last episode. 壊れたアンドロイドの再起動
あれから、美咲と美咲の祖母は二人共久世の家に戻った。
美咲はそのまま一人暮らしをしてても良いと祖母は言ってくれたが、せっかく戻って来た祖母と暮らしたいからと美咲は戻る事にしたのだ。
それから一週間ほど経った今日、出勤していた美咲は漆原に呼ばれていた。
「あー!洸君綺麗になってる!」
「交換用のアタッチメントが奇跡的に残ってたんだよ」
美咲の祖母のアンドロイドは社会的にも問題を起こした機体だ。
会社として引き取ると回収され廃棄になってしまうだろうという事で、漆原単独に与えられている研究室で回収をしてくれていた。
費用面をどうするかが問題だったが、資材を始め修繕にかかる電気代や諸費用は全て久世大河に請求して良しとなったのでできうる限りの修繕をしていた。
「これならお祖母ちゃんも喜びますよー!有難うございます!」
「いや、おそらく喜べない」
「え?何でですか?綺麗じゃないですか」
漆原は珍しく困ったように笑い、そっと洸の髪を梳くように撫でた。
「お前に選んでもらいたい事がある」
「何ですか?」
「こいつを起動するかしないかだ」
「そりゃするでしょう。そのために修理したんだし」
「……アンドロイドが依存症患者を忘れた場合、症状は急速に悪化する」
「忘れるって、だって直ったんですよね?」
「ボディとパーソナルはな。けどログとメモリ、こっちは復旧できなそうだ」
「メモリって、まさか記憶が無くなるって事ですか!?」
「分からん。メモリに繋ぐ周辺パーツが熔解してて接続できないんだ。ここまで来たら解体して取り換えるしかない」
漆原はデスクトップパソコンのモニターをぐるりと美咲へ見せると、そこには図面が広がっていた。
図面のファイル名は『Alife-Remedy Gene Resemble Youself』となっている。それは洸の機種名だ。
カチカチと図面を拡大し、大きく表示されたのは首の正面と後ろ部分だった。
最新機種を始め、現在流通しているアンドロイドは皮膚に繋ぎ目など無いかのように人工皮膚が張り巡らされている。関節やアタッチメント換装部は多少残るものの、首は決して開いてはいけない繊細な個所のため強固にガードがされている。
しかしこのA-RGRYはかなり型が古いからか首の両脇にケーブルジャックがあり、しかも側面が全て開閉できるようになっていてくっきりと接合部分が見えている。これを隠すためにハイネックの服を着せる人間が多く、熱がこもって熱暴走するケース少なからず報告された。
そして記憶回路となるメモリパーツが埋め込まれているのは首の中央という、なんとも取り出しにくい場所に封印されている。衣服や装飾品により熱がこもり続ければ内部から焼けていく事も多く、洸はまさにそれだった。
「……他に方法は無いんですか」
「やるとしたら再起動だ。起動してもエラーになるけど、そうなればセキュリティコードに引っかかってリモート操作ができるようになる。そしたらこっちから取り出せるだろうな」
「できなければ……?」
「初期化する」
「記憶、全部無くなるんですよね……」
「ああ」
美咲は洸の顔を覗き込むようにして床に膝を付いた。
目を瞑り口を横一文字にして、それは静かに眠っているだけに見える。それはまるで商品パッケージされるのを待つ新機種のように美しい。
「……身を削って奇跡を起こしてくれたんだね……」
「奇跡?何が?」
「私の所に来たじゃないですか。お祖母ちゃんと私を引き合わせたかったんです、この子」
「アホか」
「いたっ!何ですか!」
漆原は呆れ果ててデコピンをした。
そしてノートパソコンのキーボードを叩いて何かの一覧を表示させると、それは洸に登録されている所有者情報だった。
登録者の欄には久世大河の名前があり、二十年ばかり前に情報更新がされている。
ここ見ろ、と漆原が指差したのは所有者住所の欄だ。そこには藤堂小夜子邸の住所と、もう一件は美咲の住んでいたあのマンションの住所が入力されていた。
「こいつはお前の所に行ったんじゃない。自宅に帰ったんだよ」
「……でもあそこはこの子の家じゃないです」
「登録されてるから家だよ。そこにたまたまお前がいただけで、お前がいなくてもあそこに行った」
「それならお祖母ちゃんの家に帰るのが普通です。でもわざわざあのマンションに来たのはやっぱり私に」
「ハイ、じゃあ問題。単独行動時にエネルギー切れが予測されるアンドロイドはどういう自立行動を取る?」
「登録されてる一番近い自宅かショップに行く……」
アンドロイドは充電と内蔵バッテリーで稼働するが、当然それが尽きる時がある。
性能が上がるとともに一人で行動させられる事も増え、同時に外で充電が尽きて動けなくなるアンドロイドもいた。それを防ぐために、付近に所有者がいない場合は常に稼働可能時間がカウントされ、現状の目的達成までに充電が足りないというアラート出るとアンドロイドは自宅、もしくはメンテナンスや充電が可能な施設へと自動で向かうようになっている。
洸の場合は登録されている二件の住所がそれに該当するのだ。
「ようするに、置いて行かれた場所の一番近くがあのマンションだっただけ。以上」
「でも動画送ってくれたじゃないですか!所有者の許可無くメール送信はできないはずです!きっと漆原さんが助けてくれるって思ったんですよ!」
「アホ!何を勉強してきたんだお前は!」
漆原はぺんっと美咲の頭を軽く叩くと、業務マニュアルとして渡されたセキュリティ関連のテキストデータをモニターに表示させた。
そこには非常事態や緊急時対応がつらつらと書き出されている。
その中の項目に個人情報保護があり、漆原はそこをクリックして開いて見せた。
「いいか。個人情報漏洩に繋がるエラーが起きたらセキュリティシステム管理者にアラートが飛んでアンドロイドの保有データが転送される。メールが届いたのは俺個人じゃなくてセキュリティシステム管理本部のメーリングリスト。で、俺はその管理者だから正常フロー!」
「……セキュリティ……」
「大体な、奇跡なら他人の俺じゃなくてお前のとこに送るだろ」
「でも十年以上前のデータが残ってたって!」
「エラーだっつってんだろ。余分なデータ溜めたからメモリ焼けたんだよ。A-RGRYの回収理由は何だった?」
「……情報管理システムの不具合多発……」
「そういうこと。昔から起こってたエラーだよ」
A-RGRYはアンドロイド依存症の問題が大きいためそちらに目を取られがちだが、実際のエラー件数は情報管理ができていない事だ――というのは一番最初に漆原が語った事だ。
問題があるなら当然対策も取られていて、今も個人情報保持と法の順守をするためのシステム運用が徹底し行われている。
「でもお祖母ちゃんのデータばっかりだったじゃないですか!」
「ったりめーだろ。二人暮らしなら映る人間は一人だ」
「藤堂小夜子さんだっていたんじゃないんですか!?」
「それは俺が見せなかっただけで有るよ。見るか?」
「は!?」
確かに久世一家は漆原がピックアップした分しか見ていない。そしてあれが全てだとは一度も言っていない。
「……不思議な事が起こったみたいな言い方してませんでした……?」
「人の心を動かせるかは演出が物をいう」
「ああ、そう……」
美咲は漆原のインタビューや出演番組は細かにチェックしていたが、そういえば何かのインタビューで見事な話術だと評価されていたのを思い出す。
そしてそれは対研究者だけでなく、女性の心を掴みファンが付いたのだ。
こういう人だった、と美咲は頬をひきつらせた。
「あのな、人間はアンドロイドに依存するがその逆は無い。全てはゼロとイチで作られたプログラムでそこには意思も感情も何もない」
体温のない金属で作られたボディに、数字と記号で作られたAIとパーソナル。
それがたまたま人の形をしているだけの事だ。人間が定めたレールから逸脱する事は無い。逸脱すればエラーとなり、強制終了となるセキュリティが組まれている。
奇跡が起きようとしたのなら、それはエラーとして処理される。取るべき行動しか取れないように作られている。
「アンドロイドの言葉に感情は無い。全て開発者の作為的な独り言だ」
いくら表情が豊かになり語彙が増えてもそれはデータでしかない。取得する事を許された情報だ。
奇跡に見えたのなら、それは開発者がそれだけ優秀だった事の賞名でしかない。
「だがそれを奇跡だと言うのならそれも良いだろう。だからお前が選べ」
漆原は新品同様の洸に目をやった。
「奇跡を信じて再起動するか、解体するか」
「……再起動します。きっとこの子はお祖母ちゃんを覚えてる!」
分かった、と漆原は小さく息を吐いた。
そして洸の首に数本のコードを繋ぎ、パソコンのキーボードを叩き始める。
ピ、ピ、と洸の内部から音がする。ピピ、と一度大きな音がすると額に赤い光が浮かび上がった。丸が横一列に五つ並んでいて、一番左側の丸だけがチカチカと点滅し、数秒すると緑色になり二つ目の赤い丸が点滅し始めた。
首の内側からカチカチという音が聴こえてくる。
「頑張って……」
美咲は祈るように洸の手を握りしめた。漆原は何も言わずキーボードを叩き続けた。
そして額の赤い丸が全て緑になると、ピピ、ともう一度大きな音を立てて額の光は『Loading』という文字に書き換わった。
「ロードが終われば起動する」
「……頑張って。お祖母ちゃんが待ってるの」
漆原は何か言いたそうに目を細めたけれど、何も言わずに洸が動くのを待った。
それから十秒ほどLoadingの文字が光り続け、そしてついにその文字が消えた。
美咲はぎゅうっと洸の手を握りしめて、目が開き第一声を待った。
洸はぱかりと目を開けた。
瞳はA-RGRYのデフォルトカラーである落ち着いた赤をしている。カスタム可能なのでデフォルトカラーにしたままである事は少ない。
美咲は自分の心臓がどくどくと鳴っているのが聴こえる。
そしてついに口を動かし喋り始めた。その言葉は――
「初期設定を行います。まずは氏名を登録して下さい」
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