第三話 「元々ラグナ族って、世間からすれば問題児の集まりなんだっけ」

 ラグナ族の集落は、遠い先祖の遺跡を中心とした、ひとつの村のようなものだ。

 外敵から集落を守るバリケードこそ城壁に比べれば簡易なものだが、作物を荒らす害獣が来ない程度には役立っている。

 集落の中には大木を利用した家など、『屋根さえあれば雨は凌げる』みたいな理屈で、自然を最大限に活かした住居が並んでいる。


 あたしの知っている田舎より田舎、というのが集落の第一印象だった。


 そんな一見都会人には住みにくそうな集落も十五年近く過ごしてみれば慣れたもので、住めば都とはよく言ったものだ。

 すっかり日が昇った朝に、そんな集落に戻ると、あたしが『ばっちゃ』と呼ぶ長老が門の前でひとり待っていた。


「レヴィンや、朝の日課にしては遅かったのう」

「いやぁ、ちょっと人助けをね」

「ほう……」


「馬車が魔獣に襲われての、その生き残りなんじゃ」

「初めまして、僕はミュウと申します」

「ニューです!」

「ほぉ……」


 ばっちゃはミュウとニューを見て、値踏みするように目を細める。


「怪我はないようじゃな」

「当たり前じゃ。レヴィンがついておったからの」

「でもまだ魔獣がいるかもしれなかったから、ここに連れてきたわけで」

「なるほど、太陽竜の加護があるここなら、というわけか」


 ばっちゃは少し考える素振りをして、双子を再び見据えた。


「立ち話もなんじゃ、儂の家で話を聞いてやろう。何やら訳ありのようだしの」

「ありがとうございます」


「それとレヴィン、お前はもうすぐ成人の儀式じゃ。準備しておくように」

「そういやそうだったね……すっかり忘れてた。面倒くさいなぁ」

「お前の両親も通った道じゃぞ、面倒くさがるでない」

「はーい」


「では行くぞ、付いてまいれ」


 こうしてあたしたちは、集落の中へと入っていった。


 集落の中では畑仕事をしている人がいたり、井戸端会議をしている奥様方がいたり、洗濯物を干しているおばさまがいたりと、いつも通りの光景が広がっていた。

 しかし、双子を見つめる人たちの様子は、怯えていたり冷ややかだったりと様々だ。


「なんか嫌な感じだなぁ、ミュウ」

「ラグナ族の集落って、外から人が来たことってあまり無いんですか?」


 機嫌が悪くなるニューを気にかけながら、ミュウ君はばっちゃに疑問を投げかける。


「全く来ないわけではない。物々交換で珍しいものを売ってくれる贔屓の旅商人ぐらいなもんだで」

「元々ラグナ族って、世間からすれば問題児の集まりなんだっけ」


「そうじゃな。古代の戦争では王国の切り札として傭兵となって雇われていた戦士が多かったと聞くが、近代の戦争ではマキナと呼ばれる魔導兵器の台頭で戦場も様変わりしていった。先祖の代から潜在魔力の低かったラグナ族は戦場に必要とされなくなり、今では悠々自適な大自然の集落で引き籠もり生活……要は世間の鼻つまみ者というわけじゃ」


 リテラがそんな落ち目一族にあたしを転生させた理由は、至極単純。

『ヒエラルキー最底辺からの救世主誕生は、燃えるシチュエーションじゃろうが!』

 だ、そうらしい。わからなくもないが、あたしは人間なので神様の気持ちなんてわかりたくもない。


「まあ、そんな中でもレヴィンの家系は特別じゃったがな。潜在魔力が人並み以上にあり、太陽竜の遺物……お主らがマキナと呼ぶ至宝を代々受け継いできた」

「ほぼ魔法とは無縁そうな土地なのに、マキナがあるんですか?」

「あれを見てみい」


 ばっちゃが指差したのは集落の中心にそびえ立つ建造物。

 古代からあることを証明するように、ツタに絡まれ年季の入った石造りの祭壇。

 あれがこの集落を支えていると言ってもいい。


「でっかいなぁ。おばあちゃん、何なのアレ?」

「『墓』じゃよ。旧くに息絶えた太陽竜のな」

「たいよう……りゅう……って、なんだ?」

「この土地にずっと昔に居た竜、らしいよ。太陽からやって来たからそう呼ばれてたとか」


 この地に生まれて十五年、太陽竜の伝承は聞かされていたけど、実際はよくわかっていない。

 人に寄り添い、教えを説いてきた聖竜だった、とか何とか。


「墓、ということは、あの下に太陽竜の亡骸が?」

「聡明な子じゃな、ミュウ。その亡骸を中心とした結界が、この集落を魔獣から守っておるのだ」

「成人の儀式も、あの祭壇でやるのよ。太陽が一番高くなる、昼の時期にね」


「ちょっと興味が湧いてきました」

「結構結構、レヴィンの門出を是非見ていくとええ」


 ふと、腹の鳴る音がした。ニューがえへへ、と恥ずかしがる。


「その前にお主らは腹ごしらえじゃな」

「申し訳ないです、助けてもらった上に……」

「構わん。今年は魔獣がよく集落の外に出おって肉は不作続きじゃが、野菜の汁くらいはおもてなしできるわい」

「ありがとうございます」


 深々とお礼を述べるミュウとそれに続くニュー。素直に感謝を言えるいい子たちで結構結構。


 会話を交わすうちに、ばっちゃの家の前に着いていた。中に入ると、土間があり、囲炉裏のある昔懐かしい雰囲気の部屋だった。

 そんな趣のある部屋の一角に、意外な人物がくつろいでいた。


「よっ、おかえり」


 獅子のように迫力のある髪型、筋骨隆々の大男。それ即ち――。


「パパァ!? いつの間に帰ってきたの!? そもそもここばっちゃの家だし!」

「細かいことは気にするな、我が娘よ」

「姉貴の……」

「お父さん、ですか……」


 呆然と呟いたニューとミュウ君。

 そりゃそうだよね、いきなりあたしのパパが現れたらびっくりだよね。


「って、レヴィン……なんだその子たちは? まさかとは思うが誘拐――」

「んなわけないでしょ! 人の娘を何だと思ってんのよ!」

「こらこらレヴィン、客の前で喧嘩はよさんか。レオンもボケてないで話を聞け」

「ハハッ、スマンスマン。レヴィンの父、レオンだ」


 豪快に笑いながら手を差し伸べてくる、この世界でのあたしのパパ。

 若干引き気味ながらも、ミュウ君は手を握り返した。


「ミュウといいます。こっちは双子の姉のミューです。レヴィンさんには危ないところを助けていただいて」

「なんとなく雰囲気が姉貴と似てるなぁ、おっちゃん。親子って感じだ」

「そいつはどうも、お嬢ちゃん。でもコイツ、昔は鍛錬のたびにピーピー泣いててよ」

「息をするようにあたしの昔語りするのやめてくれる? 恥ずかしい思いをするのはいつもあたしなんだけど!」

「いいだろ別に。レヴィンもこれから成人なんだしよ。そのために俺もわざわざ王都から帰ってきたんだぜ」


 父・レオンは傭兵だ。魔法が使えないに等しいラグナ族の中において、マキナを扱える魔力を有する我がゾンネ家の血は王国軍にとって有用だと判断されていた。


 父はいわゆる出稼ぎパパで、先祖代々伝わるマキナを手に現在も王国軍に雇われてその手腕を振るっている。ちなみに、母はすでに流行り病で他界している。欲を言えばもっと母親のぬくもりに触れていたかった。


 いかんいかん、何を今更感傷に浸っているのか。

 ふと気付けば、ミュウ君が父の右手の甲を見つめていた。


「ん、これが気になるのか?」


 父もそれに気付いてか手の甲に刻まれた赤い魔法陣を見せる。


 父が持っているマキナは契約型といって、汎用型とは比べ物にならない魔力を有する代わりに契約を必要とする類のもの。

 契約型のマキナは、契約者の魔力に循環させる形で体内に封印することができる。その証として身体の一部に魔法陣が現れるのだ。


「やっぱり、マキナと契約できてるラグナ族の人って珍しくて」

「そうだろう、そうだろう。王都に行ってても珍しいって言われててよ」

「自慢はそこまでにせんか、レオン。長話しておると朝飯が冷めるぞ」

「へいへい……って、婆さん。肉は?」

「魔獣のせいで今は保存食以外素寒貧すかんぴんだよ、我慢しな。そもそもここは儂の家じゃ」


「パパ、文句言うぐらいなら王都に出戻っちゃえば?」

「わぁったよ! ふたりしてキツいな」


 あたしの耳元でリテラが相変わらずじゃのう、とひとりごちた。




 ※※※



 朝食は恙無つつがなく進み、双子が馬車に乗っていた契機などもある程度話してくれた。


「実はボクたち、帝国から亡命してきたんです」

「帝国というと、西隣のアインハイト帝国か!? 魔獣が蔓延るまで王国と敵対していた国じゃぞ……よく国境を越えられたのう」


 スープを啜っていたリテラから驚きの声が漏れる。


「優しくしてくれた人の助けもあって……運が良かったんです」

「それで、王都へ行って仕事を探そうってなってな。あっしらはたまたま王都に向かう兵士隊の馬車にお願いして乗せてもらってたんだ」

「そこを魔獣に襲われて、運良く助かってた、と」

「なるほど、服がボロボロなのはそういうわけか」

「敢えて亡命した理由は聞かんが、後で服を新調してもらった方がええのう」

「湯浴みもね。どうせ長旅で、してる暇もなかったんでしょ?」

「まあ、お恥ずかしながら」


 ミュウ君の頬が赤くなった。その可愛らしさに頭をなでたくなるがぐっと堪える。


「ここは安全だし、ゆっくり浸かるといいわ」

「ありがとうございます」


「王都で仕事ねぇ。子供で出来る仕事といったら、傭兵のサポーターぐらいじゃねえか?」

「それでも危険なことには変わりなかろう。レオン、王都にいる知り合いの誰でもいいから、安全な仕事を紹介できる奴はおらんのか」

「安全な仕事……風俗街以外で?」

「以外で」

「だったら心当たりはねえな」

「パパはさぁ……」


 あたしの知る限り、父は王都だと顔は広いものだと思っていた。

 それでも心当たりがない、とは。王都はどれだけ厳しいところなのだろう。


「でも何とかなるだろ。俺はこうしてチャンスを掴んだわけだしな」

「我が親ながら全く信用できない!」


 その後も話し合いは続いたが、全く参考にならない父の情けなさもあり、双子の仕事に関しては一旦保留ということで落ち着く。


「ごちそうさま。ばっちゃ、成人の儀式の準備があるし先に行ってるわね」


 食器を持って席を立つと、ミュウ君がもっともな疑問を投げかけてきた。


「ラグナ族の成人の儀式って一体……?」

「えっと……太陽を拝む儀式、かな?」


 流石に説明が大雑把すぎたか。

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