フェアリーランド・サッポロ
夏川冬道
フェアリーランド・サッポロ
夕方の札幌の街にポロポロと雪が降っていた。明日の朝には溶けるだろうがついに冬が本格化していくと思う。もうすぐ大通公園のホワイトイルミネーションだ。しかしそんなことを考える余裕はなく俺が運転し、助手席にコロポックル先輩を乗せた車は札幌市南区定山渓に向かって走っていた。
「野田くん、いつも運転ありがとね」
「コロポックル先輩はそもそも自動車免許取れないでしょ……フェアリー的に」
コロポックル先輩はその名の通りコロポックルだ。精霊指定都市にはこの手のフェアリーの類は吐いて捨てるほどいるし、ましてやここは北海道だ。フェアリーの一人や二人、その辺に歩いても誰も気に留めない。
「コロポックル先輩、いきなり深夜にLINEで定山渓に行こうって言いだしたのはびっくりましたよ」
「実はフェアリー仲間の会合のビンゴ大会で定山渓温泉旅行券が当たったんだよ」
「フェアリーってビンゴ大会するんですね」
「まぁね。定山渓はペアチケットだし、野田くんは同じアウトドアサークル仲間で暇そうだったから誘ったんだ」
「言い方!まぁ、暇だったというのは事実ですけど!」
その通りなのである。俺は暇だった。12月に入るとアウトドアサークルの活動は寒さなどの要因で停滞してしまうのだ。そんな12月の深夜にコロポックル先輩のLINEが着信して定山渓温泉行きが決定した次第なのである。
「しかし、いい年した大学生が定山渓に来て何をするんですかねぇ……プールで遊びますか?」
「大の大学生がプールではしゃぐことなんてしないよ! 大人の遊び、そう……大富豪を夜通し遊ぶんだよ!」
「いや二人きりで大富豪なんて、すぐ終わってしまいませんか?」
「じゃあ、夜通し決闘(デュエル)でもする?」
「コロポックル先輩、俺、カードゲームのルールよく知りません」
「じゃあ、軍人将棋」
「軍人将棋もルール知りません」
「海戦ゲーム」
「海戦ゲームならルール知ってますけど、夜通しやるようなものですかね?」
「ヒット&ブロー」
「ルールはわかるけど泥試合になりそう」
「まぁ、とにかく夜通し遊ぶの!」
コロポックル先輩はぷくーと膨れてしまった。こうなったコロポックル先輩はてこでも動かない。俺は慌ててコロポックル先輩の機嫌を取り戻さなければならなかった。
「コロポックル先輩、風呂上がりの飲み物を奢りますんで機嫌を直してくださいよ、今ならUFOキャッチャーもついてきますよ」
するとコロポックル先輩はにっこりと笑った。
「もう、野田くんったら意地悪なんだから!」
とりあえ機嫌は取り戻したらしい。俺は安心してカーステレオのスイッチをオンした。するとシティポップがカーステレオから流れてきた。これから定山渓まで山道を走るので眠気覚ましには最適なBGMだった。
「野田くん、ラジオ聞いてもいい?」
コロポックル先輩はそういうとカーステレオのスイッチを切り替えてラジオに変えた。するとラジオからこんなニュースが流れてきた。
『本日未明、滝野付近に熊らしき存在を目撃したという情報が流れましたらウェンカムイの可能性がありますので付近の住民はお気を付けください』
それを聞いたコロポックル先輩は渋い顔をした。
「いやぁ、物騒な話だ……滝野あたりにウェンカムイらしき影が出るんだってさ」
「街中まで出てこないといいけど……しかし、ウェンカムイがこんな寒い時期に出てくるとは……」
ウェンカムイは人類とフェアリーに敵対的なフェアリーだ。普段は山奥に引きこもっているが時折、人里に降りて食べ物を奪う悪い奴だ。札幌市内でも人間とエルフ合同の猟友会が警戒している。しかしもう冬眠の季節だというのにウェンカムイが人里に降りてくるとは不穏だ。食料が足りないのだろうか? そんなことを考えながら俺はカーステレオのスイッチを切り替えシティポップが再びカーステレオから流れるようになった。
◇◆◇◆◇
俺の愛車は順調に定山渓温泉への道を進み、石山付近を走行していた。カーステレオにはシティポップをガンガン流し、居眠り対策もばっちりだ。それはさておき、コロポックル先輩は持参してきたアイマスクを顔面に装着し仮眠に入っていた。ドライバーの苦悩も知らないでのんきなコロポックル先輩であった。
まだ札幌市街地だが、もうここまで来ると完全に郊外で小さな市街地が連続している地帯だ。気分がいいので鼻歌の一つ二つが自然に出てくる。意気揚々と12月の国道230号線を安全運転で走っていた。
「~♪……ん?」
不意に道路わきに黒い影が見えた。その影はどこか挙動不審で何かを探しているようだった。そして何をやっているのかと思う間もなく黒い影が突然、道路に飛び出そうとしてきた! 俺は思わず急ブレーキをかける! マイカーは急停止したが黒い影はマイカーに軽めの接触をして黒い影は地面に倒れ伏せた。
「……むにゃむにゃ、野田くん、どうしたの急ブレーキでもかけて」
「何か不審な黒い影が飛び出そうとしてきたんだ」
俺はとりあえず近くの路肩に留めて黒い影の姿を確認する。それは熊……いや、不審な熊の着ぐるみが地面に倒れていた。
「熊の着ぐるみ? なぜこんなところに熊の着ぐるみがあるんだ?」
「なんだろうコレは……邪悪な気配は特に感じないけど」
俺とコロポックル先輩は謎の熊の着ぐるみに首をかしげながらとりあえず観察していた。すると熊の着ぐるみ全体からプラズマらしきものが放出された。そして熊の着ぐるみは瞬時に姿を変え、未来的な宇宙服みたいな恰好をした女性になった。そしてその女性はむっくりと立ち上がると接触事故のことが何もなかったかのようにキョロキョロと周辺を見渡した。
「ステルススーツ機能停止確認……付近に現地人2名が怪訝な表情をしながら調査員に接触を試みようとしている」
「えーと、すみません……あなた何者ですか?」
コロポックル先輩は恐る恐る謎の女性に声をかけた。
「現地人の皆さん……初めまして。わたしは銀河連邦の調査員パルサーです」
コロポックル先輩の質問に彼女――すなわち銀河連邦調査員パルサーは、そう名乗った。彼女はどうやら宇宙人らしい。しかし宇宙人が札幌に何の用だろうか?
「そこのあなた、なぜ銀河連邦の調査員がなぜ地球とか言う名前の辺境惑星にいるのかと思いましたね?」
「いや、そこまで思っていないから」
「そうなのですか? まぁいいでしょう。コホン、実はこの星のとある座標に不審なビーコン反応を発生しておりその情報を確認するため、銀河連邦調査員が派遣されたのです」
そう言ってパルサーは未来的なホログラム画像投影機から座標マップを投影した。ビーコン位置は大体豊平峡付近だった。というかダムの中だった。
「しかし、銀河連邦調査員の地球投下場所と座標がずれが発生してしまい長距離移動を余儀なくされてしまい、現地人の乗り物を借りることを試みた結果、現在の状況に至るのです」
「なるほど……はた迷惑な宇宙人だ。しかしなぜ熊の着ぐるみを着ていたんだ?」
「それはですね、このステルススーツは現地人に紛れて任務を遂行できるように開発された銀河連邦からの支給品です。しかし地球のデータ不足が祟ったのかわたしを一瞬目撃した人物が恐怖の感情を感知してしまったのです。そのため無害な姿になるべくステルススーツの光学迷彩を変更したのです」
「なるほど、それで熊の着ぐるみなのか」
とりあえずパルサーの事情は把握したがこれからどうしようか。俺はパルサーの処遇を思案した。とりあえず札幌市役所に連絡するか?
「じゃあ、キミ、この車で 座標の位置の近くまで連れて行ってあげるよ」
コロポックル先輩の言葉を聞いた俺は驚いた。
「コロポックル先輩、いいんですか? こいつは不審な宇宙人ですよ」
「別にいいんじゃない。定山渓と豊平峡ダム……お互いの目的地が近いし、困ったときは助け合いの精神だよ」
コロポックル先輩にそう言われてしまうと俺はパルサーを同行せざるを得なくなってしまったのだ。
「パルサーさんよ、車内では大人しくしていくれよ」
そうパルサーに告げると、パルサーは後部座席にスッと座った。
「野田くん、さて、定山渓に向けて出発だよ!」
やれやれ。俺はブラックミントガムを噛んだ。俺は運転席に戻った。定山渓温泉にたどり着くまでどんなことが待ち受けているんだ。俺はそう思った。
◇◆◇◆◇
俺、コロポックル先輩、パルサーを乗せたマイカーは国道230号を走っていた。中山峠に向けて伸びる道を進んでいくうちにポロポロと降っていた雪がどんどん本降りになってきて吹雪の様相を見せてきた。マイカーに積んでいる温度計があり得ないほどの低温を示しだしていた。
「これはおかしいぞ……一体に何が起きているんだ」
「座標位置にある謎のビーコンの影響だと思います」
「よくわからんが、謎のビーコンの影響で異常気象が起きているのか」
俺は吹雪による視界不良に苦戦しながらマイカーを定山渓に向けて走らせた。これでは心臓がいくつあっても足りないくらいだ。それでもマイカーは前に進んでいく。なんて健気なステップワゴンなんだろう(←現実逃避)。
ヒーコラ言いながら俺は吹雪のドライブを走り続けようやく定山渓温泉にたどり着いた。
しかし、どこか様子がおかしい。定山渓温泉の周りにあまりにも人がいないのだ。この吹雪で人が外に出ないにしても異常なまでに人が少ないのだ。とりあえず止まる予定のホテルに車を止めることにした。
するとスプリガンが俺のマイカーに近づいてきた。
「すいません、俺のマイカーに何か用ですか?」
「今、大変なことが起きているんだ! 豊平峡方面に謎の巨人が出現して冷気を放出しているんだ!」
そのスプリガンの言葉を聞いて俺とコロポックル先輩は顔を見合わせた。
「野田くん……あの巨人って」
「ヤバいですよ……これは!」
パルサーは未来的なトランシーバを取り出してどこかに連絡を取っていた。おそらく銀河連邦の上司に向けて連絡しているのだろう。
「コロポックル先輩、どうします?」
「とりあえず、スプリガンから話をもっと聞いてみたらどうかな?」
とりあえずコロポックル先輩の言うことに従うことにした。少しでも巨人の情報を入手しなければならない。
「あの巨人は今、どこら辺にいますか……というか巨人についてどこら辺まで把握していますか?」
「あの巨人は冷気をまき散らしながら非常に緩慢とした速度でゆっくりと札幌方面に向かっているんだ……定山渓周辺の在住のエルフとスプリガンが総出で必死に足止めをしている……当然目的もわからない」
なるほど……謎の巨人は非常に緩慢とした速度で札幌市街に向けて移動しているのか。
「とりあえず危険が危ないので定山渓周辺では外出禁止にしてもらっているんだ……キミたちも早くホテルの中に避難するか札幌市街に戻ったほうがいい……エルフとスプリガンの防衛網が持っているうちに決断したほうが安全だと思う」
「これは参ったね……とりあえずホテルの中に避難しようか……肝心のパルサーちゃんはまだ電話中だし」
このまま車内にいてもらちが明かないのでホテルの中に避難することにした。
◇◆◇◆◇
ホテルの宴会場。今は謎の巨人の避難所として開放されている場所の一角にしめやかに座る俺とパルサー。パルサーは能天気そうな表情をしていたが対照的に俺はこの世の終わりを垣間見た預言者のような表情をしていた。
「あの巨人をどうすればいいんだ……あんた銀河連邦のエージェントなんだろ? なんとか退治するとかしてくれないのか?」
「銀河連邦上層部からあの巨人を排除する許可はすでに出ています……しかし問題は秘密裏に行動しなければならないことです……幸いあなた方を現地人の協力者として説明したので銀河連邦のエージェントたるわたし、パルサーの手伝いをしてくれると助かるのですが……」
「まぁ……乗り掛かった舟だ。最後まで付き合うよ」
「現地人の協力に感謝いたします」
そこにコロポックル先輩がお盆にお汁粉を乗せながら俺のいる場所に向けてやってきた。
「見て見て、ホテルからの炊き出しでお汁粉をもらってきたよ……寒いからこれで体を温めよう」
そう言ってコロポックル先輩はお汁粉を俺とパルサーに渡してきた。俺とパルサーは素直に受け取った。お汁粉を一口食べる。かぼちゃ団子と粒あんの素朴な甘みが脳内に広がった。
「とりあえず人目のつかない場所に向かえばいいけどどこに行けばいいんだ」
「やっぱりホテルの上の方……つまり屋上庭園だよね」
「やはり上に上るのか……お汁粉を食べ終わったらすぐ行動するぞ」
そして三人は黙々とお汁粉を食べた。
数十分後、お汁粉を食べ終えた俺たち3人パーティはしめやかに行動を開始しエレベーター前に立った。しかしエルフの警備員がエレベーター前に立ちふさがっていた。
「すいません、ただいま屋上庭園は吹雪のため閉鎖しています……本当に申し訳ありません」
俺とコロポックル先輩は顔を見合わせた。しかしパルサーだけは表情を変えず、懐から光線銃のようなもの取り出し光線を照射した。するとエルフ警備員は静かに崩れ落ちた。
「ちょっと待ってくれ、暴力はいかんでしょ!」
「睡眠中枢を刺激する光線を照射しただけです……ご安心ください」
エルフ警備員をよく観察すると寝息を立てていることがよく分かった。
「この光線銃を照射すればライオン程度は一瞬ですやすやです」
パルサーの表情はどこか誇らしげだった。俺は何となくムカついた。そうしている間にコロポックル先輩はエレベーターのボタンを押した。しばらく待っているとエレベーターがやってきて重苦しい扉が開いた。俺たちは急いでエレベーターに乗り込み屋上のボタンを押した。そして俺たちを乗せたエレベーターは上昇していった。
数分後、俺を乗せたエレベーターは最上階に到着した。俺はまっすぐ屋上庭園に続く扉に向かったが当然鍵がかけられていた。そこにパルサーが再び光線銃を構えて鍵のところに光線を照射した。
「アンロック光線です……銀河連邦から使用許可がとれてよかったです」
「宇宙装備はデタラメだな」
ここまでくると銀河連邦の技術力に舌を巻くしかなかった。
屋上庭園は猛吹雪に襲われており、視界がほとんど見えなかった。
「地球人の皆さん、このサングラスをかけてくれませんか……高性能スーパースコープです」
そう言ってパルサーは俺とコロポックル先輩にサングラスを渡してきた。おお、これはすごい。猛吹雪でも関係なしにくっきりと周囲の様子が見えた。
「すごいねこのサングラス、どこかのエージェントになった気分だよ」
コロポックル先輩ははしゃいでいた。吹雪をものともしない視界を手に入れた俺たちは豊平峡方面に向けて視線を向けた。幸いにもこのスーパースコープは音声ガイダンスが付属していて操作には問題なかった。
「野田くん、見て見て……これが巨人だよ! すごく大きいよ」
コロポックル先輩は俺に向けて外のとある一点を指をさした。そこには非日常的な巨大な白い巨人がじりじりと札幌方面に向かって移動している姿が見えた。これは危険だ!こいつが札幌市内への侵入を許したら札幌が氷河期になってしまう!
「パルサー、なんとかしてくれ! このままでは大変なことになるぞ」
「わかっています……今、ギャラクティックマタギライフルを準備しています」
そう言ってパルサー謎のジェラルミンケースを開いて銃をすごいスピードで組み立てていた。だいたい15秒から30秒の間に組み立てが完成したギャラクティックマタギライフルは鈍い光を放っていた。これは強力そうな武器だ。
「四の五も言わずこれで終わらせます」
パルサーは静かにギャラクティックマタギライフルを構える!
「エネルギー装填128%! ギャラクティックマタギライフル発射!」
そしてギャラクティックマタギライフルから極彩色のレーザーが発射されまっすぐ白い巨人に命中した! 白い巨人は身震いしたかと思うと体中から光輝き爆発四散した!
「札幌は救われたのか?」
「あの巨人は排除されました……猛吹雪もじきに止むでしょう」
意外とあっけなく巨人に倒されたと思ったら俺は急に脱力して地面に座り込んだ。雪がとても冷たい。
「さて急いで撤収しないと……そうだパルサーちゃん、せっかくだからラーメンでも食べに行かない?」
「ラーメン……ですか? よくわかりませんがせっかくの機会ですのでご一緒しましょう」
「野田くん、脱力している場合じゃないよ……美味しいラーメンが待ってるよ!」
俺はゆっくりと立ち上がりコロポックル先輩と笑いあった。これから俺たちはラーメンを食べに行くのだ。急いで屋上庭園を後にした。
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