー。あれは我が王の大切なペットである」

「そうそう」

「もし間違って殺めでもしていたら、お主の命は無かっただろうな」

「俺様が48時間かけていたぶってやるところだったぜ」

「この世界の民は、神のご加護により、魂が死ななければ生き返る事が出来るのじゃ」

「まっ、俺様の手にかかれば貴様なんぞ一撃だがな」

 王様の相づちがいちいちうざい。そんなに強いならば、自分で魔王討伐に向かえば良いのに。

「では、誰かが俺を生き返らせてくれた、というわけですか」

「生き返らせたのは教会の神父じゃが、お主をここまで運んだのはお主以外の冒険者じゃ」

 大臣曰く、フィールドやダンジョンで力尽きた冒険者を救護すると謝礼金が貰えると言うのだ。

 しかし、その謝礼金はというと倒れていた冒険者が所持していたモールドの半分だとか。

「お前を助けた冒険者は、悪態をついてたぜ。お前の所持金が少なすぎたからな。うはははは」

 相変わらず人の感情を逆撫でする王様だ。しかし、俺は王様のその言葉にはっとする。

 モールドを入れていた革袋をのぞきこむと、確かに所持金が半分に減っていた。

「という訳で、改めて酒場で冒険者を集い冒険に出るのじゃ!」

 俺はガックリと肩を落としながら、城を後にした。



 もう一度酒場に行くと、カウンターには背の低い僧侶の恰好をした少女が、親父に向かって話しかけていた。2階からは、あの黄色い戦士が鼻の下を伸ばしながら覗いている。

「あ、あのあの、新しい勇者様が任命されたって聞いてきたのですが……」

 酒場の親父がギロリと少女を睨む。あまりの剣幕に少女は短く「ひっ!」っと声をあげた。

「そいつならさっき、王様のペットのおもちゃになって死んだそうだ」

「そ、そんなぁ……」

「だが安心しなお嬢ちゃん。丁度戻って来たみたいぜ」

 酒場の親父がこちらをあごでしゃくった。その仕草に、僧侶の少女が弾かれるようにこちらに振り向いた。

「あ、あなたが、勇者様なのですね!」

 そう言い、こちらに向かってものすごい勢いで走って来た。しかし、突っ伏して寝ている女の椅子の足に躓き盛大に床にダイブした。

「だい――」

「大丈夫でござるか!!」

 俺が声をかけるより先に、黄色い戦士がすっ飛んできて少女の事を起こした。

「ったく、だれよぉ。人が二日酔いで頭が痛いってのに」

 テーブルに突っ伏していた遊び人風の女が、僧侶がぶつかったことによって目を覚ましてしまったようだ。しかも機嫌が悪そうに。

「ご、ごごごゴメンなさい! 今すぐ治しますね!」

 少女は短く詠唱をすると、女に向かって呪文を唱えた。

「カッコントール!」

 それはステータス異常を全て治す魔法だった。年端もいかない少女が到底使えるものではない。

「へぇ、あんたやるじゃん。可愛い見た目しちゃってぇ」

 頭痛が治った事に機嫌を良くしたのか、女が少女の頭を撫でまわす。

「ん?」

 そして、こちらを見る。

「ちょっとぉ、イケメン見っけ! ねっ、ねっ、あたしとイイ事しよ?」

 そう言っていきなりまとわりついてきた。

「せ、拙者も僧侶殿とイイ事を――」

 戦士が鼻息荒く僧侶に迫った。

「ひ、昼間からエッチなのはイケないと思います!」

 僧侶の見事な蹴りが、戦士の股間にクリーンヒットした。



 そんな感じで俺らはパーティーを組み、魔王討伐の旅に出た。

 途中、貧困で困っている村を助けたり、遊び人の女の意外な過去を知ったり、霊鳥の命と引き換えに精霊の卵を手に入れたりなどした。

 そして、目に前には今魔王がいる。

 だが、俺はその姿にデジャヴを感じた。いや、違う。あれは、かつての俺だ。

「よくぞ来たな、愚かな人間どもよ。俺を倒そうなどと無駄な事。返り討ちにして、この世界を征服してやろう」

 魔王が不敵な笑みを浮かべる。

「ちょ、ちょっと待ってくれ魔王。何かがおかしいんだ」

「んん? 何がおかしいんだ?」

「俺はあの時、勇者にやれれる前に転生の呪文を詠唱していた。だがそれが途中で発  動してしまった。そして、転生先がこの勇者。そして、目の前にはかつての俺がいる。自分で言っていても良く分からないぐらい混乱している」

「そういえば俺も、貴様のその姿に見覚えがある。というか、前世の俺だ!」

「どういう事だ?」

「俺は、魔王を倒した後、嬉しさのあまり僧侶に抱きついたんだ。そしたら、後ろから戦士に斬られ絶命した。そして、今この姿でここにいる」

「そうだよ。俺は300年後に転生するように詠唱していた。しかし、今、この時代はかつて俺が倒されたあの時代だ」

「って事は、俺たちは過去に戻ってお互い入違ったって事か?」

「どうやらそうらしい。俺だけ死んでいれば俺だけがまた魔王として転生していたかも知れない」

「つまり、俺も一緒に死んだからお互いに入れ替わってしまったと?」

「原因は、誰だ?」

 ジロリと黄色い戦士を見る。

「「お前か!?」」

 その後、意気投合した俺と魔王は、黄色い戦士と城の王様を殺した後、世界を2つに分け治める事にしたのだった。

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