第73話 イカちゃんがインクをパチャパチャするゲーム


 怪異退治組合やつか支部の狩人、宿毛湊は大型電気店のゲーム売り場にいた。

 今日は人気ゲームの三作目が発売される日である。

 特に怪異が発生したとかいう情報はないのだが、人気のゲームや玩具の発売日は殺された転売ヤーの霊が列に並ぶことがあり、狩人たちが交代で見張ることになっている。

 とはいえ近年ではゲームソフトもダウンロード販売が当たり前になって限定版でも出ない限り狩人の仕事はほとんどないも同然だ。

 午前中には監視を切り上げてもいいことになり予定のない午後が残された。

 喫煙室で煙草を吸いながら時間を持て余しているとスマホに連絡が入った。


『ちょっと宿毛湊、聞いたわよ。あんた朝イチでゲーム売り場に並んでるらしいじゃない? あたしのぶんも買って来なさいよ。もちろんパッケージ版ね』


 それは誰あろう隠してもしょうがないのでいうが、やつかの魔女、諫早いさはやさくらからのメッセージである。

 宿毛湊はべつにゲームを買うために電気屋にいるわけではないが、どこかで情報がねじ曲がって伝わったのかもしれない。マメタあたりが怪しいだろう。

 訂正するのも面倒臭くなり、言われるがまま財布を開く。

 そこでもうひとつのメッセージがグループチャットに投げ込まれた。


『サンテン堂スキッチ持って宿毛湊の家に集合!』


 そういうことになった。





 電気屋から戻ったときには、自宅の居間には狩人の的矢樹まとやいつき、事務員の相模さがみくん、諫早さくらといういつものメンバーが勢ぞろいしていた。

 ちゃぶ台の上にはジュースやポテトチップスが並んでいる。

 いくら田舎とはいえ戸締りはしっかりしていたはずなのだが。


「……的矢、合鍵使ったか?」

「や。ふつうにマメタくんが開けてくれました」


 マメタは「イカちゃんがインクをパチャパチャするゲームやるんでしょ! マメタしってる! はやくやろう!」と言っておめめをキラキラさせている。

 今一度、防犯教育をし直さなければダメそうだ。


「まーまーいいじゃない、今日はお祭りよー? とはいっても、私、このゲームやるの初めてなんだけどね~」


 諫早さくらは上機嫌に宿毛湊が買ってきたパッケージ版を奪い取った。

 すでに相模くんや的矢樹はダウンロード版を購入したようだ。


「僕、FPSははじめてです。的矢さんはどうですか?」

「俺もモンハンくらいしかやったことないですね。でもこれTPSらしいですよ」

「えっそうなんですか?」


 相模くんが不安げに訊ねるが的矢樹も薄らぼんやりとした返事である。

 要するに流行に乗せられて勢いで集まってみたものの誰も内容をよく知らないのである。知っているのは唯一、子どもたちと集まってゲームをすることの多いマメタだけだ。


「イカちゃんがインクをパチャパチャするゲームはねー! イカちゃんが四人あつまってインクをパチャパチャってして、おもしろいの! タコもいるよー!」

「う~ん……とりあえず、チュートリアルだけでもやってみましょうか」


 相模くんが言った。

 不本意な流れではあるが集まってしまったものは仕方がない。

 しかもみんなフルプライスで買っているので、後には引けない。

 宿毛湊は物置に行き、以前、もらったまましまい込んでしまったゲーム機を引っ張り出した。





 チュートリアルを行った結果「イカちゃんがインクをパチャパチャするゲームはイカちゃんが四人あつまって、インクをパチャパチャするゲームである」というマメタの言い分はあながち間違いでもないことがわかった。

 より正確にいうならば、それぞれインクを放出するブキを持ったイカたちが、地面にインクを塗り広げながら陣取りゲームをするゲームである。

 自分のインクを敵チームのメンバーにぶつけることでキルをすることもできるが、時間がたてばリスポーンしてくるので、あくまでも最終的な勝利条件はどれだけ多く塗り広げられたかだ。


「これがキッズたちに大人気なゲームなのね」

「キッズって言うな」

「なんか癖になるBGMですね。キャラクターもポップですし」

「あれっタコは俺だけ? さみし~」

「ねーねー、ブキって何を選べばいいのかしら。私ぜったい強いやつがいいわ。マイナーだけどテクニックがあるプレイヤーが使うと強い、みたいなのじゃなくめちゃくちゃメジャーで雑に使っても強くてどんな編成でも必ず入ってるブキがいいわ」

「攻略サイトをみろ」


 ブキははじめはわかりやすい銃タイプのものだけだが、ゲームを進めてランクがあがると、広範囲にインクを塗り広げられるローラータイプや筆のような形をしたもの、ワイパー型やバケツ型のものなど様々なブキで遊べるようになる。

 ワイワイとお菓子を食べながらゲームをプレイすること一時間。

 フレンドと集まる機能が解放されて、同じチームを組みながら、さらに一時間。

 時間は矢のように進んでいく。

 そのとき、相模くんが声を上げた。


「あの、ちょっといいですか? 言いにくいんですけど僕たち、びっ…………くりするほど負けてないですか?」


 そう、彼らはここまで全戦全敗という、地方の弱小野球部みたいな戦績を残していた。


「子ども向けゲームだと思っていたが、なかなか難しいな……」

「僕、シューティングゲームはいまひとつですから敵にインクが当たらないですし。足引っ張ってますよね」

「いや……そういう問題ではないわね。仮に素人が二人いたとしても、あたしや的矢はそこそこ当ててるわ。そうでしょうマメタロウ」

「マメタですー!」

「原因は別にあるわ。あんたよ宿毛湊」


 ゲーム機を手にしたまま、宿毛湊は驚愕きょうがくの表情を浮かべている。


「あんた……、さっきからみてたら、試合開始からこっち、ずーっと隅っこのほうでインク塗ってるばっかりじゃない」

「なっ……何が悪いんだ。インクを塗るゲームなんだから、丁寧に塗ったほうがいいだろう」

「そのあいだに真ん中らへんは大変なことになってるのよ! 押し寄せて来る敵を二人だけで押しとどめてるんだからね!」


 これは実は『イカちゃんたちがインクをパチャパチャするゲーム』において非常に初心者が犯しやすいミスであった。

 このゲームは最終的な塗り面積が勝敗を決める。

 なので、より丁寧に地面を塗らなければならないような気がするが実はちがう。

 とくにスタート地点の近辺は、試合が進むにつれて、戻ってくるタイミングが何度か生まれる。その度に少しずつ塗ればいい。

 それよりも試合開始直後はなるべく前に出て、敵チームの展開を見たり、長射程のブキが自分の有利なポイントに立とうとするのを妨害したほうがいいのである。もちろんデスしてしまうと意味がないので、前に出すぎも禁物だ。

 

「僕もけっこう、隅の方まで塗ってしまうタイプです……」


 ミスを指摘される宿毛湊を横目に、几帳面な相模くんが恥ずかしそうにうつむいた。


「このゲームは四対四の撃ち合いで、フィールドもあんまり広くないわ。二対四なら圧倒的に相手が有利だし、押し込まれたら永遠に巻き返せないわよ」

「そうはいっても、あまり撃ち合いをしたことがないから、どこへ行って何をすればいいのかわからないな」

「えーっと、先輩のブキは、相模くんのブキよりちょっと射程が長いですから、相模くんの背中が見えるところでフォローしてあげたらいいんじゃないですかね」


 首をひねる宿毛湊に的矢樹がアドバイスを送る。

 そこで青い顔をしたのは、相模くんだ。


「あれ、ということは、もしかして僕が最前線にいなくちゃいけないってことですか?」

「そういうことになりますかね~。逆に相模くんが意図的に下がったり、デスしてしまうと、全員が後ろに下がらなければならなくなって最終的な塗り面積が狭くなっちゃうってことだと思いますよ」

「えーっ」

「ちょっと、的矢樹。わかってたんならわかった時点で言いなさいよ」

「俺は先輩のすることは全肯定する彼くんですので」

「それはつまりただのイエスマンの職場の厄介くんでしょ……。まあいいわ、これを踏まえてもう一回チャレンジしましょうよ」

「面目ない。俺もまわりを見ながら行動しようと思う」


 作戦を立てなおし、万全の体勢で試合に挑む。ブキを変えたり試行錯誤を繰り返しながら勝てたときの喜びは何ものにも代えがたい。

 しかし、しばらくしてまた負けの波がやってきた。

 何回目かの敗北で、宿毛湊が誰かが持ち込んだブザーを鳴らした。

 卓上に置く丸いスイッチタイプのものだ。


「さっきから、さくらが敵陣営の奥深くまでもぐりこんで、そこでデスするのを繰り返している気がするんだが、バグか……?」


 何度かブキを変えて、今は宿毛湊がスナイパーライフルのような長射程ブキを、さくらは「たくさん塗れる奴持ってみたい」と言って短射程のブキを持っている。


「ほら、ひとりで相手の陣地に切り込んで、後ろからはさみ撃ちとかカッコいいじゃない」

「冷静に考えてくれ。ひとりが敵陣の奥深くに切り込んだら、残された俺たちは三人だけになる。敵がさくらを倒すか、あるいはすり抜けた場合、四対三になってこちらが不利になり、さくらも敵チームとの間で四対一になるので容易に全滅する」

「ウッ……! そう言われてみればそうね」


 ひとりだけがひっそりと相手陣地にもぐりこむことを『裏取うらどり』というが、これは初心者がやりがちで、でも初心者にはなかなか難しい作戦だ。

 残された仲間の防衛力がかなり強いか、それとも相手チームに切り込むひとりが対面戦闘に異常に優れているプレイヤーでなければ、ほぼ成り立たない。

 とくに敵チームとのパワーバランスが拮抗きっこうしている場合にはリスクの高い戦法だった。

 攻められているときは、四人が連帯してがまん強く戦い、前線を少しずつ押し上げていくしかない。勝利に最短距離はないのだ。

 その後も何度となく、赤く光る丸いブザーが鳴り響いた。


「誰だ、ホコを放置したまま前線に行ったやつ! 敵に盗まれたぞ!」

「長射程の方ヤグラに乗ってくれませんか? 僕、このステージだと何もできないんですけど」

「短射程こそ乗りなさいよ」

「さくらさん、でかいアサリを持ったままウロウロしないでくださ~い、敵から位置バレまくりヘイト買いまくりで~す」

「うるせー、てめーが入れてみろ!」

「あと一個でおっきいアサリになるのに、どうしてみんな恵んでくれないのかな?」


 時に意見を違え、時に口汚く罵りあい、イカちゃんたちの夜がふけていくのをマメタは楽しそうに見つめている。


 なお、この日はまったく怪異の絡まない日だと思われていたが宿毛宅の前には、夏の名残りの『思い出アイスキャンデー』の屋台が待ち構えていた。おそらく友達とゲームで遊んだことのないさくらのために出張してきたのだろう。

 屋台を見つけた諫早さくらが悪態を吐くまで、あと何時間かかるだろうか。


 さくらちゃん、まんめんみ。

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