第7話

 夕食後、サーマが用意した黒のセダンで宇治の寺院へ向かった。飛んで行く方が早いんだが、まだ夜の21時前で人通りが多いから車で移動することにしたんだ。


 サーマとアスタは、黒髪・黒目で、黒いスーツとドレスを着ている。俺もペンダントを外して黒のシャツとズボンを着ているから、どこかのスパイ映画に出てきそうないわくありげな雰囲気だ。勿論、魔力を隠している。


 寺院の北にあるパーキングに駐車して正門に向かうと、黒服やカジュアルな服装をした陰陽師かな? 日本刀を腰から差して、お揃いの五芒星が描かれたリストバンドを付けている人達が周囲の様子を窺っていた。


 サーマが、その内の一人に話し掛けると慌てて寺院の中へ走って行った。そして、間もなくして、スーツを着たリーダーらしき中年の陰陽師が数人の陰陽師と出て来た。あっ、歴史の……渡辺先生と3年生の加茂悠斗もいる。


 依頼者や同業者がいる場所で狩りをするなんて滅多にないんだ。こういう時はサーマに交渉を一任している。10代の俺だと舐められるからな。まぁ、サーマ達も20代後半にしか見えないんだが……年齢を聞いたことはないが、どこかの宗教関係の本に名前が出て来るらしい。


「こんばんは。依頼を受けた『狩り人』です」


 サーマが先に話し掛けた。依頼者や同業者に自己紹介はしない。向こうが先に名乗って挨拶して来たら名乗ることもあるが、契約上、お互いどこの誰かは詮索しないことになっている。


「こんばんは、私がここの責任者をしています。連絡のあった『狩り人』の方……3名ですね。お若いですね……よろしくお願いします」


 こっちをチラッと見る……あぁ、若い3人で倒せるのかって言っているんだよな? 京都の言葉って、そのままの意味じゃなかったりするからややこしい。


「はい。依頼があった茨木童子しか狩りませんので、雑魚はそちらでお願いします。フフ」


 おお……サーマ、ハッキリ言うな。しかも、微笑みながらマウントを取った。


「はい……」


「では、私達は邪魔にならない所で待機します。ああ、私達の獲物が現れたら直ぐに狩り始めますので、巻き込まれないように獲物から離れて下さい」


「えっ、……」


 あぁ~、リーダーの顔が引きつっている。怪我人を出さないようにサーマの優しさで言ったんだが、陰陽師としたらプライドが傷つくか……それとも『巻き込まれないように獲物から離れて下さい』が、京都だと『弱い者は邪魔だから近付くな』って意味になるのか? よく分からないが。


「分かりました……それでは、我々は配置に戻ります」


 リーダーの言葉に、渡辺先生と3年生の加茂さんが式神を出した。渡辺先生は犬神を1体連れて寺院の西へ、加茂さんは2体の犬神を連れて東の広場へ向かった。リーダーも式神を2体出して、犬神に何か指示している。


「蓮様、中の藤棚の側にベンチがあるので、そこで待ちましょうか」

「ああ、了解。サーマは、ここに来たことあるのか? 詳しいな」


 俺は初めて来たのに、いつ来たんだろうと思っていたら。夜中の散歩――ヴァンパイア探し――で、あちこち見ているそうだ。


 ベンチに座り、しばらくすると魔力が近付いて来くる気配がした。北から1体。そして、東からも3体……魔物が近付いて来る。直ぐに北の正門から犬神の鳴き声が聞こえた。


『ワオォ――ン!』


「蓮様、始まりましたね」

「ああ、北の魔物が先に現れたな」


 正門の方から、陰陽師たちの叫ぶ声が聞こえる……ん? 正門には2体だった犬神の魔力が3体に増えている……渡辺先生が戻って参戦したのか。


『ワオォ――ン!』『ガルルル――! ワンワン!』


 東の池の前でも、2体の犬神が吠えだした。加茂さんと警戒していた陰陽師たちが、武器を手に犬神が吠える方を睨んでいる。


『グガガガァ――!!』

『ゴガガァ――!!』

『ガガァ――!』


 生垣を踏み倒して暗闇から現れた魔物は――頭に2本の角があって、2m以上ある筋骨隆々の色黒の鬼。前に公園で見た悪鬼と同じタイプだ。


「加茂! リーダーが来るまで、式神で2体を足止めしてくれ!」

「はい! 了解!」

「俺達は、鬼を1体確実に倒すぞ!」

「「「「了解!」」」」


 姿を現した3体の悪鬼と陰陽師たちの戦いが始まった。この場所で3体の鬼と戦うのは狭いだろう……犬神2体と加茂さんでの足止めはキツイみたいで、こっちをチラチラ見るが手伝うと別料金が発生するよ? サーマとアスタは、涼しい顔をして陰陽師たちの狩りを傍観している。


「蓮様。そろそろですよ」


 サーマの声掛けに、周りに意識を飛ばすと……ああ、南東からこっちに近付く魔物がいるな。強い魔力を隠す気もないらしい。


「蓮様、獲物が来たみたいですね。フフ」


 アスタはそう言って黒い蛇を召喚した。アスタの左手に現れた真っ黒な蛇は、アスタに撫でられた後、地面に下りて暗闇に消えた。


 あの黒蛇、本当は金色の横帯が入っていてカッコイイんだが、無毒のカラスヘビに擬態しているらしい。


「蓮様、あの子に一口食べさせて下さいね」

「ああ、アスタ、いつも通りで問題ないよ。サーマは止めを頼む」

「畏まりました。蓮様、向かいましょうか」

「そうだな」


 ここは狭すぎて陰陽師たちの邪魔になるから、宇治川で獲物を迎え撃つことにした。


 生垣を飛び越えずに正門から回ろうとしたら、犬神たちとリーダーの陰陽師と渡辺先生が走って来た。リーダーに向かって、サーマが声を掛ける。


「南東に私達の獲物が現れました。宇治川に向かいますが近寄らないで下さい」


「なっ、こんなに早い時間に茨木童子が現れたのか……」


 そうだよな。普通、魔物は夜中を過ぎた頃から動き出す。だが、京都に来て、夜の早い時間に魔力を感じるから、都会に住む魔物は動き出すのが早いんだと思っていたが……違うのか。


 正門から来た陰陽師たちの横を通り抜けて、正門から宇治川へ向かい南東の魔力を目指した。


 宇治川の中州なかすに渡ると、対岸の暗闇から魔力を垂れ流しながら大きな影が近付いて来る。魔物は、俺達に気が付いて大きな唸り声をあげた。


『ゴガガアァッ――!!』


 魔物が近付いて来ると、徐々にその姿が見えて来た。悪鬼とは見るからに違う……大きな異形の鬼。


「あれが茨木童子か……」

「蓮様、そのようですね」

「蓮様、準備は出来ています。いつでも声を掛けて下さい。フフ」


 俺達の会話が理解出来るのか、茨木童子がギロッとこちらを睨んだ。


『グガガガァ――!!』

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