君は僕を認めてくれない
軍艦 あびす
第1話 僕は君に認められたい
この年、僕は恋をした。
いや、恋を『する』というのは些かおかしい表現なのかもしれない。
『恋』とは、感情の一種だ。嬉しいとか悲しいとか、そういう類の仲間なのだろう。
『嬉しいをする』なんて言わないし、おかしな感覚だ。
ならば、一体なんなのだろうか。
下らない論だが、中々捻る頭脳も生まれる良い問題ではないだろうか。哲学の一種に加えるべきでは……
などと、前置きに長々と語ってしまったが何が言いたいのか。それは最初に伝えた通りだ。今更日本語に定着した概念を覆そうだなんて思わないから、このまま記そう。
『僕は恋をした』
自身の同じ学年に、その存在が居る。それも、この狭い教室に自身と同じクラスメイトという立場を持ってして。
僕がそういった感情を抱き始めたのはいつなのか。そんな事はとうに忘れられているようで、鱗片すらも残っていない。
それほどまで彼女の存在が自身の中で大きく、自身の記憶なんてものはどうでも良くなる程なのだろう。
そんな彼女と同じクラスになれた今年、僕はどうにかして彼女との距離を近づけられないかと考えていた。
しかし姑息な手は使いたくない。なんて、言える程自身と彼女のカースト的存在は程遠いものだった。
彼女の名は、
自身と正反対を象ったような明るさと持ち合わせた性格面。我が教室内では良く笑顔を振りまいている。比喩的な表情ではなく、結構身近に感じるほど笑顔を振りまいているのだ。
そんな桜御影という存在を中心と置き、その正反対から彼女を見つめるだけの存在である自身こと僕、
春の日差しがぽかぽかと暖かいだけの窓側に座って、そんな日々を過ごす事はや1ヶ月程が経とうとしている。
ただ、この身体でさえなければそこまで悩む事は無かったのだろう。それは産まれた時より持ち合わせた呪いの様な…
最初に伝えておこう、何故この姿でそのような願望を垂れているのか。そして、何故己の身を包む夏服は、足元に風が当たることを防いでくれていないのか。
髪は短く切った。長いと鬱陶しく、それ相応の印象が存在するからだ。
一人称は『僕』だ。変なキャラ付けなんて、周りの人間は思っているかもしれないが、本人はそれに込めた『気づいてほしい』という理想も篭っているのだ。
僕が何故、己の感情を押し殺しているのか、そうしなければならない他者の理由が存在するわけでもあるまい。ただ、僕自身というそのものが駄目なのだ。
『僕は男だ』と、そう言いたい、叫びたい。そうすることができれば、どれだけ楽なのだろうか。受け入れられるかどうかを他所に、そうすることができるならば。
しかし、こうして女性へと成ってゆく自分の身体に嫌気がどれだけ刺そうと、今こうしてセーラー服を身に纏っている事実に逆らえない。
それを発散する術も持たずして、毎日に感じる全てがストレスに変わるよう。
まだ、身内にさえカミングアウトしていない。やはり畏怖というものは、そう簡単に消えるものではないと14年生きてきた中から伝わってくる。
僕が彼女にその内心を伝えるのであれば、必然的にその言葉と説明、その他諸々が必要になるだろう。
それだけは、自分自身の思考が何としても阻止しようと阻んで許してくれないようで。
放課後、春の風が吹いている季節に公園のブランコへ座り込む二人の影があった。
「ねぇ……僕の性別のこと……そろそろ言ったほうがいいのかな?」
昔からの友人である
何を隠そう、彼だけが本当の僕を知っている。
かつて一緒になって特撮ヒーローに夢中になった事だとかもあった。しかし、時は過ぎるほど残酷らしい。結果としていつからか彼とは友人として、外部からの印象に触れないよう接していた。
家族ぐるみの付き合いもあってか、関係が消えることがなかったことが唯一の救いなのかもしれない。
斗真は普段ふざけて下らない事を口走る。しかし、こういう時には真面目に相談にのってくれたり。そういう事は、彼の身内を除けば誰よりも良く知っているつもりだ。
「……別にさ、自分のタイミングで言えばいいじゃねーか。歳とか時間とか関係ねーぜ?別に俺に教えたこと後悔してるわけでもないんだろ?」
先程購入したココアミルクの缶を少し強めに握りながら、僕は答えた。
「後悔なんて、してるわけないよ……相談出来るのが斗真で本当に良かったって思ってる……」
少しの沈黙の後、斗真は頷いて脱力し始めた。
「しっかしなぁ、俺は良くわかんねえけど性……」
「ごめん、やめて」
瞬時に脳が出した判断だった。その名前を聞くだけで嫌気が差すどころの話ではなかった。別に彼にそんな考えがあるなんて、かけらも思っていないのだが。
「お、悪い……」
「あ……いや……」
再び訪れた沈黙の後、斗真は立ち上がり側に置いていたリュックサックを背負ってこちらを向いた。
斗真のその表情は何故か笑っていた。その意味を汲み取れないのは、僕が彼と違うことを示唆していると手に取るようにわかった。
やはり人間はそれぞれ違う。だが、それを考えた上で同じ部分もあるだろう。彼が男として生きてきて、僕も男として生きてきた『つもり』だ。
自分がその思考を持ちたくないと思っていながらも、その『つもり』が溝なんだろうと解釈する。
「別に何も悩まなくたっていいんだよ。桜も受け入れてくれると思うぞ?」
一瞬思考が正常な判断をしてくれなかった。彼の言葉に、脳を除き見られるような、そういう感覚が生まれた。
「……え⁉︎」
「隠してるつもりだったのか?結構バレバレだったぞ」
「や……違うそういうんじゃなくて……いや違わないけど……ぁぁぁ……」
その後、斗真は手を振り、足早に去っていった。その姿を見届けるのに、そう多くの時間は必要ではなかった。
そして気づく頃には、僕は三十分程固まっていたらしく、辺りは既に暗くなっていた。
時計は6:30を指し、空の隅で夕景が段々と消えていく。
もう少しで夏休みに入ってしまう。そうすれば少しは気が紛れるかも知れないと期待をしていた。
なんて、結局は諦めの表情を見せる僕はどうすればいいのだろうか。いや、もう手遅れだろうか。無念だ。
しかし、何度も拒んだこのセーラー服にも少しは慣れつつあった。そんな事もふとした瞬間気づくと、余計な嫌気が差すらしい。
時々、自身に対応していないのが思考の方なのか、身体の方なのかが分からなくなる。そもそもそんな考えがある事、それが可笑しいのだろうが。
今日も立てた『抹茶図鑑』の隙間からその姿を目で追いながらの日々。
しかし、彼女は本当に完璧な容姿だと思う。その感情を持ってしてこの場に存在している人間は、自分だけでないと考えるべきだ。
「そういう事してっからバレるんだぜ」
「ッわ‼︎」
音もなく現れたのは斗真だった。陸上競技で鍛えられたその脚からは想像もできないほどの無音。
何なんだこいつは。シノビの類か。
「別に見んなとは言わねーけどよ……」
「なっ……なに……?」
下卑た笑いのつもりだろうか。ものすごいアホ面を引っ提げて彼は続ける。
なんだか、少し面白い。
「いや、お前いつ本人に気付かれるか分かんねえつってんだよ。あと何これ抹茶図鑑って」
「抹茶図鑑……?なんか家の本棚にあったやつだけど」
抹茶図鑑に関してはいいとして、まあ、自身の行為が本人なんぞにバレて仕舞えば数秒で何かが崩れ去るだろう。
誰かに疑問を持たれる事なく自分自身のしたい事に従う為には、自分自身の環境を他者に理解してもらう必要がある。
別に隠しておく意味も無いと思うが、あまり人と関わらない僕が誰に何を言うのだと自分で突っ込んでしまった。
というか、それを理解してもらったとして視界で彼女を追いかけ回す理由にはなるのだろうか。
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