第四話 「今日も我らをお守りくださり感謝します」

 儀式の準備は順調に進んでいた。

 頬に塗る紅、今も集落を守り続ける太陽竜への供物、そして成人した証として手首に巻くミサンガ。

 準備自体はさほど難しいものではない。


 だが、問題は――


「結局レヴィンちゃん、狩猟道具を全然まともに使えずに成人の儀式を迎えちゃったわね」


 同郷の住人のひそひそ話に、ふと耳を傾ける。


「仕方ねえよ、あの子が力めば木製の狩猟道具なんかすぐ壊れちまうしな」

「で、最終的に素手で狩りしちまうんだから恐ろしいよ」

「やっぱり魔力持ちの家系は住む世界が違うってことなのかしら」


 ふぅ、とため息をつく。別に悪口を言うつもりはないが、やはりこうも露骨だと気になってしまう。


「あまり気を張るでないぞ。強くなれば、よくある光景じゃ。ねたひがみも人のうち、気にすることはない」


 儀式用の衣装に着替えていると、呼びかけもなしにリテラがやってきた。


「強くなって、世間の普通と肩を並べられなくなったのは誰のせいだと思ってんの」

「健康体に生まれたいと願ったのもお主であるし、最初の頃はすこぶる喜んでおったじゃろう。わしは背中を押しただけで、ここまで鍛えてきたのもお主の努力じゃ」

「そりゃあ、そうだけど。鍛え始めたのが勢い混じりだったのは認める」


 あたしはでもね、と続けて、向日葵の花にも似た髪飾りを付ける。


「あたしがなりたいのは、あくまで『普通』なのよ。戦場から離れた土地で普通に生まれて、生きる目標ができて、友達と笑い合って、恋して、結婚して、子供が生まれて……」

「じゃがそれも、今のフロイデヴェルトでは難しいぞ」

「だからアンタはこの地にあたしを生ませたんでしょ、わかってる」

「わかっておるなら――」


「――負けないわよ」

「は?」


 立ち上がり、くるりと振り返って見せる。

 裾の長い衣服が風に揺れ、金糸で刺繍された太陽の紋様が、まるで翼を広げる鳥のように広がった。


「あたしはアンタの用意した救世主って運命には負けない。元病人が背負うには、重すぎるのよ」


 帳を開けて部屋を出る。


「相変わらずの負けず嫌い……だからこそわしは、気に入ったんじゃがな」


 誇らしげなリテラの呟きを、軽く受け流しながら。




 ※※※




 太陽は南に高く昇り、ラグナ族に代々伝わる成人の儀式が始まる。

 祭壇の松明には火がくべられ、太鼓の音が辺りに響いた。


 この日成人となるのは、あたしひとり。


 周りにはしかめっ面の同僚が数多くひしめき、その中には儀式を初めて見るミュウとニューの姿もあった。

 父を伴ったばっちゃが双子の後ろに立ち、声をかける。


「雲は少し多いが、どうにか無事やれそうだの」

「儀式って案外騒がしいんだなぁ」

「ニュー、それって太鼓の音だけじゃない?」

「そういうもんかぁ」


「それで長老様、この儀式って具体的には何をするんです?」

「太陽竜の墓の中には、竜玉が収めてあってな――」


 竜玉とは、はるか昔この地にいた太陽竜の心臓が、時間をかけて琥珀の玉になったもの。

 これから発する魔力で、集落から邪なものを守る結界が発生している。

 しかし時が経つにつれて魔力が衰えていくことを知ったラグナ族のご先祖様は、定期的な儀式という形式を取って太陽の光を浴びせ魔力を補充させる方法を思いつく。

 いつしかそれは習慣として浸透し、今でも集落は安泰というわけだ。


 つまり、竜玉が何らかの事故で砕けたり灰になったりしなければ、魔獣がこの集落に寄りつくことはない。


「なるほど。つまり成人の儀式とは――」

「命の源である太陽と、そこからやって来たと伝えられる太陽竜。その双方に感謝し、加護を得るための儀式、といったところか」

「なんとなくわかったよ! あの祭壇はそのリューギョクに太陽の光を浴びせるためにあるんだな」


「おっと、レヴィンが墓から出てきたぜ。儀式の始まりだ」


 父の台詞に合わせるように、竜玉を手にして墓から出る。

 肌に感じる空気はひんやりとしているものの、陽光の暖かさも同時に感じた。


 目を閉じ、胸の前で両手を組む。

 そして静かに祈りを捧げると、まぶたが震え、心の中で何かが大きく脈打った。


 鼓動に合わせて魔力が流れ込み、全身を巡る。

 父もかつてこの竜玉の魔力を感じていたのだろうか。


 祭壇に向けて階段を一段ずつゆっくり登る。足の裏にツタの感触が残る。

 階段を登りきり空を見上げると、若干の雲に囲まれながらも太陽が顔を出していた。


「太陽竜ソルマンダー様、今日も我らをお守りくださり感謝します」


 形式上の台詞だが、これで太陽竜様も浮かばれることだろう。

 持っていた竜玉を祭壇に置き、手を離す。


 すると竜玉は、太陽の光に照らされ日色の光を放った。顔が青かった病院の患者が、みるみる血色を取り戻すように。


「きれい……」


 思わず魅了されたが、儀式の手順はまだ残っている。

 その場で目を閉じて太陽の方向に一礼、二礼、三礼。

 所作自体はヨガの一種である太陽礼拝のポーズに似ているが、まさか異世界に来てまでやることになるとは思わなかった。


「これでよし、と」


 やりきった達成感で目を開けると、いつの間にか雲に隠れて太陽が見えなくなっていた。


 あら、タイミングが悪い……。

 でも竜玉は魔力を補充したみたいだし、一応儀式は終わったんだよね?


「えっ……?」


 刹那、全身を伝わる悪寒。

 空を見渡すと、黒い雲がたちまち青空を隠していた。


「ウソでしょ、雲の流れが早すぎる!」


 太陽も見えなくなり、黒い雲の中で騒がしい音が響く。

 そこで、リテラの声を聞いた。


「いかん、祭壇から離れるんじゃ! 早く!」


 頭より先に身体を動かす。祭壇の端から勢いよく跳んだ、その瞬間。


 黒い雲から、轟く雷鳴。


 祭壇は突然のイカヅチによって、砕かれた。


「あ……っぶなっ……!」


 迫る地面に受け身を取って対処する。起き上がって、冷静に祭壇のあった方向を見つめた。


「大丈夫か、レヴィン!」


 父が心配そうに駆け寄ってきた。双子とばっちゃもそれに続いている。


「一応怪我はないよ……でも祭壇が!」

「竜玉さえ無事なら祭壇は建て直せる! 竜玉の無事を最優先で確かめるんじゃ!」


 ばっちゃが集落の人たちに指示を出す。竜玉に異常がないかどうかを確かめるため、皆が一斉に動き出した。

 あたしたちも急いで確認に向かう。


 竜玉を見ると、ヒビこそ入っていなかったが明らかに黒く変色していた。

 これがどういう意味なのか、わからないほど子供ではない。

 竜玉が壊れたということだ。


「レヴィンさん、これ……」

「竜玉から魔力を感じない。さっきの雷で根こそぎ漏れたのよ」

「やべえことになったな……魔力が抜けたってことは――」

「この集落に魔獣が……来る!!」


 また悪寒がした。さっきとは比べ物にならない、殺気レベルの嫌な気配。

 バリケード外の森から木の折れる音が聞こえる。


 集落に迫る魔獣の危機は、すぐそこまで迫っていた。

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