5.3 流行歌・ベッドフォード公は賢い

 オルレアン包囲戦の主戦場は、南岸のレ・トゥーレル城砦から北岸のオルレアンの町へ通じる大橋だったが、「戦闘が行われている場所」は拡大していた。


 大橋の攻略が進まないとみるや、イングランド軍は城壁を攻略しようとした。


 オルレアンを取り囲む城壁は、紀元前、古代ローマ帝国時代に築かれた。

 ロスト・テクノロジー(失われた土木技術)の強固なセメントが使われているのか、激しい砲撃を何度受けても崩れなかった。


 側面の砲撃が効かないので、イングランド軍は投石器カタパルトの角度を上げて、18フィート(5.5メートル)の城壁を飛び越えて町を砲撃してくることもあったが、高さがある分、飛距離と威力は半減する。

 オルレアン市民のほとんどは町の中心部に避難しているため、城壁に近い建物が壊れるくらいで大きな被害はなかった。


 新たな司令官ジョン・タルボットが連れてきた援軍は、騎士や弓兵よりも工兵が多く、郊外でやぐら付きの戦車(ウォー・ワゴン)を組み立てると、城壁に横付けして町に乗り込んでこようとした。


 分厚く巨大な城壁には、等間隔で34基の塔がそびえ、塔と塔の間の距離は「クロスボウの飛距離」に相当する。

 戦車を引っ張る牛・馬・人間を狙って、塔から絶え間なくクロスボウの矢を浴びせる。同時に、各塔に2基ずつ配備した火砲で、戦車上のやぐらを破壊する。

 仮に、城壁に横付けされても、やぐらの高さが18フィート以下なら侵入することはできない。


 ただし、一カ所でも突破されたら非常にまずい。

 昼間はもちろん、夜もありったけの松明を焚いて城壁の外を警戒した。


 砲撃がなく、戦車が見えないからといって油断はできない。


 地上で激しい攻防が繰り広げられる一方で、イングランド軍は、地下からの侵入を狙ってトンネルを掘り始めた。

 城壁が建造されたのは古代ローマ時代だから、基礎がどこまで深いかわからない。フランス軍は掘削の痕跡を見つけ次第、砲撃してトンネルを崩し、イングランド軍の工兵と人足は生き埋めになった。


 城壁の外側は、地上も地下も死体が積み上がっていった。


 イングランド軍の攻撃は行き当たりばったりで、計画的な戦略があるとは思えなかった。撤退以外なら何をしてもいいようで、実際、何でもやった。


 撤退が許されない以上、イングランド兵はオルレアンを攻撃するしかない。

 気の毒に思うが、イングランド兵のためにオルレアンを犠牲にすることはできない。


 リフラート砲、モンタルジ砲、カルバリン砲。

 フランス軍は各地から集めた火砲を総動員して迎撃した。


 ある日、イングランド軍が放った流れ矢に当たって、フランス軍の砲手が一人倒れた。たった一人討ち取っただけで、イングランド兵は歓声をあげて喜んだが、砲手はすぐに起き上がり、再び戦闘に戻ってきた。

 プレートアーマーをフル装備していれば、そう簡単に致命傷は受けない。

 昔と違い、もはやイングランドの弓兵は脅威ではなかった。


 勝ち目のない戦いを見限って、脱走するイングランド兵も多かった。

 脱走兵は生き延びるために野盗化する。土地勘のないイングランド兵は川を目印に行動するため、ロワール川流域の治安が急速に悪化し、私も大いに悩まされたが、イングランド摂政ベッドフォード公は「脱走兵をただちに処刑する」を出した。


 退却することも逃げることもできず、イングランド兵はますますオルレアンを攻撃する他に選択肢がなくなってしまった。生きるにはもうそれしかない。


 オルレアンの防衛は今のところ盤石だが、少しでも隙を見せれば、良心と理性を捨てて生存本能と戦闘本能に全振りしたイングランド兵はすさまじい攻勢をかけ、鬱憤晴らしに略奪と虐殺の限りを尽くすだろう。やっかいな相手だ。


 当時、こんな歌が流行していた。


「確かに、ベッドフォード公は賢明な方だ

 あったかい城塞の中で

 かわいい妻を抱きながら

 豪華な衣服を身につけながら

 うまい甘口ワインを飲みながら

 自分の身だけは守りながら

 負け戦に火を付ける」


 イングランド兵もフランス兵も、皮肉たっぷりの流行歌を歌いながら不毛な戦いを繰り広げていた。


 総司令官ソールズベリー伯の衝撃的な戦死——。

 それ以上のショックを与えなければ、イングランド軍は退かない。

 ベッドフォード公が退くことを許さない。


 私はシノン城に帰ると、クレルモン伯を呼んだ。


「父君ブルボン公の総代として、ブルボネーとオーベルニュの軍を率いてオルレアンの支援に行って欲しい」


 ブルボネーはブルボン公の本拠地で、その隣にあるオーベルニュは大侍従ラ・トレモイユの領地だ。


「大侍従はここに残る。混成軍になるが行けるか?」

「仰せのままに」


 クレルモン伯は動揺する素振りを見せず、卒のない礼をした。

 名門ブルボン公の嫡子で、私より二つ年上のクレルモン伯は、宮廷の誰もが認める重臣の一人だ。優れた文官で忠誠心が高く、馬上槍試合トーナメントでも実績を残している。デュノワと旧知の仲だから、不測の事態が起きても協力体制を作りやすいだろう。


 ひとつ気がかりがあるとすれば、今回の派遣はクレルモン伯にとって事実上の「初陣」になることだ。






(※)当時の流行歌「ベッドフォード公は賢い」の原文。本文では意訳ぎみ。


Certes le duc de Bedefort

Se sage est, il se tendra

Avec sa femme en ung fort,

Chaudement le mieulx que il porra,

De bon ypocras finera,

Garde son corps, lesse la guerre:

Povre et riche porrist en terre.


「ベッドフォード公は賢君だった」と伝わっている割に、具体的なエピソードが見当たらないな?と思っていたのですが、言葉通りの意味ではなく、ものすごく皮肉を込めているのでは…という気がしてきた。


本文で「甘口ワイン」と訳したイポクラ/ヒポクラス(YpocrasまたはHipocras)は、中世ヨーロッパで好まれたシナモンと砂糖入りのワイン。媚薬としても知られる。

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