episode14. 祖母との対面
漆原は美咲を連れて駐車場へ降りる。
停まっていたのはスポーツカーではなくセダンだった。それがどうという訳では無かったけれど、美咲はなんとなく感嘆のため息をもらした。
「今日は普通の車ですね」
「効果なかったから止めたんだよ」
「何の効果ですか?」
「さ~あな。ほら、さっさと乗れよ」
漆原は雑な手つきで美咲を押し込め車を出した。
それから一時間程走り、二人が到着したのは――
「まあまあ、いらっしゃい!嬉しいわ!」
「こんにちは。すみません、突然」
漆原と美咲が訪れたのは壊れたアンドロイドを届けた藤堂邸だった。
老齢の女性はにこにこと弾けんばかりの笑顔で二人を迎え入れてくれる。
「その後アンドロイドの調子は如何ですか?」
「まだ寝かせてるのよ。あら、まさか見に来て下さったんですか?」
「ええ。あの型専用のメンテナンスパーツが見つかったので。それと実はうかがいたい事がありまして」
「そうなの。じゃあ上がって下さいな。嬉しいわ、お客様なんて来ないから」
豪邸には人の気配が無い。
鳥型ロボットが飛んでいるけれど、直線的なパーツで作られた最新型は愛玩用としては不人気だった。愛玩用、特に動物型に求められるのはいかに生身に近くあるかで、技術の結晶ではないからだ。
だが単独で飛行可能なその技術は開発者の間では高く評価され、複数の企業が開発に着手した。
美作でも商品化が進められたが、開発責任者である漆原はコストの高さに利益が全く見合わないだろうと訴え猛反対した。
だが入社間もない社員の声は届かず経営企画室が販売へと強行し、結果今では生産を中止している。そこそこの損害を被ったが、皮肉にもこれが漆原のマーケティング能力への評価になり販売管理を任されるに至ったのだ。
つまり、未だにそんな物を欲しがるのは開発者だけだ。
室内に入ると、部屋の中にも鳥型ロボットが飛んでいた。
小型や大型など様々な形状で、合計五機。漆原の気多くにある限り、これが流通した前機種だった。一機数百万円という高額商品なのにこれだけ揃えるのは相当なコレクターか開発に関わる専門家くらいのものだ。
「そういえばアンドロイド開発に携わってらしたんですよね」
「ええ。これでもそれなりに詳しいのよ」
「開発ですか?それともパーソナル?それとも……アンドロイド心理学?」
漆原はにやりと怪しい笑みを浮かべた。
「あなた、久世裕子博士ですね」
老齢の女性ははいともいいえとも言わなかった。ただきゅうっときつく唇を噛んだ。
だが美咲と漆原はこれを確信していた。
確信した理由は漆原に届いた一通のメールに添付されているファイルの中身にある。ファイルの中にはいくつかの画像や動画が納められていた。
「これってアンドロイドの視覚データですよね。どこのアンドロイドですか?」
「まあいいから見えてろ。お前の言った通り、これはアンドロイドが見ている景色だ。てことは隣にいるのが持ち主って事になる」
映る景色の街並みは少し古い。
服装はそこまで変わらないが、美咲が気になったのは表示されている年月だった。
「えっと、五年前ですね」
「ああ。んで、ここ。この人が持ち主だけど、見覚え無いか?」
アンドロイドがきょろりと横を見たようで、景色が右にスライドした。
そして映った持ち主を見ると、確かに美咲には見覚えがあった。
「これ藤堂さんじゃないですか!」
「そうなんだ。けどあの人は藤堂小夜子じゃなかった」
「え?でも捺印してもらったじゃないですか。表札にも藤堂って」
「お前に俺の印鑑貸してやろうか?結婚しなくても漆原姓名乗れるぞ」
「……そういえば、一度も自分が藤堂小夜子だとは名乗ってないですね。でもだからって偽物とは限らないですよ」
「まあな。つーか重要なのはそこじゃないんだ」
漆原はまた違うフォルダを開いた。
その中にも静止画や動画データが納められている。
「同じアンドロイドの視覚データだ。ここから二年刻みで四十年前までの持ち主の顔を並べた」
カチカチとクリックを続けると、三面使っているパソコンモニターにずらりと画像が並んだ。
動画に映っている日付は確かに二年刻みで、映っている女性も徐々に若返っていく。
美咲はじいっとそれを目で追ってついに四十年前のデータに辿り着くと、しばらくじいっと見つめた。
「このデータからアンドロイドの型番も分かった。型番はAR-139-3-6293-0」
「AR-139-3-6293-0……」
それは美咲が拾ったあのアンドロイドの型番だ。
美咲は慌てて鞄を漁り一枚の写真を取り出し四十年前の藤堂小夜子――壊れたアンドロイドを届けた女性の横に並べた。
「お祖母ちゃん……!」
*
漆原は動画が表示されたノートパソコンを女性に見せる。
これを見せればきっと驚くだろうと思っていたが、老齢の女性は思いの外驚いていない様子だった。何も言わず、映る動画を愛おしそうに見つめていた。
「あなたと美咲ちゃんが一緒にいるなら遅かれ速かれこうなるだろうと思ってたわ、漆原朔也さん」
「では久世裕子博士という事でお間違いないですね」
「……ええ」
美咲の唇は震えていた。
そして、老齢の女性はそれを宥めるように頬を撫でた。
「美咲ちゃんお父さんそっくりねえ。あの子は元気にしてるかしら」
「お祖母ちゃん!」
「……お祖父ちゃんからは何て聞いてるのかしら」
「死んだ、って……」
「そうでしょうね。あの人にとって私は恥そのものでしょうから」
美咲は祖母の手を握ろうと手を伸ばした。
けれど祖母は逃げるように立ち上がり、部屋の隅に追いやられていた戸棚の鍵を開けて数冊の雑誌や新聞を取り出し美咲の前に並べた。そこには既に漆原から見せてもらった祖父の愚行を書き連ねられていた。
「そりゃあ酷いものだったわ。仕事は知らないうちに退職してるし、テレビや講演の予定も全てキャンセルされてたの。それでも最初はまだ耐えてたのよ。愛して結婚した人だもの。でもこの報道が出て……」
手にしたのは『久世大河議員に愛人五人!妻に隠れて女遊びの日々』という記事だった。
そこには他所で子供を作っただの久世裕子の子供は愛人の子供だのという、漆原が見せた以上に下世話な内容ばかりが並んでいた。美咲は思わず息を飲み、固まる美咲の視界からそれらの記事を隠した。
呆然とする美咲の頭をぽんと軽く叩き、漆原はノートパソコンを閉じた。
「博士。あのアンドロイドは久世の家から連れて出たんですか」
「そうです。あの家で私の持ち物はあの子だけ。あとは離婚届けと一緒に全て置いて来ました」
裕子は凛と微笑んだ。後悔や心残りなど何も無いとでも言うかのように、ただ美しく微笑んだ。
しかしそんな表情をするとは想像していなかった美咲は思わず祖母にしがみつく。
「一緒に帰ろう!お祖父ちゃんの所じゃなくて私のマンション!お父さんとお母さんも、私達三人だけで暮らそうかって話してるの!」
「いいえ、いいえ、駄目よ。それは駄目なの」
「どうして!?だって家族じゃない!一緒に暮らそうよ!」
「……私の家族はもう壊れたアンドロイドだけよ」
そして、祖母はごめんなさいね、と美咲を優しく抱きしめた。
「美咲ちゃんに会えて嬉しかったわ」
「お祖母ちゃん……」
美咲は名乗れば一緒に帰れるだろうと思っていた。
祖父を憎らしく思う自分達となら一緒に暮らしてくれるだろうと疑っていなかった。
美咲はしばらくごねたけれど祖母はこれっぽっちも揺れる事はなく、そして漆原を見て微笑んだ。
「美咲ちゃんをよろしくお願いしますね」
「……はい」
美咲と漆原はそれ以上何もできなかった。
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