第5話:触るな危険!:死神のつどい。ゴキブリの旅行、笑うがいい!

2019年、秋。

社長が、また、ユーチューブ撮影のための旅行をすると言った。

社員へのき付けである。

社内会議で全社員に、

「売り上げ上位、あるいはセミナー勧誘数上位、計10名のせどらーだけを連れていく」

と挑発的に宣言する。

公開人事評価みたいなものである。

これをやられると、コミュニティに属するせどらーは一斉に焦りだす。

もしかしたら、コミュニティから締め出されるのではないか?、

最悪、せどり業界から引退しなければならなくなるのではないか?。

みんな銃口を突き付けられたように震え上がる。

ついに始まったか、レギュラー取りオープン戦……。

たちまちせどらーは一般消費者を無視した暴力的な買い占めをする。

または、セミナー受講希望者を詐欺まがいに勧誘しまくる。

そして最終的に、旅行参加の切符を掴み取る。

すると必然的に会社の売上が上昇する。

結果、会社は益々デカくなる。

しかし、実は、社長はそれが本当の狙いではない。

都心に事務所を構えてから、社長は、この選抜せどらー旅行を頻繁に敢行するようになった。

社内での序列確認である。

都心に移転し、コミュニティ内のせどらーが増えすぎて、利益至上主義を掲げた新参者しんざんものの偉そうな口をきくやからが増えだした。

その下克上的な社内雰囲気の乱れを統制するために、社長はこの旅行を企画し、社内でのヒエラルキーを可視化させる。

「自分がボスである」

ということをコミュニティ内で再認識させるのである。

組織不適合者の一匹ハイエナのもろい集合体だからな、ここのせどらーコミュニティは。これをやらないとたちまち規律が乱れる。

こんな広い東京の誰も知らない雑居ビルのオフィスでも、このようなバカげた意地の張り合いが繰り広げられているのである。

アホくさ……。


一ヶ月後、選抜メンバーが決まって、宣言通り、旅行へ行くことに。

今回は海外ではなく、趣向を変えて国内。

秋の温泉。

ふるさと納税で宿泊券をもらったらしい。

どこまでも金にがめつい集団だ。

一見、和気あいあいの団体行動だが、中は人間関係ピリピリの一触即発の軍事訓練。

それをいかにも楽しげな慰安旅行として映像作品に仕立て上げ、ユーチューブにアップして、セミナー受講者を勧誘する。

要領のいい商売だこと。

オフィスの真ん前から宴会バスを貸し切って神奈川南部の温泉街に向った。

道中は酒盛り。

この酒宴の酒と肴も、もちろんポイントで買った。

どこまで金にうるさいんだ……。

野郎どもばかり。

だから事務の美人どころの女の子も入れた。

じゃないと画面が汚く見えてプロモーションビデオにならない。

チンピラの集団である。

前職がブルーカラーばかり。

工場作業員

清掃作業員

パチンコ店員

建築作業員

塾講師

フリーター

アダルトショップ店員

ホスト

マルチ商法

そしてニート。

みんな3年以上職が続かない連中ばかり。

私は社長と一緒に司会進行。

バカらし……。

全員、ロクな死に方しない。

私も、どこまでこいつらと付き合うんだろうな。

とんでもなく漠然と「早く何とかしなきゃ」という根拠のない不安を抱えるのだが、でも、どうしていいのかアホな私には思いつかない。

みんな、高い服を着て、

高いワインを開けて、

高いつまみをパクついて、

大声で酔っ払って人の悪口をほざいている。

クズ人間の集まり。

組織不適合者。

それが昼日中から酒を飲んでいる。

完全にせどりバブルだな……。

見てらんない。

社長は上辺だけ盛り上がっている。

目が笑っていない。こういう人間が一番怖いな。

そういえば、私は社長の素性を知らない。

職員もせどらーも、みんな知らないんじゃないかな……。

いったい社長はどんな生い立ちと環境で今ここにいるんだろう?。

社長は自分の過去は絶対に喋らない。

昔からの側近も知らない。

今年40歳ということしか知らない。

セミナー生徒数400人

東京のド真ん中にオフィス兼合宿所

年収1億4,000万……

やり手なのは間違いない。

利益の出る人間だ。

でも、やっぱり胡散臭うさんくさい。

やはり、あの「目」だ。

「せどらー目」。

酔っ払った三白眼のせどらー目。

これがある限り信用はできない。

きっとつまらない生い立ちなんだろうな。

絶対信用できない。

ここにいる全員信用できない。

そして、こんな連中とつるむ私自身も信用できない。


旅館に着いて、バスからゾロゾロと害虫が出てくる。

女将がそれをひきつった笑顔で迎える。

みんなブランドのロゴがデカデカとプリントされたTシャツを着ている。

成り金広告塔かよ。

ウチのせどらーって漏れなく全員服装ヒドいな。

センス悪い。

平気で偽物にせもの着るし。

歩き方も下品で、背筋が曲がって浮浪者。

要するに育ちが悪い。

貧乏人まる出し。

一緒に歩きたくない。

しかし、今はこのゴミクズに着いていく。

しかたない。

私には引き算が総て。

ジャングルの売価から仕入値を引いて利益が出ればそれが全宇宙。

この世は利益しかない。

この連中は、今現在、利益の人間だ。

しかし、女将はこの集団をどう見るんだろう?。

客とは言え、こんなものに笑顔を振りまかなければならないとは気の毒だ。


昼食を兼ねて、寺と温泉街に向かった。

誰も寺なんか見やしねえ。

当然だ。そんなのたしなむ人間たちではない。

チャラチャラ、チャラチャラ、恥ずかしいなあもう……。

引率したくねえよ。

カメラが回っているので、旅のしおりで、一応、訳の分からん寺について説明する。

そう言えば歴史的建造物って究極のせどりだよなあ。

昔の人が汗水たらして作った物を見せびらかして利益を取る。

仕入れ値ゼロ。

維持費はかかるが、お布施でチャラ。

修行僧のメシ代もチャラ。

法人税も無し。

坊主って楽だよなあ、働かないで食っていける。

朝っぱらから酒かっ食らっている生臭なまぐさもいるし。

うらやまし。

メインタワーを見終わると、お次は温泉街で買い物。

家族もいないのに土産みやげ買うか?、馬鹿どもよ。

焼き物や手作りの民芸品が並ぶ。

バーコード付いてねえな。

みんなもほざいている。

せどらーにとってバーコードのない商品なんて買う価値は無い。

ジャングルに転売できないからね。

チンピラよろしくせどらーどもが店員を冷かしている。

お前らも人生のバーコードえぞ。

あっても型落ちのワゴンセール品か中国のバッタもんだよ。

付加価値なんてねえよ。

付加価値?。

自分でも妙な言葉が浮かんだもんだ。

目の前に、朱色の美しいはしを目にしたからだ。

可愛い……。

不覚にも……。

玉蟲たまむし色に光るハマグリが散りばめ埋め込まれてあって、下地の模様も黒の差し色が装飾されていて、何とも美しい。

バーコードが無いので、店員に尋ねる。なんと9,000円!。

なぜ!。

箸だぜ箸!。

消耗品じゃないか!。

聞くと、せい7角形に切削されていて、今では、この7角形を作る技術を持つ職人が少ないらしい。

それで高値が付いているのだそうだ。

7角形……。

一目ぼれした。

どうしよう……。

メチャクチャ迷う……。

しかし、こんな利益にならないモノを買うなんて馬鹿だ。

でも、美しい。

長いあいだ無言で深刻な顔をしていると、

「おい、カメラ回ってるぞ」

と社長に注意された。

ハッと我に返った私は、思わず

「コーヒータイムでーす」

と声を張り上げていた。

ああ……あの箸が遠のいていく……。

恐ろしい……伝統工芸……。

でも……。

なんか……。


全員、全国チェーンのカフェに入った。

嫌な予感がした。

レジに、夏に限定販売したコーヒー豆がデッドストックとして置いてあったのだ。

しかもバーゲン。

みんな蜘蛛の糸のように掴み取り、店内はパニックに。

すぐさま店員が止めに入って、均等に分配することで決着した。

そしたら、誰かバカの一人が、リサイクルショップがあるらしい、と叫びだし、野郎ども全員、昼メシそっちのけで突入することに。

もう……バカ……こいつら!。

撮影中は、せどりはやらないって約束だろう!。

社長とカメラマンに確認すると、

「寺でだかはあるからほっとけ」

という指示だった。

私は、乞食たちを捨てた。

社長と私とカメラマンと女子事務員は、旅館に帰って、館内の施設を笑顔で案内する私を写して、結局、いつもの私のユーチューブを撮った。

何なんだよ、これ。

夕方、大広間で戦利品の見せびらかし大会。

下品極まりない大声で大盛り上がり。

呆れる。

もう、開き直った。

私も穴場でせどりてえよ、まったく……。

利益取りたい、クソウッ!。

国内旅行はダメだ。

結局、私も含めてみんな乞食になる。

地方は「お宝デッドストック」の山だ。

行きたかったなあ、リサイクル屋。

利益取りたかった。


夕食のバイキングで、食いモノを利益率逆算して、腹いせした。

原価・販売管理費・営業外費用……。

ちゃんと旅館が損するように胃袋に詰め込んだ。

味なんて分かりゃしない。

バイキングで元が取れるように食べようとすると、必ず吐きそうになるくらい苦しい。

でも、昼、リサイクル屋でせどり出来なかった悔しさで何とか平らげた。

そのあと、風呂でホントに吐きそうになった。

もう、こんな人生やめたい。

疲れる……。

ってたって精神に余裕が無ければ貧乏人と同じだ。

夜、誰もいないラウンジのマッサージチェアでやるせない思いをしていると、せどらーの一人が誘ってきた。

夜、部屋行っていいですか?。

満面の笑みで断った。

許さねえぞ、昼、リサイクル屋行ったこと。

誰がオメエみたいなゴミ人間に抱かれるかよ。

私は、ふと、あの7角箸を思い出した。

私はなぜあのときあの箸を買わなかったのだろう。

あれはいいものだった……と……思う……。

じゃあ、なぜ……?。

ゴミじゃなく伝統工芸品に抱かれたい。


10時前、部屋に帰って寝た。

今日という日を早くしまいにしたかった。

私は人類がなくなればいいと思っている。

死滅するのではない。

この世から「人間」という意味と存在がなくなればいいと思っている。

そして時間と空間もこの世からなくなればいいと思っている。

そうすればどれだけ疲れないだろう。

私はなぜあの箸を買わなかったのか……。

初めて自分に嘘をついたような……。

違う!。

私は正しい!。

でも、なんだよ、この、訳の分からない……強烈……。

明日は、事務所に帰ってジャングルの梱包作業が……。

私はこのまま温泉をあとにする……。

(つづく)

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