第92話 消えたと思ったり
落ち着いてから、おつぼねぷりんへ、無事でよかったですとメッセージを送る。「自分を消したくなりそうで」という言葉は流石に怖い。やらないだろうと思っていても。
「無事でいるつもりだろうな?」の意味を込めたつもりだったが、おつぼねぷりんはそれをわかっているのかいないのか、ありがとニャーンのさっきと同じシリーズのスタンプを送ってきた。まぁ……この感じなら、大丈夫だろう。これ以上は逆にしつこくなる。
「こんな時間だしね……」
呟いて、見上げた時計の針は十一時を過ぎていた。
あおい、遅すぎね?
会社に泊まるつもりか? トラブルって何だろう? それとも、もう帰ってくるはずが、何かあった? トラブルでへこんでる? 外食してる?
先に寝てろと言われても、飲み会ならともかく、トラブルで遅いのは心配になる。食事はとれたのかな。
芽生:いきてる?
LIMEのメッセージ欄にそれだけを入れた。
あおいからすぐに返信があった。
あおい:そろそろ駅に着くから問題ないよ。もうすぐ帰るからほんと先に寝てて
少しホッとした。
あおいは普段、仕事でトラブったとしても理由なくそう遅くまで飲んだりしない。無理に付き合わされているとしたら相当疲れているはずだ。
芽生:何分着の電車?
おつぼねぷりんに来てほしいと言われた時のために、まだ部屋着になっていなかった。食後のダイエットがてら、迎えにいくことにした。
暗くなってから通る道を、あおいは怖がることがある。変質者が出るとか、そういうことを怖がるのでなくて、木が怖いらしい。わたしなんかは実際の人のほうが怖いと思うのだが。
さっき一度通った道を、今度はあおいのために歩く。公園のところ……ここいつも怖がるんだ。一人きりだったら、この落ち葉が積もった公園沿いの道を、きっとふくれっ面しながら走って通り過ぎるんだろう。
少しくらいは脂肪燃焼しただろうか。
駅に着いて、改札で少し待ったが、あおいは出てこない。
LIMEを見ると、だいぶ前に返信がきていた。
あおい:もう駅は出たからすぐ帰るって
ええ? 駅出た? 会わなかったぞ!
電話をかけたが、あおいは出なかった。
あおいの帰りかたは把握してる。国道沿いを、まずそのまま歩く。横断歩道じゃなく歩道橋を渡るのがあおいの好みだ。景色が見えるからおすすめだとドヤ顔で言われたことがある。
用もないのにコンビニに寄って、そこで値札も見ずに高いスイーツやら菓子やら買って帰る。
さっきコンビニにもいなかったぞ。いなかったって!
慌ててさっき来た道を戻るが、一本道なのに、あおいがいない。おかしいと思っているうちに、自宅に着いてしまった。もちろん自宅にもまだいなかった。
消えた……?
今日二回目の不安感に、馬鹿みたいだと思いながら駅に引き返しはじめ、あおいにもう一度電話をかけた。
コンビニのトイレで入れ違ったとしても、そろそろ着いてなきゃおかしいだろ。
小道のほうからかすかな着信音が聞こえ、ふと見ると、あおいが小道から出てきながら電話を取るのが見えた。
「いた」
一言いって、通話ボタンを切る。向こうもわたしに気づいたようだ。
駆け寄って、思わず、責めるような言い方をした。
「心配した!!」
あおいは驚いたようにわたしを見て、首をかしげた。
「ちゃんと連絡したでしょ」
「そうだけど」
「芽生だってよく午前様になるでしょ。迎えにきてくれたの?」
そうだった。わたしが勝手に迎えにきた。頼まれてもいないのに。それで怒るのはどうかしている。
「ごめん。でも、いないし、電話も出ないから。なんでそっちから出てくるわけ」
「気分転換に、ちょっと散歩に」
こんな夜中に、暗い小道を散歩とかよくやる。せめて明るい国道沿いにしろよ。朝散歩するぶんには、ちょっとした川の流れもあって、季節ごとに花を楽しめるように整備されていて、猫はいるしベンチもあるしいい散歩スポットだ、それはわかるけど。
「木が怖いんじゃなかった?」
「だから怖いから、すぐやめたよ」
あおいはわたしの質問に、すこしうるさそうに答えた。小道の出口の街灯に照らされた顔を見て、あおいが気分転換をしたがった理由がわかった。
メイクが眉毛と口紅だけになって、目が腫れていた。
思わず手を伸ばしたのを、あおいは振り払った。
「帰るよ」
そう言ってわたしの前を歩きだした。
これ……会社のトラブルって、あおいが原因とか、そういうやつか?
いつも適当だから……仕事でちゃんと出来てるのか、時々心配してた。もしなにかあるなら、わたしに相談を、そんな言葉が出かけて、飲み込んだ。
おつぼねぷりんのチャットを思い出したからだ。
あまり愚痴言うのもなんですけど、上から目線すぎて。いろいろしてくれて有難いんだけど、これ以上してもらいたくないんですよね。有難いんだけど。
最初っから決めつけられると腹立つでしょ!
そうだ。家の中で適当だからといって、仕事でも適当とは限らない。あおいはこの前、ずけずけ入りこまずに、優しくしてくれていたのに。
わたしは理想のレズビアンとは程遠い。よくわからんことでキーキーする、ただの嫌な女だ。おつぼねぷりんのルームメイトと同じだ。上から目線の。
ぷいっと顔をそむけるあおいに、謝った。
「ごめん」
「なにが?」
なにがと聞かれて、まだ口に出してはいなかったことに気付く。言わなくてよかった。いつも適当だからとか。最悪だろそれ言ったら。
「勝手に迎えにきて、勝手に怒って。心配しすぎた」
あおいは何か言おうとして、やめた。
拗ねているのか、顔を見られたくないのか、こっちを見てくれない。
「ほんとだよ。迎えにくるなら、来るって言って」
「うん……」
「大丈夫だから。帰るよ」
少し歩いてから、あおいはちらっとこちらを見た。
「あのさ」
「ん?」
「ごめん。ありがとう」
ありがとう……。
ありがとう……。
あおいの可愛い声が耳にこだまするようだ。こんな風に言われるなら何度でも迎えに来る。
「でも、迎えはこなくていい。ほんとやめてほしい」
「なんで」
「芽生、ちょっと、自覚したほうがいいよ」
あおいは苦虫を嚙み潰したような表情をして、わたしを横目で見た。
自覚?
「なにか悪いことした?」
「可愛いと思うから」
可愛い。
それは、あおいから見て? そう見てくれているのか?
「それが、なにか?」
「それがなにかって……歩いて迎えにくるの危ないでしょ。せっかく帰ったんだから、わざわざ来なくていいし!」
……は?
「それはあおいも一緒だし!!」
それいったら、あおいが歩いてるのだって危ないだろ? 可愛い上に、ちっこい。隙だらけだろうが。かわいー、ちっこい、よいしょ、って、三秒でどっか連れ去られたらどうすんだよ。かわいー、ちっこい、よいしょだぞ……三秒だ三秒。あんたのほうが危ういわ!
「ダイエットの為にウォーキングして何が悪い? わたしが迎えにきたいと思ったら来るから!!」
「なんでキレるの!?」
「はぁ? キレてないし!!」
あおいはしかめっつらをしてわたしを睨んでいた。ああこれ、思ってる。「怒ってない!」って言いながらお前怒ってるだろって、絶対思ってる。
「せめて歩きじゃなくて、自転車で来て。私の使っていいから」
「へ?」
「ちょっと変なのがいると思ったら、歩きより避けやすいでしょ。自転車練習して」
あおいがこんなことを言いだすのは、初めてのことで。身体中がかっと熱くなった。自転車に乗れるようになったら、あおいを迎えにいく権利が手に入るんだな? そうだな?
好きな相手に課題をだされる……。わたしは、そういうのが、好きなんだよ!!
「カギどこだっけ?」
「リビングの青い引き出しの一番上」
「オッケ。言っておくけど、練習するタイミングが無かっただけだから。あおいよりバランス感覚いいから。すぐ乗れるようになるし」
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