自分を騙して人気キャラを推しましたが、やっぱり好みの眼鏡君を推したい!!~推しの人気がないので幼馴染が煽ってくるわ忠告してくるわ爆笑されるわで大変です~

kayako

その1 真面目で素直な眼鏡君の何が悪い


 私と愛梨あいりは、昔からの幼馴染。

 愛梨は積極的で流行にも敏感な明るい子。対して私は、比較的おとなしくマイペースで目立たない子供だった。

 服や髪型も、愛梨は派手めの赤系が好きだけど私は緑系が好きだったり。

 そして普段はそこそこ仲が良いけれど、とあることになると何故か喧嘩になる。

 それは――



「ねぇ恵梨えり、あんたまたそんなヘンなヤツ好きなのー?」



 それはまだ、私たちが小学5年の頃。

 クラスで大人気だった少女漫画『いつでもいっしょ』に、私たちは二人とも滅茶苦茶ハマっていた。

 但し、愛梨が好きなキャラと私が好きなキャラは、全く正反対のタイプで。

 愛梨はいつもヒロインと喧嘩ばかりしている、屈折した性格の日向ひゅうがという男の子が。

 私はヒロインに対して真っすぐに愛情を捧げる、雪村君という男の子が好きだった。

 雪村君は本当に素直で真面目で頭も良く眼鏡も可愛くて、クラスの委員長もやったりしている。真面目すぎるせいか抜けてるところもあるけど、そこがまた可愛い。

 対して日向はしょっちゅう誰とでも喧嘩するわ周りを傷つけまくるわ、ことあるごとに拗ねまくるわで、毎回のようにトラブルの原因となっていた。

 しかし――


 世間一般で人気があるのは、圧倒的に日向の方だった。


 愛梨や他の子たちは、真っすぐだけど地味な雪村君にはまるで目もくれず。

 出番が多かったのも、カッコイイ場面が多かったのも、最終的にヒロインの心を射止めるのも、全部日向の方。

 一方で雪村君は、最終話の頃には完全にただのお人よしのモブと化していた。

 そんな雪村君が好きだった私を、愛梨は散々バカにしてくれた。


「ホント、恵梨ってばそーいうモブ好きだよね~!

 幼稚園の頃からずっとそう。日向君みたいに普通にカッコイイ人気キャラ好きになればいいのに、いつもいつもモブばっかり……」

「も、モブじゃないもん!

 雪村君は地味だけど真面目で優等生ないい奴だもん!

 愛梨こそ、なんで日向君なの? あんなイジメっ子の根暗なひねくれ者のどこがいいのか、分かんないよぉ!!」

「ふふ、だから恵梨はおこちゃまなんだっての♪

 日向君のようにカゲを背負ったオトコのミリョク、分からないかなぁ?

 いつもニコニコ優しいだけのオトコなんてつまらないじゃない、そっけない中にもふと見え隠れする優しさと強さ、そういうミリョクを理解してこそ、オトナのオンナってもんよ♪」


 歌うように調子こきまくる愛梨。

 小学生の分際で、何いっぱしに大人を語ってたんだか。

 だけどその時の私は何も反論出来ず、雪村君の魅力を愛梨に語ることも出来ず、ただ口惜しさに歯噛みするしかなかった。

 何と言っても、世間の大多数の女子は日向派。雪村君が好きだという女子は、少なくともクラスには誰一人いなかった。



 このように、昔から愛梨と私は常に『推し』で喧嘩してばかりだった。

 そしてその争いに共通するのは、

 愛梨は大概、いわゆる影を背負ってどこかひねくれたオトコが好きで。

 私は普通に、真面目で優しそうでひたむきなタイプが好きだったということ。


 さらに、9割以上の確率で、愛梨の推しの方が世間人気も圧倒的というのが――

 腹立たしいことに、認めざるを得ない事実であった。

 ――愛梨を筆頭に、世間の女ども、マジで見る目がない。

 小学生の頃から、私はそう思っていた。



 **



 そして中学の時。

 またしても愛梨と私は、『推し』で対立した。

 火種となったのは、『奇種伝承レッドリーフ』という妖怪モノのアニメ。

 愛梨の推しは、戦いに巻き込まれたヒロインをいつも颯爽とカッコよく助けに現れる半人半妖の男・ゲッペイ。

 一方私の推しは、ヒロインを陰から頭脳で支える瓶底眼鏡君。名前はロキノン。

 絵に描いたような臆病なオタク君で、しかもロリコンの気があったが、それでも私は彼が好きだった。普段はヘタレに見えても、ほんの時折見せる芯の強さが好きだった。

 物語が進み戦いが激しくなるにつれ、その芯の強さが際立ってくる展開も大好きだった。


 しかし例に漏れず、世間大多数の人気は圧倒的にゲッペイ。

 そりゃそうだ。毎回毎回、ヒロインをカッコよく助けに現れるキザ男なんて、人気が出ない方がおかしい。しかも半分妖怪という宿命まで背負い、基本的に人間嫌いでヒロイン以外には心を開かない。こういう奴は日向と同じく、だいたい謎の人気が出る。

 グッズもとにかくゲッペイ中心で、他のキャラは完全にオマケ扱い。

 私のロキノンなんて、いないもののように扱われることさえあった。


 そしてここに至り――

 愛梨は真剣に、私に忠告してきた。



「ねぇ恵梨。

 あんた本気で、推しのタイプ考えた方がいいよ?」



 たまたま私の家に遊びに来た愛梨は、テーブルにゲッペイの写真集を広げながら呟いた。

 っていうか、推しじゃない野郎の写真集なんか見せびらかされても、不快なだけなんだけど?


「はぁ? 何でよ」

「だって、さすがに恵梨が可哀想で。

 あんたの推し……あのロリコンオタクだっけ?

 キャラポスター、一人だけハブられてたじゃん」

「ロリコンじゃなくてロキノン!

 ヘタレな面が強調されてるから分かりにくいかも知れないけど、ロキノンだってゲッペイに負けないくらいカッコイイんだよ?

 最終回近くで、身を挺して仲間を守った場面なんて私、何回リピートしたか分からないよ。

 あのヘタレだったロキノンが、こんなにも成長して……

 この物語はロキノンの成長物語だったんだって、私本当に感動したんだから!」

「でもさ。

 ロキノンには写真集やフィギュアやぬいぐるみやピンバッジ、出てる?

 ほぼないでしょ、一つも」

「…………」


 悔しいが、愛梨の言う通りである。


 この作品についた女性ファンはほぼ99.9%がゲッペイのファン。ゲッペイよりもロキノンが好きだなどというモノ好きは、多分この国で私以外にいるかというレベル。

 畜生、何でだ。何でみんな、ロキノンの真っすぐさや芯の強さが分からない!?


「恵梨、仕方ないよ。

 だってあのロリコン、どう見たって顔がモブ眼鏡だもの」

「もう一度ロリコン言ったらマジではたくからね」

「私はもうマジで言ってるよ、恵梨」


 愛梨はすごく真剣に、ゲッペイの写真集を広げたまま私を見つめてくる。


「私、心配なの。

 恵梨は男の真の魅力というものが分からないまま、大人になっちゃうんじゃないかって」

「……はい?」

「恵梨の推しっていうのはだいたい、優しさが分かりやすいよね。

 真面目とか、明るいとか、いつもニコニコしてたりとか」

「そうだけど、それの何が悪いの」


 ブチギレ寸前の私を、まるで母親の如く懇切丁寧に説得しようとする愛梨。


「悪くはないけど、それって表面的なものだよね?

 影のあるニヒルな男の魅力、少しは理解しないと。

 男は優しいだけじゃダメ。普段冷たく見えても、たまに見せる不器用な笑顔、そして内に隠された脆さや弱さ、それがいいんじゃないの~」

「普段ヘタレに見えても、たまに芯の強さや男前なところを見せてくれるってのはダメなの?」

「それでもアレ、ただのモブリーマンでしょ~?

 過去を背負ってなお運命に立ち向かうダークヒーローこそ至高、激しい戦いの中でそれでもヒロインを守ろうとする男こそが」

「ロキノンも仲間の女の子、身体張って守ってたよね?

 っていうか、ゲッペイってさ。ヒロインを守る前にやられること多くなかった?

 逆にヒロインに守られることの方が多くなかった?

 実は言うほど強くないよね、あいつ。

 ロキノンに助けられなかったら負けてた回もあったよね?」

「違う違う、そういうことじゃないのよ……恵梨」


 いかにも分かっていない、と言いたげに頭を振る愛梨。

 どういうわけか涙目だ。


「私、さすがにもう嫌なの。

 男の真の魅力を理解出来ず、グッズにも恵まれないまま、親友がクラスの片隅でぼっちになっていくのを見るのは」


 う。それを言われると、さすがに反論出来ない。

 他の友達がゲッペイゲッペイと盛り上がっている中、私だけは話の輪に加われずに教室の片隅で本を読んでるなんてことも、しょっちゅうだった。

 別にぼっちという自覚はないんだけど……

 確かに、好きなキャラの話で友達と一緒に盛り上がることが出来ないのは、少しばかり不満ではあった。

 ついでに言うと、グッズが欲しくないと言ったら噓になる。



「たまには私……

 恵梨と一緒に、同じキャラを愛でたいんだよ」



 そう言いながら、本当に寂しそうに長い睫毛を伏せる愛梨に、私は何も言えなかった。

 そんな彼女の手元には、風呂上がりらしき上半身裸のゲッペイの絵がばーんと置かれていた。

 さぁ俺を好きになれよと言わんばかりに。

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