第6話 井戸水
貴子とダニェルが話していると、ダニェルよりも少し年上くらいで、地球でいうところの中学生くらいの少年二人が貴子のそばへやって来た。
「ディ シウ エ マァリヤ?」
貴子へ何かを尋ねる中坊の一人。
「うん、マァリヤマァリヤ」
言っていることがハッキリとわかるわけではないが、「マァリヤ」は魔女や魔法使いという意味だと解釈している貴子は、とりあえず頷いた。
それを見た中坊二人は、
「アフィ、トォム ダ セミィ ウェッサグ。ルルゥカ。アハハハハハ」
何かを言って爆笑した。
話を聞いていたダニェルが頬を膨らませる。
ダニェルは、腹を立てていた。
中坊の言葉と表情に馬鹿にしたニュアンスがあることは貴子にもわかるが、内容はわからない。
「何? 何でこの二人笑ってんの?」
中坊二人を指さして貴子がダニェルに聞いた。
「タカコ、魔女? 水、ングングング。魔法、アハハハハハハ」
ぷんぷん怒りながら水を飲むふりを交えて教えてくれた。
「ああ〜、はいはいはい」
『貴子って魔女なんだろ? だったら水を飲めるようにしてみろよ。魔法で。アハハハハハハ』
と小馬鹿にしたのだろうと貴子が頭の中で翻訳した。
こちらの世界も地球と同じで、魔法を使える人が当たり前のようにいるわけではない、ということは、貴子も気づいていた。
貴子が魔法を使うところを見ていない村人は、貴子が魔法使いだと信じていないからだ。
「ハハハハハ」
しつこく笑っている二人を見て、貴子は、
「しゃあない」
腕まくりをし、
「ほんじゃいっちょ」
金属バットを握り締め、
「やったるか」
中坊どもと一戦交えるため足を踏み出した。
そこへ、
「ベコ!」
バカッ ボカッ
「アウッ」
「オウッ」
三十歳くらいの女性がやってきて、中坊二人の頭にゲンコツを落とした。
「エイィシャ、タカコ」
そして、貴子へ向かって申し訳なさそうに言って、中坊二人にも「エイィシャ」と言わせて、井戸の方へと行ってしまった。
謝ったのだろうことが貴子にもわかった。
井戸に連れて行かれた中坊たちは、そこにいた女性と井戸水の汲み上げ作業を交代させられた。
「アホだなぁ」
貴子は、呆れ交じりに言ったあと、みんなが働いているのを見て自分も手伝おうとしたが、
「タカコ、サァクイン タァク スナァイ。スカップ トゥワ」
女性たちやダニェルに押しとどめられてしまった。
手持ち無沙汰の貴子は、仕方なく、みんなの作業を見守ることにした。
気温は、高くもなく低くもないが、照りつける太陽の下での作業にみんな汗びっしょりだ。
井戸水を縄の先にくくりつけた桶で汲み上げている中坊二人は、ヒィヒィ言っている。
「魔法で、か……」
貴子が中坊二人の言ったことを思い返す。
貴子は、昨日の野盗事件以来、魔法を使っていなかった。
せっかく魔法使いになれたのにまた使えなくなっていたら、そのショックは、ただ使えなかった時の比ではないということで変にビビっていた。
「でも、まだ魔法を使えるなら、どうやって魔法で水を綺麗にしようか?」
貴子が考える。
汚れを浄化する?
それとも汚れだけを取り除く?
わかりやすいのは、みんながやってるように井戸水が綺麗になるまで汚れた水を汲み上げることだろう。
それを一気に全部外へ出せればいいんだけど。
「こう、勢いよく噴き上がる噴水みたいに……」
などと貴子が頭の中にその光景を思い描いていると、
「ん?」
貴子の胸の中に熱い塊が生まれた。
「あ、この感覚って昨日魔法使う前にもあったやつだ」
そうと気づき、貴子が魔法発動の合図のように右手に持った金属バットを、
「えい」
と振り上げた時だった。
「ハゥン? ハァテ?」
中坊たちが、井戸の中の水に違和感を覚え、手を止めた。
水位が増してきているように見えたからだ。
「オット、キトゥン、クォム シア カァダグ!」
さきほど二人を叱った女性が、休む二人を見て注意する。
「マァヤ、ダ セミィ……」
中坊の一人がそれに返事をしている最中、突然、
ドバァーーーーーーーーーーッ
と井戸水が外へ噴き出てきた。
「ホゥアッ!?」
中坊二人は、驚きのけぞった勢いで後ろへ倒れた。
井戸水は、薄紫色の水柱を立てて噴き上がり、昇竜のように一本の塊となって空へとぐんぐんぐんぐん伸び上がっていく。
やがて、井戸から出る水が透明になると、尻尾を切るように空中高くで汚れた部分との境目を切り離し、薄紫色の昇竜もどきは、村の外へと飛んで行った。
切り離された綺麗な水は、細かい雨粒となって村に降り注ぎ、みんなの頭上には虹のアーチがかかった。
「ワァーーー!」
小さい子供たちは、虹を見てはしゃぎ、
「……」
他の人はみんな、昇竜もどきが飛んで行ったほうを、目を点にして眺め、
「タカコ! ルルゥカ! 魔法!」
ダニェルは、顔を上気させて貴子を見た。
それに釣られて村人たちも貴子へ顔を向ける。
貴子は、金属バットを振り上げた体勢で、
「快……感」
魔法を放った感覚に酔っていた。
そんな貴子を見て、みんなは口々に、
「イォ マァリヤ……」
畏敬の念を込め、そうつぶやいたのだった。
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