第17話 僕の踊り方

 償い。それは、自分の過去に懺悔して罪を悔いること。決して、自身を物理的に痛めつけ、罰を与えることではない。

 そもそも、何故彼女が悔いる必要が有るのだろうか、と。まるで彼女が間違っていると決めつけるように、思考は揺れ動いた。

「なに……言ってるんですか。聴いた話に紫苑さんが償うようなことは一つもなかったじゃないですか……!」

 この声は、恐らく『畏怖』が生み出した声だろう。得体の知れない理由があるかも知れない、他人の決断に横槍を入れられるような人間でないと自身が知った上で語るのだから。

「あるよ……最後の最後まで気づけなかったんだんだ、私は。蘭花が『何かを気にすることなく踊りたい』って言ってたの……ずっと聞いてたのに、毎日毎日私は見せつけるみたいに。それから、ね。蘭花が居なくなってから、気づいたんだよ。誰でも『観る』より『する』方が楽しいんだって……」

 彼女の妹さんは、踊りたくても踊れなかった。それでも、踊りたいと願い続けた結果辿り着いた場所がこんな未来だなんて、辛いことこの上ない。

 それでも、紫苑さんの言葉に納得のいかない自分が居た。

「そんな事……思ってるはずが無いですよ。妹さんだって踊る事が好きだったんでしょう……?」

「違うよ、日向ちゃん」

 氷のように冷たく感じたその一言が、生物として鉛切ってしまった危険を察する能力に感覚を与えた。この教室は、いつの間にか冷たい言葉たちによって凍えてしまっている。

「今更なに言ったって、蘭花のことは分からない。私の思う通りかも知れないし、日向ちゃんの言った通りかも知れない。それなら……ね、何もしないよりは……」

 筋は、しっかりと通っている。何が言いたいのかを解釈すると、答えが分からないなら念のため。という事である。彼女は、自分自身の身体で妹さんと同じ痛みを感じようとしている、という事だろう。

「駄目ですよ。そんな……」

「駄目じゃないよ。だって、私はここに至るまで蘭花の辛さ、痛さ、苦しさを何も分かってなかったんだから……」

 もう何を言っても時間を引き伸ばすことしか出来ない。更には、蛇足にしかならないだろう。

 最初から、僕が彼女の人生に介入する隙間なんて何処にも無かったんだと感じて諦めを思い浮かべた。

 ——ただ。その隙間がひとつだけ、突破口のようになって見えた気がした。

「紫苑さん。自分の考えを……信じ通すんですか」

 これで、3人目だ。本当に気分の良いものではないと度々感じる。後の展開が、不安を片手に待ち構えているようだ。

「僕が『本当は男』って言っても信じてくれませんか。今までこの姿で男だと言い張って生きてきた、僕が残してきた『異常な人生』を見てもらっても、僕の事を女だと言いますか」

 自分でも、おかしな事を言っていると感じる。目の前の紫苑さんが首を傾げるのも無理は無いだろう。それでも、続けなければならない。自身で選んだ選択故、それを最後まで貫き通すことの意味を。

「人は、生きていく上で必ず『何か』を残します。それが文字に起こされているものか、周囲の記憶かは解りませんが……僕の妹から、妹さんが『お姉ちゃんと踊りたい』と願っていると訊きました。他人に向かって嘘で作られた夢なんて、普通何度も伝えませんよ。それが妹さんの……本心なんじゃないですか?」

 こんな、穴だらけの理論と文脈で何が変わるのだろうか。発想もなければ、語彙力もない僕には、これが限界だった。どうかこれで、改めて欲しいと願うだけだ。

「蘭花……」

 その言葉は弱く、少しの空気を動かすにも足りないほど小さく吐き出された。

「駄目だったよ、あんな事言ったのに……怖くて投げ出して、誰かが止めてくれるのを待ってたなんて……」

 こうしてみると、他人の目から流れる本物の涙というものは、かなり久々に見た気がする。最近は自分が泣いてばかりだったので、周りに申し訳が立たないと不意に思ってしまった。

 その日、紫苑さんが僕の前で声を出すことは無かった。

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