第1話
中学の卒業式が終わって、春から通う京都の私立高校近くのマンションに引っ越して来た。
ここは、母さんが仕事で使っていたマンションの最上階で、4LDKの広さがある。生活に必要な家具や電化製品は揃っているから着替えだけを持って来た。後は、ブレザーの制服を専門店に取りに行かないとな。
地元の高校に行っても良かったが、関西の狩りの依頼が多かったんだ。ああ、俺は、親父がCEOを務める月城グループのコンサルタント会社に登録している。魔物の狩り方をアドバイスしたり、狩りの依頼を受ける企業で、『狩り人』と呼ばれる魔物専門のハンターが在籍しているんだ。
中学生だった時は、県外の依頼は断っていたが、ゆくゆくは『狩り人』として本格的に活動するつもりだから、関西で動けるように京都の高校を選んだんだ。
今は学業を優先にして、無理のない依頼だけを受けようと思っている。断っても他に『狩り人』がいるから問題ない。『狩り人』は世界中にいるんだ。専属の『狩り人』もいるが、グループ会社の社員がサイドビジネスとして契約していたりする。
「蓮様、ジャージを買いに行きましょう」
「ああ、アスタ、制服も取りに行きたいんだ。サーマはどうする?」
「勿論、ご一緒します」
この2人を連れて歩くと目立つんだよ。一応、変装はしている……と言っても、黒髪・黒目の背の高い外人のイケメンと、黒髪・黒目の外人の美女。髪と目の色が変わるだけで、容姿はそのままなんだ。狩りの時の黒服じゃなく普段着を着ているんだが、映画やファッション雑誌から抜け出した俳優かモデルにしか見えない。
ほら、みんなが振り返って見る……俺には、誰も見むきもしない。まぁ、いつものことだが。
「蓮様、今夜から私が料理を作りますね。何か食べたい物はありますか?」
「そうだな……アスタ、京都と言えば西京漬けかな?」
他にもあるんだろうけど、詳しくは知らないな。
「はい、お任せください蓮様。フフ」
両親が、俺の護衛としてサーマとアスタを付けてくれたが、爺ちゃんの家には血族しか入れない強力な結界が張ってあって、庭には入れたんだが母屋に入ることが出来なかった。だから、2人は庭にあるお客さん用の離れで住んでいた。母屋には、親父も入れないからあの結界は凄いよ。
「なぁ……2人とも認識障害の魔法を掛けた方が良いんじゃないか?」
向こうは田舎だったから、こんなに人はいなかった。周りの視線が
「蓮様、魔力は押さえていますから問題ないかと」
「ええ、特に気になることはありませんよ」
「そうか……」
2人が気にならないなら良いが……まあ、この2人に声を掛けようと思うヤツなんていないだろう。
◇
日用品の買い物を終えてマンションに戻る。かさ張る荷物は亜空間に放りこめば手ぶらになるが、それでは違和感があるから1つくらいは手に持つようにしているんだ。アスタから亜空間の使い方を教えてもらった頃は、何でも突っ込んでいたな。
マンションに戻って、夕食を待っていたらスマホが鳴った。狩りの依頼だ。内容を見ると……被害者が出たのは近くなんだが、手間が掛かりそうだな。
「蓮様、依頼ですか?」
「ああ、そうなんだが……サーマ、ご飯を食べてから話すよ」
「分かりました」
テーブルには、鰆の西京焼きと京野菜の天ぷらが並んだ。湯豆腐まである。
「美味しそうだな! これ全部、アスタが作ったのか?」
「はい。蓮様、おかわりがありますから沢山食べて下さいね。フフ」
西京焼きを一口食べる……あぁ、甘めの白味噌が美味しいな。天ぷらには、天つゆと抹茶塩まで添えてある。エビの天ぷらが3匹! これは嬉しい。エビの天ぷらだけおかわりしよう。湯豆腐は……ポン酢が決め手だな。
「蓮様、今日のメインは近江牛のステーキです。蓮様は成長期ですから沢山食べて下さいね。フフ」
「アスタ、ステーキまであるのか……」
ステーキはレアで焼いてある……美味しいな。アスタは料理が上手いんだな。
「蓮様、もう1枚焼きましょうか?」
「もう十分だよ。アスタ、美味しかった。ご馳走」
「美味しかったですか? 蓮様のお口に合って嬉しいです。フフフ」
最初に言ってくれれば、天ぷらと白ご飯をおかわりせずにステーキを2枚にしたのに……明日からは気を付けよう。
食事が終わって、コーヒーを飲みながら依頼内容について2人に話した。
「さっき来た依頼だが……被害者が男性で干からびた死体らしい。近場だから依頼を受けることにした。良いかな?」
「勿論です。男性で干からびた死体……ああ、アレの仕業ですか。蓮様、被害者は1名ですか?」
「そうなんだ。珍しく、被害者1名で依頼が来ている」
「あら、獲物はリスト組かしら? 仕留めたらボーナスが出るわね。フフ」
俺達がリスト組って呼んでいるのは、懸賞金が掛かっている獲物のこと。そいつらは、転々と移動して隠れるのが上手いから、なかなか見つからないんだ。そして、今回の獲物がそのリストに載っていたら、依頼主とは別に懸賞金がもらえる。
「多分ね。ただ、被害者が出た場所が八坂神社の近くなんだ」
「花街ですか。舞妓か芸妓に装っているのか……」
「蓮様、私がお茶屋に入って様子を見て来ましょうか?」
アスタがそんなことをしなくても、獲物が狩りを始めたらその魔力で分かる。サーマが通りを歩く方が引っ掛かりそうだ。あいつらは、美しい者に惹かれるらしいからな。ただ、夜の花街だから人目が多そうなのが困る。
「蓮様、ペンダントを外して私とお茶屋遊びをしましょうか?」
「サーマ! 何てことを言うの。蓮様、反対です!」
アスタがサーマを睨んでいるが、サーマは全く気にしないで涼しい顔をしている。
「2人とも……俺はまだ15歳だから店には入れてくれないよ」
夜の繁華街……花街をサーマと歩くのは、目立つだろうな。それに、ペンダントを外して出歩くなんて、婆ちゃんとランドセルを買いに出かけた時以来だ。
あの時、婆ちゃんが、俺にペンダントを付けるのを忘れて変なのに絡まれた。サーマとアスタが出て来て、そいつを何処かへ連れて行ったんだ……あれが、2人との初めての出会いだったな。そう言えば、あの変なヤツがどうなったか聞いていないな。
◇◇◇
夜が更けてから、四条通りから花見小路通りを歩く。サーマと一緒だから視線が凄いな……男まで見て来る。
客引きが声を掛けてくるが、俺の顔を見ると未成年だと分かるだろう。
「イケメンのお兄さん! 若く見えるけど、二十歳ですよね~?」
「いいえ、高校生です」
「ハハハ、またまたご冗談を~、可愛い子がいるんですよ~」
「悪いが、間に合っている。蓮様、行きましょう」
サーマ……何に間に合っているんだ!? 羨ましいセリフだな……それより、今の誘いに乗らなくても良いのか? お茶屋に行っても獲物がいるとは限らないが、今回の獲物は直接声を掛けて来る……そういう習性なのか?
ペンダントを外すと俺もジロジロ見られる。夜のお姉さんとすれ違う時、見つめられるがどう反応すれば良いのか分からない。ん? 手を振らないでくれ……。
「ねえ、お兄さん達、どこ行くの~?」
夜のお姉さんが近寄って来ると、一瞬、アスタからの殺気を感じた。おいおい、ダメだよ。魔力を隠しても、それだけの殺気を放ったら獲物にバレてしまうだろう? まあ、それに気が付かないお姉さんは一般人なんだけどね。
サーマが、声を掛けて来たお姉さんを見て微笑むと、お姉さんは頬を染めて動かなくなる。そして、サーマはお姉さんの頬に軽く触れた。
「はぁ~ん……」
まさか、魅了を掛けたのか? サーマが「蓮様、行きますよ」と言う。動かなくなったお姉さんを放置して良いのか?
「蓮様、すぐに意識を取り戻しますから問題ありません。私達のことも覚えていません」
「えっ、サーマ、記憶を消したのか?」
「はい、少しだけですが刈り取りました」
刈り取る? サーマは平然と答えるが……振り返ると、お姉さんが首を傾げているのが見えた。あぁ、問題なさそうだ。
◇
アスタを呼び寄せて、注意しようとしたら……。
「闇より深い漆黒の髪に、全て者が魅了される金色に輝く瞳が……気高くも儚げに見えます。あぁ……我を忘れて、その視線を独占したくなる。そして、華やかに香る霊力がその尊い魔力を色付ける……。そこらの人間ごときが、蓮様に声を掛けようなど許せません!」
アスタ、何か……凄く良く言ってくれるが、ペンダントを外すと背が高くなって、黒髪はそのままで瞳が金色になるだけだ。顔つきは変わるが、ハーフか金色のカラコンを付けた学生に見えるだけ。あぁ、俺の魔力は美味しそうだとは言われたことがあるよ。親父の会社の人からね。
「アスタ……仕事なんだ。殺気は出さないでくれるかな? 獲物が
依頼が来る獲物は、ほとんどアスタより格下ばかりだ。アスタの殺気を感じたら逃げてしまうよ。
「蓮様、アスタは留守番させた方が良いかもしれませんね」
「サーマ! 蓮様……申し訳ございません。もう二度と殺気を飛ばしませんのでお連れ下さい……」
アスタが悲しそうに言うと許してしまう。俺はサーマとアスタには弱いからな。
「分かった。アスタ、約束だよ」
アスタが放った殺気のせいか、ここ数日空振りだ。魔力の気配もない……被害者も出ていないけどね。
◇◇◇
更に数日過ぎた。来週から学校が始まるから、今週中に終わらせたいんだけどな。まあ、俺の魔力操作の練習になるから良いけど、今の所95%隠せて5%が洩れていると言うか……隠せていないんだ。それをサーマが隠してくれる。
今夜も空振りかと思っていたら、
「あら、坊や綺麗な顔をしているわね。隣のお兄さんも凄くイケメンね~。フフ」
芸妓さんが声を掛けて来た。
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