第2話 目撃

「――ねえ、このあとどうする?」


 嬉しそうに話し掛ける女の子の声が、僕の耳に届いた。


「んー……だったらネカフェでも行く?」

「えー! いっつもソコじゃん! たまにはちゃんとベッドの上・・・・・がいい!」

「無茶言うなよ……そこまで金ねーよ」


 男の提案に、女の子が猛抗議する。それも、恥ずかしげもなく。

 はは……おかしいな。女の子、そこまで大きな声で話してるわけじゃないのに、こんなにハッキリと聞こえるなんて……。


 一方で、そんな辟易へきえきしたような態度の男の声もしっかりと聞こえて……。


「ハア……だったら“和樹”もバイトしたら?」

「えー……だけど俺がバイトしたら、それこそこうやって頻繁に逢えないぞ?」

「それはそうだけど……」


 男にそう言われ、女の子は渋々といった様子で口をつぐんでしまった。


 うん……やっぱり夏休みに入ってすぐだから、女の子も男も、ちょっと開放的になり過ぎてるんじゃないかな……。

 ま、まあ、健全なお付き合いと言えなくもないし、それも仕方ないのかもしれない。


「は、はは……もう、帰ろう……」


 僕はラノベの新刊を買うことも忘れ、くるり、と身体をひるがえす。

 だって、ひょっとしたら世界一可愛い彼女が、僕の家に遊びに来てるかもしれない、し……。


 そう思い、足を踏み出そうとする、んだけど……。


「あ、あれ? おかしい、なあ……」


 どういうわけか、僕の身体がピクリとも動かない。

 まるで、この場から離れることを拒絶するかのように。


 すると。


「それに、バイトで金稼いでどうすんだよ。そんなの、変に下心の・・・・・ある馬鹿・・・・のすることだろ」

「えへへ、まあねー」


 そう、か……下心があるからバイトをする……うん、的を射てる、な……。

 はは……よく分かってるじゃん……。


「ていうか、アイツ・・・も今頃バイトしてんだろ? コッチはこうやって、夏休みを有意義に満喫してるってのに」

「えー……なんでここで“優くん”の話するかなー……」


 うん……“優くん”なんて名前、この日本にはたくさんいるからね……。

 だから、ひより・・・の声でそんな名前が出てきても、おかしくないわけ、で……。


「ハハ、悪い悪い。だけどひよりも悪い女だよなあ……彼氏がバイトしてるって時に、こうやって俺とデートしてんだから」


 この僕の親友と同じ名前の“和樹”って男は、僕の彼女と同じ名前の“ひより”って女の子に、揶揄からかうようにそう告げる。

 はは……せ、清楚な僕のひよりとは、全くの正反対で不誠実、だよなあ……。


 僕のひより・・・・・なら、絶対にこんな裏切るような真似、しないのに……。


「まあ、しょうがないよね。優くん、つまんない上にこれといって取り柄もないし」

「うおお、辛辣だな!」

「そんなこと言ってるけど、和樹だって友達の彼女・・・・・を寝取る・・・・だなんてひどくない?」

「オイオイ、自分で言うかあ?」


 クスクスと笑う女の子と苦笑する男。

 本当に、ひどいカップルがいたものだ。


 僕のひより・・・・・なら、絶対にあり得ないことなのに。


 そんな二人の会話が不愉快で仕方なくて、僕は文句を言ってやろうって思いが頭をもたげる。

 だけど……なんで赤の他人・・・・に、その“優くん”って奴はそんなことを言わなきゃいけないんだ?


 僕だったら、ひよりと仲睦まじく会話してる時に文句を言われたら、絶対に怒るだろうなあ……。

 うん……やっぱり放っとこう……。


 なのに。


「つーか、元々俺の誘いにホイホイと乗ってきたのはひよりだろ?」

「えへへー、まあね。和樹、カッコイイし面白いし」


 ハア……顔なんかで彼氏を裏切るなんて、最低だな……。

 そう思うと、許せなくて、やるせなくて、僕はギュ、と拳を握りしめる。


 手のひらに爪が食い込むくらい、強く。


「なのにさー……なんでひよりは、アイツと別れて俺と正式に付き合わねーの? もう、|ヤることヤッてる仲なのに。逆にアイツとはヤッてないんだろ?」

「それはー……優くん優しいし、都合がいい・・・・・し、将来考えるならソッチだよねー。和樹と違って」

「うわ、ヒデエ! こうなったら……」


 もう……これ以上耐え切れなくなって。


「お……い…………………………」


 よせばいいのに、僕は振り向いてしまった。

 絶対に振り向いちゃいけないって、見たらいけないって、分かってたのに……。


 だって。


「ちゅ……あん……も、もう……」


 親友だと思ってた和樹に強引にキスをされ、恍惚こうこつの表情を浮かべるひよりの姿を、見てしまうから……。

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