ヴェントレー家
第33話 ヴェントレー家①あるパーティー
山々に囲まれた深い森の奥に、中世のヨーロッパ映画に出て来るような石造りの大きな屋敷が建っていた。屋敷と言うより古城のようだ。
門から建物正面の玄関まで、車がすれ違えるほどの広い石畳が続き、道の真ん中に噴水がある。そこから左右に細い石畳が伸びていて、石畳の両側には背の低い生垣が植えられている。門から玄関までがフランス式の――左右対称の庭園になっている。
そして、建物の裏側にある庭にはガゼボがあり、自然の景色を切り取ったようなイギリス式の庭園になっていた。
日が暮れると、庭中がライトアップされ幻想的な空間になる。今夜はパーティーがあるようで、正面玄関に到着した車から着飾った男女が姿を現し、建物へと入って行った。
2階中央にあるパーティー会場にはクラッシックが流れ、両側のテーブルに色鮮やかなオードブルが並べられている。立食パーティーのようで、30人ほどの男女がグラスを傾け会話を楽しんでいる。
時折、良い雰囲気の男女がパーティー会場を抜けて、視線を絡ませながら別の部屋へと消えて行く。
◇
建物の裏側、イギリス式の庭園にあるガゼボに3人の男女が見えた。
「アレク兄さん、トーマ兄さん、誕生日おめでとう」
「可愛いカトリーナ、お前の顔を見られて嬉しいよ」
「本当だね。カトリーナ、遠い所を良く来てくれた。トーマも来てくれてありがとう。しかし……また、血族が減ったな……」
一昔前は、100名以上の血族が集まり、華やかなパーティーが毎週のように行われていた。
「アレク兄さん、私の下僕も減ってしまったわ。月城の会社がヴァンパイアの情報を集めているのよ……忌々しい奴ら」
赤のワイングラスを片手に、胸元の大きく開いた真っ赤なドレスを着た女が呟く。ブロンドの髪をアップにして、大きな青い目をしている。左の目元にある泣きぼくろが色っぽい。
「月城……いや、ルシフェルめ! アレク、何とか出来ないのか!?」
トーマと呼ばれた男が、顔を歪めて言い放つ――見るからに上流階級の紳士で、背が高く、ブロンドの短い髪を後ろに撫でつけている。
「トーマ、落ち着け。元はと言えば、兄があいつのお気に入りに手を出したせいだ……五月蠅い兄がへまをして消えたのは有難いが、余計な土産を残してくれた」
アレクと言われたもう一人の男も背が高く、プラチナブロンドの髪を後ろに撫でつけている。品のある
「ええ、チャールズ兄さんから自由になれたのは嬉しいけど、アレク兄さんの言う通りね。この前、ニューヨークに住む下賤な奴から嫌味を言われたわ……ヴァンパイアが狩られるのはヴェントレー家のせいだと……腹立たしい」
真っ赤なドレスの女は双子の妹で、兄達のバースデーパーティーにアメリカから祝いに来ていた。
「可愛いカトリーナ。俺がそいつらを叩きのめしてやる!」
「トーマ兄さん、下賤な奴よりルシフェルを何とかしてよ。下僕を増やしても、あいつの取り巻きに狩られるし、パーティーを開くのも苦労するのよ……」
コンサルタント会社に依頼したことがある警察や祓い屋から、ヴァンパイアが関わったと思われる遺体が見つかると、連絡が行くようになっている。依頼料が高額な『狩り人』が、獲物がヴァンパイアだと無料で狩ってくれるからだ。警察や祓い人は喜んで監視カメラのコピーなど細かい情報を提供する。
「カトリーナ、あいつは強い……私達ではヤツを倒すことは出来ないんだよ」
「アレク兄さん、何か方法はないの? ずっと……このまま我慢しないといけないの?」
「アレク、私のイングランドでも下僕の数が減ってしまったんだ。何か策を考えなければ……」
どうすれば今の状況を改善出来るかと、3人で話し合っていたが、最悪の提案がトーマから出された。
「アレク、ルシフェルを倒すことは出来なくても、お気に入りを
火に油を注ぐ提案だ。
「トーマ、お気に入りを……そう簡単には攫うことは出来ないと思うぞ。お気に入りなら大事に囲うし、強い護衛も付けるだろう」
強い護衛どころか、何かあればルシフェルが飛んで来る。
「アレク兄さん、下僕を増やして探させましょう」
「アレク、人手がいるから下賤な奴らにも声を掛けよう」
「そうだな……護衛が誰かを確認してから、作戦を実行するか考えようか」
アレクは、少しだけ冷静に物事を考えるようだ。
「アレク、心配するな。ルシフェルでなければ私が倒す! フフッ」
「トーマ兄さん、素敵~!」
トーマは、腕に自信があるようだが、物事を冷静に考えるタイプではないようだ。
この日、ヴェントレー家の3兄妹によって、月城グループCEOのお気に入り――月城咲希を狙った誘拐計画が立てられた。
トーマが、他の血族にも声を掛けたが、どの血族も誘拐計画への参加を拒否した。傲慢なヴェントレー家と関わるのが嫌なのと、月城グループを敵に回すのはどう考えても得策ではないと思ったのだろう。
この後、ヴェントレー系のヴァンパイアにとって最悪の状況になるのだが、この時の3兄妹には予想出来なかった。
◆◆◆
ある日、コンサルタント会社へ匿名の情報が舞い込んだ。直ぐにトップのアジルに報告書が届く。
『ヴェントレー家が、ルシフェルと交渉する為に誘拐計画を画策している。誘拐対象:ルシフェルのお気に入り。他の血族は無関係。匿名、月の一族』
「ゲッ、マジか! この情報を直ぐにCEOに送れ!」
アジルは、サラサラの金髪をかき揚げ、碧い瞳を輝かせて楽しそうに呟く。
「うわ~、ヴェントレー家がCEOに宣戦布告するなんて……全面戦争だな。誰が指揮を執るんだ? フフ、ヴェントレー家は終わったなぁ」
この情報は、即時、秘書のフェレスから月城グループCEOに報告された。
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