第八章〈オルレアン包囲戦・終結〉編

勝利王の書斎18:彗星の上で計画を立てる

 第七章から第八章へ——。

 は、歴史小説の幕間にひらかれる。


 こんにちは、あるいはこんばんは(Bonjour ou bonsoir.)。

 私は、生と死の狭間にただようシャルル七世の「声」である。実体はない。

 生前、ジャンヌ・ダルクを通じて「声」の出現を見ていたせいか、自分がこのような状況になっても驚きはない。たまには、こういうこともあるのだろう。


 ただし、ジャンヌの「声」と違って、私は神でも天使でもない。

 亡霊、すなわちオバケの類いだと思うが、聖水やお祓いは効かなかった。

 作者は私と共存する道を選び、記録を兼ねて小説を書き始めた。この物語は、私の主観がメインとなるため、と心得ていただきたい。


 便宜上、私の居場所を「勝利王の書斎」と呼んでいる。

 作者との約束で、章と章の狭間に開放することになっている。





 恒例のフランスの慣用句シリーズだが、現在進行中の物語に合うのはこれだろう。


"Tirer des plans sur la comète."


「彗星の上で計画を立てる」


 彗星は短期間しか存在しないのに、そこで計画を立てるのは無理がある。

 そこから転じて「不可能なことをやろうとする」または「実現しそうもない無謀な計画を立てる」ことを諫めるニュアンスの言葉だ。


 実際、ジャンヌ・ラ・ピュセルの登場は、まさしく「彗星のように現れた」という例えがふさわしい。「オルレアンの勝利」も「ランスでの戴冠式」も、彗星の上で計画を立てるような話で、実現不可能だと思われていた。


 また、当時の天文学/占星術では、彗星自体が「凶兆」でもあった。

 フランスにとってジャンヌ・ラ・ピュセルは「救国の英雄」だが、イングランドからすれば突然現れた「凶兆の彗星」だったに違いない。


 天文学とは、人類が天空を見上げて観測し、長年積み上げたデータの産物だ。

 しかし、彗星は突如現れて、予定調和な空をかき乱す。

 いつどこで出現し、どんな風に動いて、いつどこで消滅するのか——。

 予測できない存在に、ある観測者は不安を抱き、また別の観測者は心を奪われ魅了される。


 ジャンヌ・ラ・ピュセルは彗星のように出現し、予測不能な動きでフランスを駆けめぐった。結末は知っての通りだ。


 私は観測者の一人にすぎない。

 だが、彗星のごとき少女の目的が「シャルル七世の戴冠」であり、「私を目指し、私を動かそうとした」ことが原動力だったことを考えると、少し特殊な立場から彼女を見ていたように思う。

 そういうわけで、ジャンヌ・ダルクの定番エピソードは他の作品に任せて、ここでは私が観測したジャンヌ・ラ・ピュセルについて語ろう。


 さて、時間が来たようだ。

 これより青年期編・第八章〈オルレアン包囲戦・終結〉編を始める。




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