第103話 アフィリエイト呪文ブログ 上
怪異退治組合やつか支部の事務員、
海風というのはもちろんさくらちゃんの住んでるアパートのことだ。
組合は先だってさくらちゃんにアンケートを頼んでいたのだが、いつまでたっても解答がないので、相模くんが直接回収におもむいたのである。
宿毛湊はその同伴だった。
アパートの駐車場で待ち合わせると、相模くんはいかにも申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「お忙しいところ、わざわざ来ていただいてすみません。支部長が、誰か狩人さんに同行してもらえってうるさくて。アンケート一枚ですから、僕だけでも大丈夫だったのに……」
相模くんの言う「すみません」には「無報酬なのに」という意味がこめられている。宿毛湊はやつか支部で活動する狩人ではあるが、現在は業務委託を受けるフリーランスの立場である。こういう細々とした手伝いに対しても、本来は謝礼金を払わねばならないのだが、なかなかできないのが実情だ。
ただ働きだとわかっているのに、宿毛湊は嫌な顔ひとつしなかった。
ぶっきらぼうな、いつもの無表情である。
「一応、こういうのも組合の業務ですからね……。魔女の家を訪ねるわけですから、誰かに同伴してもらったほうがいいと思います」
相模君は「魔女」とつぶやいて、しばらくポカンとしてしまった。
なんだかんだ結構さくらちゃんとはよく遊んでいる間柄である相模君は、諫早さくらが魔女であることをすっかり忘れつつあったのだ。
薄々そのことを察していた宿毛湊は露骨に眉をひそめた。
諫早さくらはあまり魔女らしくない。
もちろん魔女のイメージなんて人それぞれ、実態だって千差万別だが、それにしても諫早さくらは怠惰で引きこもりで性根が少し卑しく、魔女の自由型すぎるところがあった。
「怪異退治組合やつか支部でーす!」
ふたりが訪ねていくと、どうやら取り込み中だったらしい。扉のむこうから「いま手があかないの。勝手に入って!」というさくらの声が聞こえた。
それからガチャリと鍵があく音がする。
扉を引くと、リビングから激しい銃撃戦の音が聞こえてきた。
さくらはゲームのコントローラーを抱えていた。
自室にいるにしては珍しく化粧をばっちりして、毛玉のついたやつじゃなく、ちゃんと外行きのセーターを着ている。左肩のところが大きく空いた、健康的な肌見せが楽しめるおしゃれニットだ。
「諫早さくら、アンケートを出し忘れているだろう」
「アンケート!? アンケートって……なんだったっけ……!」
「また書類関係をためこんでるんじゃないだろうな」
「あっこら、勝手に触らないでよ! 後すこしで終わるんだから!」
モニターの中では激戦が繰り広げられている。
さくらは数十秒ほど後に歓声を上げた。
どうやら勝負には勝ったらしい。
それから、デスク脇に積み上がった書類の山の中から「これかな」と封筒を引っ張り出した。
相模君はその封筒に見覚えがあった。
領収書といっしょにアンケートを同封し、送ったのは彼自身だったからだ。
「封筒から出してもいないじゃないか」
「うるさいわねえ。どーせどうでもいい内容なんでしょ」
「そうとは限らない」
「なになに……アフィリエイト呪文ブログについての情報提供をお願いします……? 何よこれ」
「あのう、なんでもいいのでご存知のことを教えていただけたら……。あ、口頭でも構いません」
相模君がメモ帳とボールペンを取り出すと、さくらはむっと嫌そうな顔をした。
「アンケートっていうから何かと思ったら……。これ、あんたたちの仕事に関わる情報提供なんでしょ? そういうのはちゃんと依頼にしてよね」
「すみません……。これは東京本部から回ってきたアンケートでして、やつか支部の予算は回さないというのが支部長のお考えです……」
しょげかえる相模くんの二度目の「すみません」も「タダです」の意味だった。
本当は「調査協力」とかいう形で報酬を払わねばならないところを「アンケート」という言葉でごまかそうとしているというのは、かしこい相模くんも薄々察していたところである。
情報は換金性をもつ。
さくらもカスミを食べて生きているわけではない。
いつも遊んでくれるお友達だから、という理由で割引サービスを連発していたらあっというまに破産してしまう。
「……ま~、しょうもない内容だし、あたしも大して詳しく知ってるわけじゃないからいいけどね」
「流石さくらさん。やさしい!」
「もっと言って」
「頼れるお姉さま!」
「それ以上はいけない。また天狗になるぞ」
ほどほどのところで宿毛湊が釘をさした。
「あんたたちが知りたいのは、あれでしょ。最近、話題になってる『しごでき呪文ブログ』」
さくらが言うと、相模君は首をかしげた。
「しごでき呪文……ブログ……?」
「え~知らないの! すっごい話題なのに。ねえホリシン、見せてあげなさいよ」
「え? ホリシンさんがいるんですか?」
さくらちゃんが声をかけたのはデスクの上に置かれたパソコンだった。
パソコンは通話画面になっており、モニターの向こうにはやけに大きなヘッドホンをつけたホリシンがいた。
『さくらさ~ん! 配信中に勝手に抜けたら困りますよぉ~!』
「あれっ、ホリシンさんだ。お久しぶりです。配信中って、さくらさんもホリシンさんの番組に出てたんですか?」
「仕事よ仕事。負けたら半顔メイク動画撮らせてあげるって約束なの」
「へ~。おふたりって仲がよかったんですね」
「そういうわけじゃないけど、事件で知り合ったときに連絡先を交換しておいたのよね。あいつも同じ町に住む魔法使いだから」
ホリシンは嫌そうな表情を浮かべている。
『ンも~! 人使いが荒いんだから!』
ホリシンは配信を中断して、とあるブログを共有して見せてくれた。
『皆さんの仰ってるのはコレですよね。最近、SNS中心に話題になってる呪文ブログです。我々後天的魔法使いの間でも結構やばいんじゃないかって注意喚起が出回ってる案件ですよ』
「あのう、このブログって、いわゆる“いかがでしたでしょうか?”系ブログですよね」
表示されたブログはごく普通の……といっていいかどうかわからないが、よくある内容の薄っぺらな量産記事に酷似していた。
つまり、みんなが興味のありそうな話題……「アニメ」「漫画」「医療」「健康」「美容」「芸能関係」などについて、大して中身のないまとめ記事を多数掲載し、閲覧数を稼いでアフィリエイトで収入を得るというこすっからい商売である。
そうした記事の最大の特徴は文章の末尾が「いかがでしたしょうか」で締めくくられており、相模君が指摘したように『いかがでしたでしょうか系』と呼ばれることもある。おそらくはそうした情報商材マニュアルに基づいて書かれているのだろう。
「そうよ。ここ何年か、魔女や魔法使いたちが使う『魔法』についてまとめるブログが増えてきてたのよね……」
相模くんは表示されたブログに並べられた呪文を眺めながら、思いっきり眉をしかめる。
「なになに、美肌になる呪文……頭がよくなる呪文……雨の日に頭が痛くならなくなる呪文……? これを読んだアナタは明日からモテモテ……収入が二万円アップ? うわあ、わかりやすくあやしいですね」
「もちろん内容はウソばっかりよ。魔法使いや魔女は誰も相手にしないわ。あたしらにはカヴンがあるしね」
「カヴン? ってなんですか?」
メモを取りながら首を傾げる相模くんに、宿毛湊が説明する。
「魔女団のことです、相模さん。だいたいの魔女や魔法使いたちはカヴンというグループに属していて、情報交換や共同での儀式を行うことになっています」
「それってなんだか、さくさんにはあまり向いてなさそうな活動ですね?」
さくらは声を荒げる。
「失礼な! あたしだって所属してるカヴンくらいあるわ! そりゃ……人数はちょっと少なめだし……インターネット上に拠点を持つカヴンだけど……」
さくらの声は、最後のほうはかなりの小声であった。
伝統的な魔女のカヴンは対面で活動するものだが、インターネットが発達した現在では、さくらのカヴンのようにウェブ上で活動するグループも多い。
「とにかく、私たちは新しい魔法を覚えたかったら、情報収集はカヴンでするの。あやしいブログを見ることなんて絶対にないわ。ホリシンみたいに趣味で魔法を使ってる連中がどうしてるかは知らないけど……」
『あれ? もしかして疑われてます? 俺達だって、落ちぶれたとはいえ一応は学会ってものがありますから! ちゃんと正しい情報をもとに魔術を使ってます! そのへんは競技魔術の方々と一緒ですよ』
相模くんがちらりと宿毛湊を見ると、狩人は頷いた。
宿毛湊や五依里のような競技魔術出身者には部活動という受け皿があった。きちんとした社会人チームもあり、あやしいブログに頼ることはない。
『ただ……魔法界の指導者不足はずっと指摘があったんですよね。民間の家庭教師とかもいるにはいますけど、正しい情報をどれくらい発信できているかというと……』
知っての通り、日本では魔法の立場は年々衰える一方だ。
競技魔術は以前ほど盛んでなく、ホリシンがやっていた魔法工学は学問ごと消えてしまった。そしてそういう学びの場が消えると、たちどころに指導者も消える。
一般の人たちが正しい魔法に触れることもなくなり、あやしい噂が立ちのぼるようになる。
そのひとつがアフィリエイト呪文ブログだった。
「こういう呪文って、魔法を勉強したことなくても効果あるんですか?」
『まさか! さくらさんも言ってましたけど、アフィリエイト呪文ブログに掲載されている魔法は全部デタラメです。……でもいま流行ってる呪文は少し違ってて。数ある記事のなかで、これは“効果ある”って話題なんですよね』
うすっぺらな文章の合間に無料の写真素材集からオフィス画像を貼り付けただけのシンプルな画面が表示される。
画像全体はモヤがかかったように加工されていた。
「なんか、これだけ読みにくいですね」
『ハイ。妨害用のフィルターをかけさせてもらってます。普通に検索すれば見れますけど、やめたほうがいいですよ。効果があるってことは、何かしらの魔法がかかってるってことですから』
その点はさくらも同意見であった。
「いまのところ誰がなんのために呪文を広めてるのかわからないから、あんたたちの仕事じゃないなら近寄らないに越したことないわ。絶対検索しちゃだめよ。さ~、ホリシン! 次が運命の最終戦よ!」
そうして、さくらとホリシンはゲームの世界に戻って行った。
相模くんはぺこりと頭を下げ、アパートの部屋を出た。
宿毛湊とふたり揃って外に出て、扉をしめたところで、ガチャリと勝手に鍵がかかった。
相模くんはドアノブをじっと見つめながら言う。
「……これも魔法なのかなあ」
「まあそうですね」
「ですよねえ、お盆のとき、ホウキで飛んでましたもんね」
さくらちゃんが魔法を使っているところをあまり見たことのない相模くんにとっては、それは驚くべき発見だが、宿毛湊にとってはそうでもないらしい。
「それにしても、さっき見せてもらったブログ、なんだか薄気味悪いですね。誰がなんのためにあんなブログを書いてるのかなあ。やっぱり、お金もうけですかね」
「それを調べるためのアンケートでしょう」
「魔法のことって、全日本魔術連盟が管理しているんじゃないんですか?」
「あれも怪異組合と同じで、元は有志の団体なんです。それに、正しい情報かそうでないかをわざわざ信頼できる情報源までさかのぼって確認する人はなかなかいません。確認したとしても信じるかどうかはまた別の話ですから」
「そっかあ……」
アパートの外付け階段を下りると、目の前をゆっくりと郵便物が横切っていく。
「わっ!」
郵便物は、空を飛んで諫早さくらの部屋まで行くと、扉の新聞受けに飛び込んでいった。
こうしてみると魔法というのは案外たくさん身の回りにあるのかもしれない、と相模くんは思った。
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