その2 自分の心を騙した結果


※この回、BLをやや否定的に書いた描写がありますが、作者は決してBLが嫌いなわけではありません。


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 そんなに私の推しはおかしいんだろうか。

 親友にマジ顔で忠告されるレベルでおかしいんだろうか。


 高校生になろうという頃、私は結構真剣に悩むようになった。

 素直で優しくて真面目なキャラじゃなく、性格悪くても影を背負った男ってヤツを好きになるべきなんだろうか。

 表面的な優しさしか見えていないから、現実でも彼氏が現れないんだろうか。

 愛梨やみんなと同じキャラを好きになれれば、少しは世間というものを知ることが出来るんだろうか。


 そんな時に愛梨が大興奮で持ち込んできたのが、新アニメ『カフェイン・レボリューション』だ。

 どうやらスポーツものらしい。フィギュアスケートと似ているが、実際のスケートと違うのは、特殊なスケート靴で大空を舞い踊り、その美しさを競うというもの。

 その主人公・ジャスミンに、愛梨は一目惚れしてしまったようだ。


「これこれ、この子こそ私の求めた推しだよ~!」


 あんた推しが出来るたび毎回それ言ってないか。


「この大きな紫の瞳に、ちょっとボサボサの黒髪、可愛くな~い?

 しかも性格がリアルな少年ぽく、繊細で感受性が強いんだって。

 よくありがちな、明るくて素直だけどバカってタイプじゃないみたいだね!」


 バカだけど明るくて素直。それの何が悪いんだろうと思うが。


「ねぇ、恵梨。

 この子なら、恵梨も好きになれそうじゃない?」


 ちょっと上目遣いにそう囁かれ、主人公をよく見ると。

 ぱっと見、今までの愛梨の推しとはだいぶ違うように思える。容姿はちょっと可愛らしい普通の少年という感じで、どちらかというとむしろ私の好みに近い。


 ジャスミンの姿を見つめながら、思った。

 彼を好きになることで、やっと愛梨と同じものを好きになれるのかも知れない。

 みんなと同じものを、愛でることが出来るかも知れない。

 ロキノンや雪村君で出来なかったことが、出来るかも知れない。


 何度夢に見たか知れない――アニメ誌や漫画雑誌の表紙になった推しを。

 フィギュアやぬいぐるみになった推しを。

 写真集を出すほどの人気になった推しを。


 もしかしたら、まともな人気キャラを好きになれるかも知れない。

 そんな期待に胸を弾ませながら、私は愛梨と共に放映を待った。




 そして『カフェイン・レボリューション』、略してカフェレボが始まって1カ月。

 確かにジャスミンは愛梨の言うとおり、それまでのよくある少年漫画の主人公とは違うタイプの、繊細で感じやすい少年だった。

 そこが愛梨にはたまらなかったらしく、顔を合わせるたびに――

 空中でのスケーティングに慣れなくて吐いてしまうジャスミン君が良かった!

 逃げ出そうとしてしまうジャスミン君も良かった!!

 両親から離れて寂しそうにしてしまう彼が

 ……などと語ってくる。

 私も最初のうちは確かに、そういうジャスミンの描写はそこそこ新鮮だなと感じていたが――


 しかしさらに話が進むと、ジャスミンの行動が次第に鼻につくようになってきた。

 影があるというよりは、陰鬱な部分が目立つのだ。

 才能はあるはずなのに、何かトラブルがあればすぐに引きこもってしまったり。

 誰にも悩みを打ち明けず、ただただ八つ当たりすることもあったり。

 仲間としょっちゅう対立しては、チームから逃げ出したり――


 それがリアルな少年の描写だと、愛梨は散々誉めそやし。

 クラスの子たちも、ジャスミン君の繊細さがどうの感じやすい心がどうのと、散々持て囃し。

 雑誌でも彼は毎回のように大きく取り上げられ、たびたび表紙を飾った。


 自分の推しが、堂々と表紙を飾る。

 長年の悲願が叶ったはずなのに、私の心は何故か晴れなかった。



 ――私、本当にジャスミンのことが好きなの?

 推しって――

「この子を好きになろう」と決めて推すものだったっけ?

 いや、愛梨にとってはそうかも知れない。でも、私の今までの推しって、そうじゃなかったよね?

 人気キャラを好きになりたいと思って簡単にそう出来るなら、私、ここまで悩んでないよ?



 そんな心のモヤモヤを抱えているうち――

 私は思わぬ出会いを果たした。



 ジャスミンと同じ声優、いわゆる中の人が出ているというのでたまたま見始めたアニメ。

 それは、『三体合体! マルダーロボ』。

 名前の通り、『カフェレボ』とは全く違う、由緒正しき熱血ロボットモノである。

 私はそこで何と、ジャスミンと中の人が同じキャラを好きになってしまったのだ。


 ロキノンと同じく地味な眼鏡君で、ロボットのパイロットではなくオペレーター。

 名前はノビィ君。

 これがまた、私の推しのテンプレ、見事にそのままで。

 素直で真面目でまっすぐ。パイロットとしての能力はないけど、時に主人公たちの力になろうとするあまり、無茶な出撃しちゃう無謀な部分もあったりする。

 でも最終的にはオペレーターとしての仕事を全うし、主人公たちをしっかり裏から支えるようになるまで成長した。


 ジャスミンと中の人が同じというだけで気になり始めたノビィ君だが――

 数カ月後には、すっかり私はノビィ君推しになっていた。


 そして、ノビィ君がオペレーターとして必死で主人公たちの力になろうとしている頃に。

 ジャスミンはといえば、ライバルの一人を自分のミスで墜落させてしまい、またもや引きこもり、しまいには仲間の女の子をストレスの吐け口にしようとしていた。



 ここに至って、私の心はすっかりジャスミンから離れてしまった。

 愛梨と同じように、人気キャラを好きになりたい。そう思って推し始めたはずの彼。

 でも結局私は、ジャスミンを好きにはなれなかった。

 むしろ気持ち悪い、嫌いのレベルまで達してしまった。

 自分の心は騙せない。一時的に騙せたかも知れないけど、決して長くは続かない。



 だけどそうとは知らず、愛梨は相変わらずジャスミンを推し続けていた。

 私の心はすっかりノビィ君の虜。そんなこととは夢にも思わず、愛梨は遂に同人誌即売会にまで足を運んでいた。

 私も彼女に誘われ、しぶしぶ即売会に行ってみたことはあるが――


 会場はジャスミンの本で溢れていたが、ノビィ君の本は勿論、マルダーロボのサークル自体がほぼ皆無だった。

 そんな会場を見渡しながら、完全に目をハートマークにさせている愛梨。


「うわぁ~、あっちにもこっちにも素敵なジャスミン君がいっぱ~い!

 ねね、恵梨。楽しいでしょ? 一緒に同じもの好きになれるの!」


 心から楽しそうにはしゃぐ愛梨。

 そんな彼女を見ていると、どうしても言えなかった。私の心がすっかりジャスミンから離れているなんて。

 カフェレボの本で溢れまくっている会場の中で、私は密かにマルダーロボの、ノビィ君の本を探したものの、遂に一つも発見出来なかった。

 大きくため息をつきながら、愛梨から渡されたオススメのジャスミン本とやらを、何の気なしにめくってみると――



 そこに描かれていたのは、男と男が半裸で組んずほぐれつしている姿。

 組み伏せられているのは、アニメよりもやたら美形に描かれたジャスミン。

 彼を押し倒しているのは、一番のライバルであり理解者でもあるアッサム先輩だった。



「が……は……っ!」


 思わず気分が悪くなって、その場に座り込んでしまった。

 慌てて駆け寄ってくる愛梨。


「わ、恵梨!?

 どうしたの? 鼻血出ちゃった?

 あ、そうか。恵梨はBL初めてだもんね。この本凄くイイけど、初心者にはちょっと刺激が強かったかも……ごめんね!」


 違う。断じて違う。

 私は断じて鼻血など出していない。

 真っ赤ではなく真っ青になってる顔色が分からんのか貴様はぁ!!




 そんなこんながあって。

 私にとってジャスミンは最早推しでも何でもなく、ただただ気持ち悪い存在と化してしまった。

 即売会の帰り道、愛梨と交わした会話は忘れられない。


「ねぇ、愛梨。

 ジャスミンを好きな子たちって、みんなあんなこと考えてるの?」

「え?

 あんなことって……あぁ、BLのこと?

 全員じゃないと思うけど、結構多いと思うよ~

 私も最初読んだ時はびっくりしたけど、恵梨もそのうち良さが分かるって」

「正直、あまり分かりたくない世界だなぁ。

 特にアッサム先輩って、ジャスミンの一番の理解者で、作品の良心的存在でしょ?

 それをあんな風に……」

「サムジャスって言って、カフェレボ界隈では最大勢力だよ。

 少し年上のライバル兼先輩とのカップリング、鉄板だよね~」

「そうじゃなくて」


 私は正直、ショックだった。

 今の今まで、私は推しをそういう目で見たことはなかったから。

 いや、全くないとは言わない。だけどそれは――


「私は普通に、推しは自分で抱きしめたいし、抱かれたい。

 勿論現実ではそんなこと出来ないけど、だからって男同士でそういうことをするのなんて、考えたくない。

 第一、アッサム先輩はジャスミンに、絶対あんなことしないと思う。

 それにジャスミンが誰かとそういうことするなら、やっぱりヒロインのレイカとじゃないの?」

「う~ん、なるほどねぇ……

 恵梨は夢女子だったかぁ」


 残念そうにため息をつく愛梨。

 そんな彼女に、私は思い切って言おうとした。

 私には既に、ノビィ君という別の推しがいるってことを。

 もう私の心は、ジャスミンからは――


「あのね、愛梨。

 私、実は……他に、ちょっと興味あるアニメがあって」

「え? 

 今、カフェレボ以外でめぼしいアニメなんてあったっけ?」


 大きな目を見開きながら、首を傾げる愛梨。

 あぁ、駄目だ。言いづらい。



「あ、あの……

 マルダーロボ……って、いうんだけど」



 愛梨を見ないようにしながら、私がおずおずとそう呟くと。

 一瞬、私たちの間に不気味な沈黙が流れた。

 何を言われたのか理解出来ない。そんな表情でまじまじと私を見た愛梨。

 そして、次の瞬間。



「ぷ……

 あ、あはははははははは!!

 ま、マルダー? ま、マwルwダwぁ、ロwボ?www」



 爆発したかのように腹を抱えて笑い出す愛梨。

 っていうか、一文字一文字に草生やすな、鬱陶しい!!


「わ、笑うことないでしょ!

 一見古臭いロボアニメに見えても、ストーリーもキャラもちゃんとしてて……」

「あ、あはは、あはははは、ま、まwるwだwwあwww

 いや、もう駄目、やめて恵梨、私笑い死にしちゃうよ! ま、まる……まる……あはははははははwww」


 道のど真ん中で笑い転げる愛梨を、私は怒鳴ることも出来ず冷めた視線で見つめるしかなかった。

 そして決意した。金輪際、マルダーロボ関連の話は、愛梨にだけは一切振らないと。

 勿論、ノビィ君のことなど言えるわけがない。こいつに何を言われるかなんて目に見えている。




 そして、高校生活も終盤にさしかかった年。

 私と愛梨は、推し絡みで最大の衝突をすることになる。



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