第75話 呪いのVRゴーグル(中)


 ホリシン曰くさくらの意識は現在VRゴーグルに取り込まれている。

 ゴーグルを外すことに意味はなく、ゲーム機本体の電源を落とすのが一番てっとり早いとのことだ。


「これが普通のFPSだったら、迷わず自衛隊案件でしたね」


 的矢樹はため息を吐いた。

 的矢樹にため息を吐かせるとは、なかなかのものである。

 さくらが『イカちゃん』のゲームにハマっていなかったら、住宅街はいまごろ阿鼻叫喚あびきょうかんの大惨事である。死者が出ていた可能性もある。

 インクを撃ち合う人類にとってはほぼ無害なゲームだから無事だったのだ。


「先輩の魔法が効いているうちに電源を落としてしまいましょう。それからゴーグルの入手経路を問いただせばいいですよね」

「それなんだが……事はそう簡単に済まないんだ」

「えっ?」


 宿毛湊はふところから四角いカードを取り出した。

 駅前のたこ焼き屋が手作りしている紙製のポイントカードに押された赤いタコのはんこは、残りひとつ。


「これが最後のポイントカードだ……。昨晩の仕事でストックを使い果たしてしまい、魔法を使うためのリソースがない」

「ええっ!」


 最後のはんこも八割方金色に輝いて消えつつある。

 宿毛湊が使う米国式魔術メソッドは通貨を原動力にして効果を発揮する。もちろん現金を使っていたら残高がいくらあっても足りないので、やつか支部では使わないポイントカードやベルマークの寄付を募っていた。

 宿毛湊も近所の小学生を少額で買収しポイントカードを集めているが、近頃は紙製のポイントカードは電子化の波に押されて、そもそもの絶対数を減らしていた。


「先輩、残り時間はどれくらいですか!?」

「あと十秒もない」


 さくらが繋ぎとめられていた魔法のくさびから解き放たれる。


「そこをどけっ! あたしが最強じゃあーーーーっ!」


 勢いよく放出された黄色のインクが男たちを間抜けな黄色に染め上げんとしたその瞬間、いきなり紫色の稲光が目の前で弾けた。


「スクモさん、あぶなーい!」


 狩人たちの前に、巨大な獣が立ちはだかる。


「こんどはなんだ、鮭か!?」

「久し振りだねスクモさん……!」


 雷電をまとう獣の傍らには、なにやら見覚えのある少年がいた。

 少年は傍らに羽の生えた妖精のような妖怪・花魄かはくと雷獣を従えており、プラスチック製の銃のおもちゃを手にしている。


「賢太くんじゃないか! どうしてここに!?」


 彼は以前、妖怪バトル武者修行の旅の途中、やつか町に訪れたヨーカイザーの使い手、西古見賢太にしこみけんたであった。


「危ないところだったね。間に合ってよかったよ」

「まさか、助けに来てくれたのか?」

「いえ、おじいちゃんから『わしがフリマアプリで買ったVRゴーグル、うっかり盗まれてしまってゴメ~ンね』って伝えて来いって言われました」


 事情を知らないホリシン以外、全員のため息が深くなった。





 西古見賢太の祖父、西古見博士にしこみひろし氏はヨーカイザーの製作者であり九州の一部地域に『妖怪バトル』なるはた迷惑な風習を流行させた張本人である。

 彼は著名な陰陽家であると同時に気合の入った子どもむけ玩具マニアであり、自宅に多種多様なおもちゃをコレクションをしていた。

 実は大村先輩がフリマアプリで売り払った呪いのVRゴーグル――もはや呪いというしかない――の買い手の正体は西古見氏であったらしい。


「先月、おじいちゃんの家に泥棒が入ってコレクションの一部が盗まれてしまったんです」


 その中に大村先輩のVRゴーグルが含まれていた。

 幸い盗まれたコレクションには追跡装置が仕掛けられており、その行き先がやつか町だったことから西古見氏は孫の賢太くんを派遣したとのことだった。

 そんな話を宿毛宅の居間で、お茶を飲みながらしつつ、賢太くんは大きなキャリーケースを差し出した。

 家の表のほうでは賢太くんのキズナ妖怪である雷獣のライゴウと、さくらが戦っている。

 賢太くんから住宅街を破壊しないこと、そしてさくらに雷を落とさないことを約束させられた雷獣はなすすべなくインクまみれになっている。宿毛宅の茶の間には「くい~~~~ん」とか「きゃう~~~~ん」と鳴くイヌ科動物特有の哀れな悲鳴が聞こえていた。


「助けになるかはわかりませんが、おじいちゃんから秘密兵器を預かってきました。お納めください」

「これはこれはご丁寧に……」


 キャリーケースの中に納められていたのは四つのVRゴーグルだった。

 さくらがつけているものよりも小型で軽く目もとを覆うだけでいい。動きやすそうなモデルだ。


「おじいちゃんはあのゴーグルを改造して四人対戦が可能なヨーカイザー専用VRゲームを開発するつもりだったんです」

「四人対戦が可能なヨーカイザー専用VRゲーム……!?」


 宿毛湊は一瞬、やつか町よりも大事件に発展しそうな気配を察知し眉間に皺を寄せた。


「これを装着すれば、今オリジナルのゴーグルでプレイ中のゲームに割りこむことができます。美人な魔女さんを倒してリスポーンさせれば、数十秒間の隙が生まれるはずです!」


 その間にアパート海風に忍び込み、ゲームの電源を落とせば怪異はおさまる。


「……それより君の妖怪フレンドの力を借りることはできないのか?」

「あ、僕は、お母さんから電子ゲームはやらないように言われてるんで、パスで」

「どちらかというとヨーカイザーを禁止すべきだろう」

「まあまあ、それよりさくらさんのほうを何とかするのが先ですよ、先輩」


 話せば話すほど眉間の皺が増えていくようだった。

 仕方なく四人はゴーグルを装着することとなった。四人というのは宿毛湊と的矢樹、相模くんとホリシンである。


「どうして僕が~?」


 巻き込まれたホリシンは半べそをかいていたが、協力すれば処分期間を短くするよう配慮すると言われて納得した。

 とはいえ、ホリシンや相模くんが免許も持たぬ素人だというのは間違いない。

 宿毛湊がそれほどまでに四人という数にこだわったのには訳がある。


「さくらは強い。俺たちが仕事や家事の合間をみつけては、ちまちまとプレイをしていたのにくらべて、基本は在宅仕事リモートワークのあいつは最低限の衣食住をこなしただけで一日中ゲームにログインしていた。すでに一人用モードは隠しステージまでクリア済み、オンライン対戦モードも最高ランクに到達している」


「根っからのゲーマーなんですね!」と相模くんが感心して言う。

「仕事って何してるんですか?」と的矢が辛辣しんらつなことを言う。


「それに何より持ちブキが悪い。調べたところ、あいつの武器は作中でも屈指くっしの攻撃力を持ち、射程もかなり長い。フルチャージまで時間が必要という弱点はあるが、射程勝負になったらまず勝てない。なぶり殺しだ」


 基本的に『イカちゃん』たちのゲームは一部の特殊なブキを除いて、相手を倒すときにインクの弾を数発当てなければならない。

 最初に当てた弾から相手が倒れるまでの速度をTTK(タイム・トゥ・キル)またはキル速と呼ぶが、さくらが所持するブキはこのキル速が異様に速い。フルチャージした状態ならば最速に近いだろう。

 つまり、さくらの弾を一発でも食らったら、まず助からない。逃げたり回避することができずに確実にリスポーン地点送りにされるということだ。

 それでいて射程が長いということは、さくらの周囲にはかなりの距離の安全圏があり敵にとってのデスゾーンが形成されることになる。

 基本的に、こうした撃ち合いゲームの対面戦闘は長い射程があるほど有利だ。

 弾が届く距離が長ければ長いほど強い。

 正面きって戦うのはまず無理だ。


「唯一、さくらに対して射程有利が取れるのが的矢のブキだな」


 的矢樹が使うのはスナイパー・ライフルタイプの銃で、長射程が売りだ。

 直撃さえすれば作中最長の射程で一撃必殺を狙える。

 問題があるとすれば、ゲーム発売からこっち、ちゃんと仕事をこなしていた的矢樹はそれほど練度が高くない。

 狙撃銃タイプのブキは連射力がないため、発射位置が特定されてしまうと、二の手三の手が打てないという欠点がある。また長射程という利点以外にはこれといった長所がないブキでもあり、チームの足枷あしかせになりがちなのが難点だ。

 まあ、どんなゲームでも言えることだが、すべてにおいて秀でたブキというものは存在せず一長一短があるのだ。


「プレイヤースキルでおとっている以上、俺たちは数で攻める作戦でいくぞ」


 そう言った宿毛湊に対して、的矢樹は不思議そうな顔つきである。


「あのう、死んでも本当に死ぬわけじゃなくてリスポーンするだけなんですから、何度も死に戻ってがむしゃらに猛攻をかければ、さくらさんも一度くらいは倒せるんじゃないですか?」

「そういう戦法が取れるのはお前だけだ」

「あのあと書類の書き方ぜんぶ忘れちゃったじゃないですか!」


 命が存在しないゲームの中では、死はあまり意味がない。

 しかし、トロピカン・サマーアイランド同様、意識や魂を取り込むタイプのゲームは別だ。誰しもインクまみれになって死ぬ仮想体験はしたくないものだ。

 そのあたりを含めると、宿毛チームはいっそう不利になるのだった。

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