第54話 「身に付いていたもの」

 ゴロツキの男達に路地の出口を塞がれている状況。イツラ姫を守りながら表通りに抜け出るには……。

 そう思った途端、頭の中にHUDモニターが現れ、壁と五人の男達の位置がピックアップされた。

 イツラ姫を連れたままでは、この包囲を突破する事はかなり難しい。

 俺が五人を倒せるほど強ければ別だが、それは有り得ない事だろう。

 だが、奴らは俺にしか暴力を振るわないはずだ。

 であれば、最も安全にイツラ姫を救い出す方法は、姫をこの場に置いて俺が表通りに抜け出て助けを呼ぶ事……。


 一番手前に居る男と二列目の二人までは、隙を突けばすり抜けられる。

 だが、三列目の二人は俺の目的に気が付き、行く手を阻んで来るだろう。

 三列目で少しでも手間取れば、かわした三人も直ぐに振り向いて攻撃してくる。

 であれば、三列目の二人を動きでどれくらい釣り込めるかだ。

 片方に突進する素振りを見せ、そこでテールスライドして二人を躱す。

 しかし、そこまでのフットワークが俺に有るのだろうか……。

 だが、全てが嫌になり部屋に籠っていた時も、毎日の筋トレは続けてしまっていた。

 イーリスからヤーパンコロニーに行くと聞いてからは、重力下でも直ぐに歩けるようにと、無意識に脚力のトレーニングもしていた。

 パイロットには、凄まじいGに耐えられる様に強靭な肉体が必要になる。

 シャルーアを乗りこなすには、更に強度を求められるから、常に体を鍛える習慣が染みついていたのだ。

 だから考えた動きを支えるフットワークは多分大丈夫だと思う。

 あとは相手の動き次第で、近接戦闘の様に攻撃を加えて、包囲の突破を目指しても良いかもしれない。


「……マリーはここで待って居て下さい。助けを呼んできます……」


「……はい、信じて待って居ます……」


 振り向いてつぶやくと、イツラ姫は笑顔で頷いた。

 普通ならば置いて行かれる事に恐怖心が湧き、取り乱してもおかしくないのだが……やはり肝が据わったお方なのだ。信頼に応え彼女を守る為に全力で戦おうと思う。


「あのー、すいません。俺たち旅行者なので、セントラル共通通貨カードしか持っていないのですが、どうやってお渡ししたら良いのでしょうか」


「はあ? 全部置いて行けばいいんだよ! こっちでちゃんと換金してやるから安心しな」


「ああ、そうなのですね。じゃあ……あっ!」


 ポケットから取り出した通貨カードを、男達の目線を逸らすために、取り落とした振りをして斜め後方の壁際に投げた。


「あっ……ごめん。マリー拾って」


 慌てて拾いに行くイツラ姫の動きに、男達の視線と意識が向いた。

 その刹那、頭の中でフルブーストを掛けると、体がイメージ通り弾かれた様に動き出す。

 すると、何故か一番手前の男の動きが止まって見えた。

 思わず、男が持っているナイフを素早く蹴り飛ばし、男の体をそのまま躱す。

 二列目の男達はまだ何も気が付いていない。それどころか動いている様にすら見えない。

 考えていた以上に相手の動きが鈍い。こちらから打撃を加える余裕があった。

 完全に隙だらけの腹を蹴り上げ、やっと目線がこちらを向いたもう片方の男を殴り飛ばす。

 その直後、三列目の男達が動き出す気配すらない事に気が付き、直ぐに作戦を変更した。

 そのまま振り返り、慌ててこちらを振り向いた最初の男の股間を蹴り上げ無力化する。

 そして、殴り飛ばした二列目の男にすかさず蹴りを入れ地面へと転がした。

 直ぐに反転し、こちらの動きにあっけに取られている三列目の男に突進する動きを見せ、相手が身構えた所をテールスライドの要領で躱し、路地の出口側に移動する。

 男が出口側に抜けた俺を捕まえようと、反射的に釣り出された所をカウンターで殴り倒した。

 そして、直ぐにもう片方の男へ向けて攻撃の体勢を整えると、男の顔に怯えの表情が浮かぶ。


「まだやるか」


「ひっ、いえ、ごめんなさい。失礼しました」


 男は壁にもたれたまま、腰が抜けたようにしゃがみ込んでしまった。

 他の男達は地面に転がったまま動けないでいる。


 俺は俺自身の動きに驚いていた。

 アルテミスと出会ってから、俺はパイロットとしての能力を鍛えて来ただけだ。人との格闘を学んだ事はない。

 それに体を鍛えていたのも、パイロットに必要とされる強靭な肉体を作る為だったはずだ。

 けれども、シャルーアのコクピットで経験してきたこと、状況に対応する瞬時の思考、刹那の機体の動き……アルテミスに導かれた全てが、いつの間にか自分の体の動きとして身に付いていた。


「リオ兄、流石ね!」


 イツラ姫は投げ落とした通貨カードを手に持ち、転がった男達の間を悠々と歩いて来た。


「さあ、アイスクリームを食べに行きましょう」


 イツラ姫は俺の腕を掴み、何事も無かったかの様に歩き始めた。ところが、腕を持つ手が細かく震えている。やはり怖かったのだろう。

 でも、姫の身に何も危害が及ばなくて本当に良かった。


「マリーの大事な国民に手を上げてしまい、申し訳ありません」


「いいえ。馬鹿な人達にお灸を据えてくれてありがとう。それにしても、リオ兄は本当に強いのね」


「いえ、マリーを守りたい一心です」


「まあ! オーディンの騎士に暴漢から守って貰ったなんて、一生の自慢になるわ」


「……オーディンの騎士ですか」


 その言葉に、また何かが胸に突き刺さる。

 俺は守れるのだろうか。もっともっと頑張れば、もしかしたら皆を守れるような本物の騎士になれるのだろうか……。


 ────


 喫茶店でイチゴクリームパフェを嬉しそうに頬張るイツラ姫と過ごし、姫の希望通り夕方の公園へとやって来た。

 空の色が反射している湖は見惚れるほど綺麗で、とても人工の光源とは思えない美しさだ。

 しばらくその景色を眺めていると、キラキラと輝く湖面を背にサングラスを外しぽつぽつと歩いていた姫が、不意に俺の正面に立っていた。

 年下の女の子とは思えない、凛とした美しい表情で俺を見つめている。


「リオンさん」


「はい」


「いえ、リオン・フォン・オーディン様。私は貴方のお陰で無事に国へと帰り着く事が出来ました。改めてオーディンの騎士様に感謝申し上げます」


「……いえ、俺は騎士なんかではありません。本当は騎士見習いですらないダメな奴なんです」


「いいえ。貴方はオーディンの騎士で間違いありません。私達は幾度あなたに助けられたか。それに、あの黒騎士も言っていました『特別な騎士になる者を試さねばならないから、今から時間を頂く』と……」


「えっ、黒騎士と話をされたのですか?」


「ええ。わずかな時間でしたが『ヤーパンとエルテリアは、みだりに戦端を開かずに回廊の入り口を固めて有事に備えよ』と言われました。それからしばらくして、また回線が繋がり『あの小僧を騎士として頼って貰えれば大丈夫だ』と言われました」


 ──黒騎士に試されていた? あいつは一体何なんだ。全く敵わなかった俺に頼って大丈夫だって、どういうつもりだ……。


「ですから、これからも私達をお守り下さい。オーディンの騎士リオン・フォン・オーディン様」


 イツラ姫が両手を握り、美しい瞳で見上げていた。


「その為でしたら、私は貴方のお人形にでも……えっ?」


 驚いた表情の姫の体が急に持ち上がり、目線が高くなるや否や、そのまま離れて行った。


「はい、そこまで」


 姫が湖の脇にあるタイル張りの路面の上に降ろされ、抱えていた人の姿が露わになる。


「どうも、リオン様」


「せ、セシリアさん」


 そこには、ビシッとしたえんじ色の軍服を着たセシリアさんが立っていた。


「今日は姫様の面倒を見て頂き、ありがとうございました」


「い、いえ……」


 セシリアさんは微笑んでいるのに、目が笑っていないのは気のせいだろうか……。


「姫様。あちらにお迎えが来ておりますので、ど・う・ぞ」


 有無を言わせない迫力で、姫に迎えの車に向かうように促している。


「リオ兄。今日はありがとうございました」


 イツラ姫がペコリと頭を下げて、バツが悪そうな顔をしながら去っていった。


「……り、リオ兄ですってぇ……」

 

 険しい表情をしながら、姫を乗せた車が見えなくなるまで見送ると、セシリアさんが俺の腕を力いっぱい掴む。緑色の瞳が射る様な眼差しで俺を捉えていた。


「……あ、あの、いつから」


「ホテルを出て一歩目からですが、何か?」


「いえ……」


「リオンちゃん、格好良かったわよぉ」


「はあ」


 腕を掴むセシリアさんの手に痛いほど力がこもる。


「……世界が燃え上がりそうなほど嫉妬したのは初めてよ……」


 セシリアさんが何かつぶやいたけれど、良く聞こえなかった。


「えっ」


「ううん、何でもないわよ。さあ、行きましょう!」


 セシリアさんが腕を引き寄せたかと思うと、グイグイと歩いて行く。


「えっと……何処に?」


「リオンちゃん、私達の夜は今からよ。明後日くらいまで帰れるとは思わないでね。軍服なんて着ていられないから、先ずは服屋に行くわよ!」


「はい……」

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