0.19 ヘンリー五世崩御(4)それぞれの正義
フィリップの本心がどうあれ、ブルゴーニュ公の立場としては王太子と敵対する姿勢を見せたのは確かだ。それゆえ、亡き父・無怖公の路線を踏襲してフランス宮廷と深く関わるのだろうと思われていた。
「あの子が王太子になったとき、失脚中の父の名代として謁見したんだ。実に、12年ぶりに再会だった」
「私はアンジューで婚約のときに会いました。8年ぶりに」
「張り合ってるのか?」
リッシュモンは済ました顔で「別に」と答えた。
もう怒ってはいないようだった。
「あの子は……、王太子は見た目よりも勇敢だと思う。私は父どころか母に逆らうことさえできない。この二年間、パリから遠ざかるので精いっぱいだ」
リッシュモンは、ブルゴーニュ公フィリップとともに少年時代を過ごした。
派手好きで権力志向だった無怖公に比べると、だいぶ地味な少年だったと記憶している。
「あなたは自分が思っているほど弱くない。私の知る限り、先代・無怖公の言いなりではなかった……。アジャンクールに参戦するつもりだったと聞きました」
「だが、父は私の考えなどお見通しで出陣前に監禁された。結局、何もできなかったんだ」
「あなたの心は間違いなくフランスにある。それなのになぜイングランドと……」
なぜ、ブルゴーニュ公フィリップはイングランドと同盟を組んだのかと問いかけようとして、リッシュモンは自分の立場を思い出した。
「そのことで、貴公に私を責める資格はない」
リッシュモンは、ヘンリー五世に臣従の誓いを立てたのだ。
フランスを侵攻するために帰国し、王太子の軍勢が立てこもるモー包囲戦に参戦し、ヘンリー五世の葬儀に参列している。
「かつて父はオルレアン公を殺した。他にも多くの者から恨まれていた。……ずっと前から、報復されても文句はいえないと思っていたよ。だが、父の家臣たちは『次は王太子が報復される番だ』と血気盛んだ」
お互い、ままならない境遇を慰め合っているつもりだったが。
「やらせません」
リッシュモンはきっぱりと断言した。
「何をする気だ?」
「何も。私なりの正義を貫くまで」
「無茶をするな。幼なじみの不幸は聞きたくない」
フィリップは「自分は観客だから関わらない」と宣言した。
逆に言えば、リッシュモンが何をしようが見過ごすという意味でもある。
「くれぐれも慎重にな。兄君のブルターニュ公も陰謀に巻き込まれてひどい目にあったそうじゃないか。味方を敵に回すことほど怖いものはない。いや、味方の中に敵が潜んでいるというべきか」
「どういう意味です?」
「私はよそに手出しをする余裕がない。ブルゴーニュとフランドル——自分の領分を統治するだけで手いっぱいだ」
ブルゴーニュ公フィリップは、フランスの宮廷と距離を置いている。
それは、父・無怖公よりも野心がない、というより何か深い理由があるように感じられた。
「保身第一で悪いか?」
「何も言ってませんが」
「私は謙虚、堅実がモットーなのだよ」
ブルゴーニュ公は開き直っている様子だったが。
「そんな顔をしないでくれ。昔なじみにあからさまに軽蔑されるとつらくなる。今、言えることは、ブルゴーニュ家最大の犠牲者は父ではなく、亡き妻ミシェルかもしれないということだ……」
このころのアルテュール・ド・リッシュモンは29歳。
名門貴族の男性としてはめずらしくまだ一度も結婚していなかったが、幼なじみのフィリップが大きな傷心を抱えていることと、ある重大な警告を知らせようとしていることは分かった。
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