僕はスマホをもたない
だこん
第1話 人探し①
「俺スマホ持ってないから。」
僕は耳を疑った。
もちろんスマホを持ってない人はこの世に五万といるだろう。
ただしそこに長身のサングラスを掛けたイケイケのナンパ師が吐いたセリフという条件を付け加えるとなると話は変わってくる。
令和4年現在で、スマホという文明の利器は、若者にとって必須と言っても差し支えない。
動画視聴やゲームをやる以外に、他人と連絡を取る手段としては、これほど、うってつけなものはトランシーバーを除いてスマホしか僕は知らない。
ナンパ師という輩は、彼女が欲しいか、ワンナイトラブを楽しみたいかの二択だと思っている。
まず、スマホを持ってないという時点で、ワンナイトラブ以外興味ありませんよ、と言っているようなものだ。
それすなわち、俺はセックスはしたいけど貴方のことを大切にする気はサラサラないですよ、ということに等しい。
ここまで邪推する人はいないと思うが、直観で、スマホを持たないナンパ師は怪しいとわかるものだ。
「ごめんね」
人混みがうるさくてこの言葉以外聞き取れなかったが、ナンパされていた女性組二人の内の一人が言った。
どうやらスマホを持っていなかったせいで、ナンパは失敗したらしい。ざまぁみろ、スマホ買って出直してこい。
しかし、ナンパ師はガッカリした様子など微塵も見せず、逆に嬉しそうにこう言った。
「ラッキー♪」
僕は耳を疑った。話の
自分の常識とはかけ離れた状況がゲームのイベントの追い込みと重なっていて、ゲームに集中できない。
というのも、今、僕は駅前のベンチで、とあるスマホゲームのイベントに勤しんでいる。
今ゲームの説明をしている暇はない。現在時刻が18時55分、あと5分でイベントが終わる。
一匹でも多くの悪魔を倒してポイントを稼がなければならない。今回の目標は世界ランキング1000位以内に入ることで、今、989位。何としてでも1000位以内を死守しなければならない。
(オラオラオラオラオラオラッ!!!!)
集中すると我がスタンド「ナインビースト・フォーチュン」の第一の能力、
「
俗にいう、『鬼連打』というやつだ。
このゲームを制すには、『一に電波、二にカード、三が仲間で、四に連打』と言われるほど連打が大事だ。
ただ、連打するだけではない。画面のどこをタップするかを事前に把握し、最短で戦闘を終わらせられるように動きが最適化されている。これはランキング入りするには最低限のスキルだ。
……結局説明するんかいっ!というツッコミを入れつつ、イベント終了残り三分となった。ラストスパートだ。
ふと無意識に駅の時計台を
ニヤッ
ナンパ師は不敵な笑みを浮かべて僕に近づいてきた。
(やばいナンパされちゃうっ……!)
ドキュンッ……
大きな胸の高鳴りを感じた。22年間守ってきた、ウォール・アベがスマホを持たない原始の巨人に突破されちゃうっ……!
ってちゃうわ!!!
一瞬、魔が差してしまったが、なんとか我に返った。
そうだ!僕にはイベントがある。
何を言われてもシカトしよう。
……という決断は、ナンパ師の一言で脆くも崩れ去った。
「お兄さん、お兄さん、『GOD&DAEMON(神と悪魔)』っていうスマホゲームやったことある?」
手が止まった。あれだけ連打をしていた手がピタリと。
やったことがあるも何も、今やっているゲームこそが『GOD&DAEMON2』(通称 神悪2)
だからだ。どんなゲームか簡単に説明すると、プレイヤーが古今東西の神が描かれたカードを用いてデッキを組み、敵である悪魔を倒す、という設定のカードバトルゲームだ。今はあまり見かけなくなったゲームのジャンルだが、10年前のスマホゲーム黎明期には、一世を風靡し、続編の神悪2は初代ほどではないが今でも総合セールスランキング100位以内にランクインするほどの根強い人気を誇っているゲームだ。
ナンパ師は僕のスマホ画面を見てないし、音も出してないのになぜ神悪をやっていることが分かったのだ。
それが不思議でしょうがなかった。若干パニックになりながらびっくりした様子で聞いてみた。
「なんで今やってるゲームが神悪だってわかったんすか?」
ナンパ師はこう答えた。
「違う違う、神悪2じゃなくて初代の方、10年近く前に終了しちゃったゲームなんだけど、子供の頃にやったことあるのかなと思ってさ。みんなに聞いて回ってるんだ」
初代の方?たしか、子供のころ父親のスマホで遊んでいた記憶がある。僕自身、神悪2の次に嵌ったゲームだと言っても過言ではない。
初代の神悪は、神悪2と比べて遊べることは少ないが、現在あるスマホゲームの基礎を作ったゲームであり、当時スマホを持っていた人ならほとんどの人が神悪をインストールしていたほどだった。たしかゲームに接続している人数がピーク時に100万人を超えていたという記録もあるほどだ。
しかし、神悪がリリースして1年ほど経過したとき、原因不明のバグが見つかりメンテナンスが行われたが、二週間の長期メンテナンスのあと、いきなりサービス終了するという良くも悪くも伝説を残したゲームだ。
サービス終了した理由は公開されておらず、ネットの掲示板では、致命的なバグで修正できなかったという意見もあれば、射幸心を煽りすぎて、ゲーム依存者を増やしたから、国に消された。などという憶測も飛び交った。
「昔やってましたけど、それがどうしたんすか?」
僕は動揺を抑えつつ返答した。その瞬間、彼の整った顔が破顔し満面の笑みに変わってこう言った。
「やああああああっと見つけた!今ちょっと人探しをしててさ!神悪で『プシュケ』という名前のプレイヤーに心当たりはないかい?その子を探してるんだ!」
??????
何を言っているんだこのナンパ師は?
一旦整理しよう。この男はナンパ師ではなく、人を探していた。しかもその人というのが、神悪という10年も前のゲームの『プシュケ』というプレイヤーを探している、と。
現実世界で?ネットで探せばいいじゃん。あ、こいつスマホ持ってないんだった……
でも神悪を知っているってことは、少なくとも昔はスマホを持ってて神悪をプレイしていたということになる。
プレイしていた当時は、ゲーム内の世界ランキングは毎回チェックしていたからランキングに名を連ねる十傑くらいは、もし名前を聞けば覚えているかもしれない。他にも仲良くしていたプレイヤーの名前ならかすかに覚えている。しかし『プシュケ』というプレイヤーは知らない。
「知らないです。その『プシュケ』という人は有名な方なんですか?」
素直に疑問に思ったので聞いてみた。
「一応、一番最初のイベントで世界一位取ってるよ。その後は君も知っている通り世界一位はずっと『ゼウス』だけどね。」
プッ!!!
思わず吹き出してしまった。
初代世界1位だって!スゲー!!!
僕の記憶では、世界一位はサービス開始からサービス終了するまで、ずっと『ゼウス』だと思っていた。
『ゼウス』とは、ご存じの方も多いと思うが、ギリシャ神話に登場する全知全能の神である。
ちなみに男だがイチモツは妻の『ヘラ』にチョン切られて、ない。
その『ゼウス』をプレイヤー名として使っている。
ちなみに神悪は同じ名前をつけることができない。このプレイヤーはゼウスなんていう誰でも思いつく神様の名前を一番最初に取ったことになる。
『ゼウス』は神悪を一番最初にプレイしたとされるプレイヤーであり、ずっと一番に君臨するまさに神プレイヤーだ。また、『ゼウス』は他のプレイヤーと一切交流がなく、謎が多いプレイヤーだ。
あまりに謎すぎたので『ゼウス』はこのゲームの製作者ではないかという噂もあった。
まさか、『ゼウス』の他に世界一位のプレイヤーが存在したなんて。
「まじすか!?知らなかったです。『ゼウス』以外に世界一がいたなんて!!!」
驚嘆を隠せない僕に彼はこう続けた。
「サービス開始してすぐ始まったイベントだからね。知らないのも当然。ただ、彼女が言うには、それ以降はランキング争いが激化して、ずっとランキング圏外(1000位まで名前が載る)だったらしい。」
なるほど、理解した。けどなんでそんな人を探しているんだ?
興奮して鼓動が早くなっているのを感じ、一回深呼吸してから聞いてみた。
「そうだったんすね。でもなんで『プシュケ』というプレイヤーを探しているんですか?」
そう聞いた瞬間、彼の表情から笑顔が消え、真剣な目つきに変わってこう言った。
「彼女は僕が助けなければいけないんだ。彼女を天国から地獄に突き堕としたのはこの僕だから……」
察するに、相当訳アリらしい。これは深追いしたほうがいいのか否か。
とりあえず今は『プシュケ』よりこのスマホを持たない彼が気になったので、
こういう時のお決まりのセリフで聞いてみた。
「あ、貴方は一体……」
「あ、自己紹介がまだだったね。僕の名前は江口光(えぐち ひかる)、神悪では、ライトという名前でプレイしてたよ」
ライト……
!!!!!!
まさかっ……
世界ランク2位の……
伝説の……
ライトさん……
空いた口が塞がらなかった。あの、世界ランク2位のライトさんが目の前にいる!
あまりの驚きに手に持っていたスマホを落としてしまった。
落とした拍子にスマホの画面が点く。画面に映し出された時刻は19時10分を過ぎていた。
本来19時にイベントが終了し、19時10分にイベントの最終順位が発表されるのだが、そんなことはもう、僕、九尾堂結斗(くびどう ゆうと)にとってはどうでもよかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます