執行人 4

「あ、いえ、すみません。てっきり執行人って言われているんだからもっと悪魔みたいなのが出てくるんだと思っていたので」


 そう言って金結は謝った。


 つられて松雪も「いえ、大丈夫です」と言う。それを待ってか待たずかサハツキは話し始める。


「では、最後に……。もしも、お気持ちが変わった場合、あちらのドアを開けて外へ御出になって下さい。その場合、二度とこの部屋で死へ導かれる事はありません」


「すいません、それで残った方はどうなるんですか?」


 金結は質問する、松雪が臆病になって逃げる事を憂いているのではなく、ただの好奇心だった。


「近い内に別の執行人か待ち人の方と予定が会い次第、またこの部屋にお呼びします。なので死を望み続ける限りは死は逃げません」


「なるほどね」


 そう言って金結は頷く、松雪は何となくだがこの男とは仲良くできそうにないなと思っていた。悪人じゃないんだろうが、相性が悪そうだと。


「最後に、こちらの説明をさせて頂きます」


 そう言ってサハツキは、テーブルの上に置かれた水晶玉に手をやる。


「松雪様がこちらの玉に触れて頂きますと、金結様の思い描く情景や過去を追体験する事が出来ます。どうぞご活用下さい」


 追体験と言われても、松雪はピンと来ていなかった。


「それでは私は失礼します。どうか良い結果になるよう祈っております」


 そう言ってサハツキはドアを開けて外へ出ていってしまった。その時にちらりと見えた部屋の向こう側は、この場とは対照的に真っ暗で何も見えなかった。


「えーっと、それじゃ改めて。金結です、よろしくおねがいします」


 男は礼儀正しくそう言って軽く頭を下げた。同じように松雪も名乗って礼を返す。


「よく分からないんすけど、これって松雪さんに俺がどうして死にたいのかを話せば良いんすよね」


「だと思います、僕も執行人って奴は初めてで良く分からないんですけど……」


「えーっと…… それじゃ言いますね。俺は負け組確定なのでこれ以上生きていても損だと思うんで死にたいです」


 えらく直球に金結は言ったが、首元に手形が浮かび上がることは無かった。


「あー、やっぱこれだけじゃ駄目なんですかね」


「まぁ、はい、そうみたいですね」


 初対面の二人は気まずいながらも探り探り、死への道を歩きだす。


「どうしてそう考えるのかと、死への捉え方だったような……。みたいな事を話してみたらどうですか」


 松雪はしどろもどろに言った。なるほどと納得したのか金結は話し始める。この男はこれから死ぬにしては軽い口調だった。


「えっと、俺の考えなんすけど、人生ってどうなるか生まれた時点でほぼ決まっているじゃないですか」


 松雪はドキリとした、自分と似たような考えを金結は持っているのかもしれないとそんな予感がする。


「だって、親の遺伝で顔や身長は決まるし、頭の良さも決まる。それが悪くても親が金持ちだとか、環境にさえ恵まれていればまだチャンスはありますけど、俺の場合それも無かった。こんなの最初っから負け組になるのが決まっているじゃないですか」


 同じだと松雪は確信する。意図的に仕組まれたのか偶然なのか、この男の考えは自分とほぼ同じ、劣等感と諦めの渦の中に居るんだろうと理解できた。


「俺は小さい頃からずっと劣等感だけの人生でした」


 金結がそう言うと同時にハッとして松雪は玉に手を乗せる。すると、頭の中に映像が投影された。奇妙な感覚だ。


「あぁ、これがあのサハツキさんが言っていた奴ですね」


 松雪は何が起こるのか不安になったが、そこには小学校のクラスが映し出されていた。子供たちの賑やかな声までどこからか響いてくる。


「いつだって……。いつだって主人公は別の人間でした。勉強も運動会も、社会に出ても。中学ぐらいの時から薄々は気付いていたんです。自分は凡人……。いや、それ以下だって」


 苦々しく金結が言うと、しかめっ面をした高校生の金結の写真が映し出された。


 高校生といえば未来に夢を見る年頃だが、金結は不幸なことに中途半端に物事を理解できてしまった。


 家庭環境、地頭の良さ悪さ、ここまでの人生、そして自分は努力をしても無駄になることを悟った。


 また頭の中に別のシーンを映し出す。真っ白な作業着を着た金結が、おそらくはどこか社員食堂で食事をしながらテレビを見ている。


「あぁ、これか。この俺の弁当いくらだと思いますか。200円ですよ、俺は200円の弁当を食ってるのにテレビのタレントは笑いながら1万円の肉を食って、更に俺の給料の数倍も貰えて。生まれた環境が違うだけでここまで格差が生まれるんですよ」


 松雪は金結が家庭環境と自分に深いコンプレックスを持っていることは理解できた。


 その瞬間、金結の首元にうっすらと黒い影、いや、模様が浮かび上がる。


 しかし、それはまだ手形と呼ぶには不十分なものだった。

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