第526話:おはようございます
まだまだ粗い。
ただ、少しずつ形になってきているのは、急速に詰め込んだのもあるが元々の運動神経が良いのだろう。加えて黙々と剣を振ること自体は、ひとりぼっちの時代に血が滲む程度には行っており、修練するための基礎体力も備わっていた。
そう考えると案外、悪くない素体であったのかもしれない。
ちなみに木の棒はとうの昔に卒業し、現在は木こり界のニューカマー
(……ディンにもこんな時代があったのかな?)
さすがに三学年のディンと比べるのも烏滸がましい差であるが、誰だって初めて剣を握った時代はある。最初から完成度が高い親友であったため、想像もできないが未熟な姿を見るとどうにも沁みてしまう。
歳を重ねたせいか、最近はどうも――
「クルスさーん!」
そんなルッカとの稽古中、山の方から木こり仲間がこちらへ走ってきた。彼らと共に作業するようになって、最初は互いに口数も少なかったが作業をこなす中、今では慕われるまでになっていた。
「取り込み中だよ」
「勝手に決めるな。どうした?」
出過ぎた弟子を抑え込み、クルスは息を切らせながら俯く男に声をかける。
「全員で木を引っこ抜いて、なんか妙なもんがあるな、と思って掘ってみたんです」
「妙なもの?」
「ええ。黒い球体みたいな。ちょっと俺らにはわかんなくて、以前見たダンジョンに似ているんですけど。それにしちゃ滅茶苦茶小さくてですね」
「……皆は避難したのか?」
「いやぁ、様子見しているか、周りをもうちっと掘っているか」
「……っ」
ダンジョンみたい、と思うのならすぐさま逃げ出せよ、とクルスはのんきな村人に腹を立てながら全力で駆け出した。
その凄まじい速さを見て、
「ししょーすげー」
「なー」
のんきな弟子と村人は目を見張る。
○
現場に到着したクルスは、
「丸だなぁ」
「な~」
得体のしれぬものを前に、えっちらほっちらと掘り進めていた村人たちのクソ度胸に顔を引きつらせるしかなかった。
おかげと言うかなんというか、全貌がほぼあらわとなる。
黒い球状の何か、騎士として何度も、何十回、何百回も見てきた性質であり、見たことがないほどの極小サイズだがまず間違いなくダンジョンと断言できる。
ダンジョンの規模、ヌシの強さは基本的に外観の大きさをまず参考にする。ただ、あくまで参考であり、何事にも例外はある。特に突発型やこういった平均から大きく逸脱した外れ値には注意が必要、騎士の基本である。
「あ、クルスさん。これなんですかね?」
「俺が調べるからさっさと――」
逃げろ。
そう言おうとした矢先、
「ぐっ!?」
左眼に焼けるような痛みが走った。
凄まじい痛みに言葉が詰まり、立っていられずに膝をつく。
(……なんで、なんで今なんだよ!)
とうとう来た変調。
しかし、油断か慢心か、手元に抑制剤はない。家の中まで取りに行かねばいけないのに、目の奥を焼き尽くすかのような痛みに動けなくなる。
「ど、どうしたんですか?」
「大丈夫か?」
「……っ」
良いから逃げろ、と口にせねばならないのに、左眼から広がる灼熱は口を開くことすら許してくれない。
問題が拡大した。
場合によっては自分自身が、彼らにとっての災厄となりかねない。
(逃げてくれ。頼む。俺を……これ以上――)
かつてこの地でクルスは『先生』から騎士を授けてもらった。長き旅路を経て再び巡り合い、その騎士は『先生』の手で失われた。
しかし、そもそも『先生』はこの地へ何をしに訪れていたのか。
この地で何をしていたのか。
何故、クルスを弟子に取ったのか。
その理由は――目の前のダンジョンにある。
掘って出てきた、と言うことはたった今出現したわけではないと言うこと。ではいつ、このダンジョンは出現したのか。
このダンジョンのヌシは、杭は何なのか。
(なんだ……いきなり、視界が。左眼が、見える)
眼帯は外れていない。それなのに左眼に景色が映り始めた。金の炎に満たされた棺、それを前に祈る者たち。
ほどなく棺は黒き球体に覆われた。
ダンジョンが現れたのではない。ダンジョンを彼らが構築したのだ。何のために、それをクルスが理解する前に景色が飛ぶ。
何年も、何十年も、子々孫々がダンジョンを埋めた場所に祈りを捧げていた。しかし、百年、二百年、三百年と過ぎていく間にその習慣は絶え、山へ立ち入る者も少なく、気づけば人の寄り付かぬ場所となる。
さらに時を経て、
(なっ、こ、これは……教科書に載っていた、絵の……魔王、イドゥン!?)
イリオスの前身、アルテアン王国の辺境であるゲリンゼルに魔王が、それに騎士たちが並ぶ。彼らは一様に意識の欠片も持たない、感じない。
それでも彼らはこの地に危害を加えることなく、それどころか膝を屈して敬意を、祈りを捧げているように見えた。
さらに時を経て、仮面の騎士がこの地へ訪れる。
(……『先生』、か)
彼もまた災厄の騎士たち同様、敬意と祈りを捧げる。
その後彼は掘り起こさず、地面をすり抜けるようにダンジョンを空中へ浮かせた。現在の状態とはまるで異なる、ひび割れ、今にも砕け散りそうな状態である。
仮面の奥で顔をしかめ、
『もう持たぬな。これでは忠義者を引き付けてしまう。杭を再設定せねば。だが、私たちでは万が一の場合……どうしたものか』
近い時代だからか景色に言葉が残っていた。
それとも、あえて残したのか。
次は騎士になりたいと言う少年が現れた後の景色である。
『必然性を持たないからこそ? そうじゃない、私は何も知らぬ少年を巻き込むなと言っている。卿は知的好奇心を優先し過ぎる。彼が望み、我々は与えることが出来る。その代わりに……本気で卿は何者でもない少年に担わせる気か?』
(……なんだよ、これ)
『彼は誰の騎士でもない。彼は何処にも帰属していない。そして、二つのルーツを持つ。いい加減にしろ、ゼロス。それは我々の理屈だろうに』
(これじゃ、まるで)
『ならば育て、確かめてみよう、イドゥン。我らには時間がない。君が言ったのだ、サブラグは贖罪に走る、と。王の遺骸を集めて打ち倒せるのならそれでよし。だが、それが届かなかった時、我々は次善の策を用意せねばならない』
(まるで)
『何だかんだ楽しんでいるじゃないか。私も実に充実しているよ。そして、私は彼を有資格者と判断する。君はどうだ、『天剣』を知る者よ』
答えの景色。
『……彼だ』
『決まりだな』
ある日、何でもない日に、
『集中』
いつもの言葉を弟子にかけ、とん、と指で額に触れる。俯瞰した景色ゆえ、少し離れたところにあったダンジョンの様子がうかがえた。
見る見ると修復していくのだ。
欠けが、ひびが、埋まっていく。
(俺が……ダンジョンの……なんだよ、それ)
ダンジョンは再び土中へ、そして少年は旅立つ。
少年と共に騎士も去る。
さらに時を経て、景色が今と重なった。
「うわ、なんだ!?」
村人の叫び声と共に、目の前のダンジョンが先ほどの逆再生のようにひび割れ、砕け散り始めた。
クルスはうずくまったまま、それを睨む。
黒き球体は砕け散り中身が現れた。先ほど見た棺が。
「……っ」
先ほどの景色が真実味を帯びると同時に、宙に浮くそれが今度は燃え盛り、まるで火葬しているように焼け落ちていく。
気づけばクルスの左眼から焼けるような痛みが消えていた。
まるで炎があちらへ移ったかのように。
そして、
「!?」
棺の中から一人の少女が現れる。
黒曜石のように美しく、長い髪がさらさらと、ゆらゆらと流れてなびく。ふわふわなドレスは焼け焦げ、破れ、災厄当時のままで残っていた。
ふわりと地面に足を下ろした少女はゆっくりと眼を開く。
優しさと力強さが同居する大きな瞳は、何処かログレスで出会ったウルティゲルヌスの浮かべていたものに重なる。
何よりも、
(……王都の、アースに現れたダンジョン内で、俺はこの子を見た)
あの時見た絵がそのまま其処に立つ。
そして少女は、
『おはようございます、イドゥン』
この場の誰にも伝わらぬ言葉を口にする。
当然であろう、
(……統一王国ウトガルドの、高貴な身分の娘。おそらくは、王女、か)
彼女は千年前に滅んだ異世界の王国、その王女であるのだから。
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