廻るマリオネット ―昏く輝く氷の章―(休止中)
コタツおんざ蜜柑
第0話‐1
とある廃れた建物の地下にある研究施設にて
ードクンー
「第一"元素機構マテリアル"、属性『火』。適合を確認。次のフェーズへ移行」
ードクンー
「第二"元素機構マテリアル"、属性『水』。結合時のみ適合を確認。次のフェーズへ移行」
わからない単語の羅列。毎日のように与えられる痛み。まるで自分の体に生命体を入れられているかのように、自分の意思と無関係に体が動かされる。
苦しい。
それしか考えられなくなっていた。
俺って、
なんでここにいるんだ。
ードクンー
「第三"元素機構マテリアル"、属性『土』。特定条件でのみ適合を確認。次のフェーズへ移行」
何日もこのカプセルの中に入れられて、同じ人の顔を見る。
いや、数年かもしれない。
意識が戻ってからはずっと同じ人の顔を見る。
とても顔が整っているとは言い難い、低身長の男性。さほど若くはないだろうが、髪は全て白髪になっていて、腕は筋肉が無くなっているように見える。しかし彼の顔には最早、生気せいきなるものはなく、今にも死んでしまいそうな様子だった。
ードクンー
「第四"元素機構マテリアル"、属性『風』。特定条件でのみ適合を確認。やった…やったぞ‼︎」
〜うるさいなぁ、びっくりするだろ〜
「いやいやこれはお恥ずかしい。しかし、とうとう目的を達成しましたからなぁ。喜ばずにいられるものですか!」
〜わかるよ。やるべきことを終わらせたらそれは嬉しいもんな〜
少しの間、静寂が訪れる。少し気まずい。
「…しかし、いくら喜ばしい事とはいえ、年端も行かない貴方に長い間苦しい思いをさせてしまった。本当に申し訳ない。今、カプセルから出しましょう」
〜今更かよ。まぁ、お前よりは若いけどそこまで舐めてると…どうなるか解ってるよな?〜
「えぇ、でもこうするしか方法が無いんです。奴らを、新人類の連中に紛れて倒すためにはどうしても力が必要だったんです…」
~新人類…~
プシューという音を立ててポッドが開き、外に出れるようになる。それと同時に俺は老人の顔に一撃を入れる。しかし相手の体は動くことはなかった。なぜなら、
〜お前、体が…〜
「はい、腰から下が地面と同化してしまっています。もう長くは持たないでしょう」
〜なんで俺を助けたんだ…?〜
「貴方が…私と同じだったからですかね」
〜?〜
解らない。でも老人の目には涙が溜まっていた。
「貴方は何もかもに怖がっている。私にはその様に見えます。だから周りの物を傷つけてしまうんだ。私だってそうさ。怖いから近づけたくない、だから傷つけてしまうんでしょ?」
何を言ってるのかはさっぱりだった。ただ、言い返す気にはなれなかった。
「世界のすべては貴方の敵だと言うわけでは無いよ。友情を知れば、君は優しくなれる。愛を知れば、君の力は皆のために使える。だから、次の生では優しく生きてほしい。願わくば奴らも…」
〜おい待て。奴らって誰のことだ?さらに次の生って…俺、死ぬのか?〜
「いいや、死なないさ。私が死なせないよ。君には少し眠ってもらうだけさ。言わばゴールドスリープだね」
そう言って老人は俺をカプセルの中に押し込んだ。その時の老人の顔は作り笑いをしていたように見えた。どこか悲しげな、そして寂しげな笑顔だった。そんな顔をされてしまうと抵抗できなくなるじゃん。
「目覚めるのは何年後になるかも分からない。もし目覚めたとしてもヒトの形を保っているか分からない。それでもやらないといけないんだ。もし私か憎くても…」
〜いいや、いいさ。俺にはアンタに恨み節を言える程恨んではいない。俺を生き残らせようとしているんだ。感謝をしたいくらいだよ〜
「君…オジさん、泣きそうになったよ」
〜っつーか「オジさん」じゃなくて「お爺さん」だろ?〜
「失礼な。私まだ72歳だぞ」
〜お爺さんじゃねーかっ‼︎〜
そんな話し合いをしていくうちに徐々に日が暮れていく。その光景を見て老人は、
「時間がない。貴方をコールドスリープさせるぞ。用意はいいな?」
〜用意も何も。あぁそういえば〜
老人は首を傾げる。
「何かね?便所ならさっき…」
〜いいや、アンタに謝罪を。さっきは殴って悪かったな。おっさん〜
「いや、もう過ぎたことだ。最後に何か聞きたいことは?」
〜じゃぁ、アンタの名前は?最後に覚えておきたいんでね〜
「私?私の名は焔乃宮(ひのみや) 暁(あきら)だよ。君の名は?」
〜俺の名は氷牙だ。おっさん〜
「そうか、氷牙。息子を、大地を頼んだよ」
そしてカプセルが閉まり切ったとき、老人がドサっと大きな音を立てて倒れた。
カプセルの中から老人の姿が、いや老人だった肉塊が辛うじて見えた。全体像は見えなかったが優しい顔をしていた。その顔はまるで孫を抱いている祖父の様だった。それを見た俺は涙が止まらなくなるも、その涙すらも凍り付いていく。そして意識が闇に呑まれていくのであった。
そこから先は、解らない。当時を知る者が誰もいないから、当然だろう。そこから幾千年もの年月が流れたと思われる。
何度も春が訪れた。何度も災害が起こった。何億もの命が失われ、そして新たな命が芽吹いた。世界が目まぐるしく移ろった。それでもポッドは開かなかった。
いつしか新人類による新しい社会が形成された。大きな災害によって当時の生態系は変わり、今では考えられないほど資源が豊かになった。それでもポッドは開かなかった。
そして丁度6000年経ったある日、
ポッドが開き、氷牙おれは目覚めた。殆どの記憶が消え、何もない荒野を目の当たりにして氷牙おれは歩き出す。脳裏に刻まれた単語を唱えながら…
「焔乃宮…氷牙…暁(あきら)…大地……」
何もない荒野を少年は、自らの直感に従って歩いていくのだった。
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