第50話 狩人メシ


 狩人が現場で飯を作るドラマが流行している。


 どの方向からみても組合の肝いりで企画されたテレビドラマなのだが、ちょうどブームに火がつきはじめた頃あいの俳優を起用したことによってヒットし、雑誌に特集記事が載ったり、関連書籍が出たり、なかなか評判が良い。上層部は映画化を狙っているともっぱらの噂だ。


 ちなみにドラマの内容はというと、怪異退治の要素はあまりなく、主人公が仕事先でちょっとした野外料理を手作りして食べるというグルメものだ。


 ドラマに対して現役狩人の反応はいろいろであるが、最終的には久美浜良孝くみはまよしたかの意見に集約されるだろう。


「僕らの言う現場ってほとんど普通の民家とかだから、メスティンとかガスバーナー持ち込んでご飯を作りはじめたら迷惑だろうね」


 平日は小学校の教師をしている狩人は、しみじみとした口調で言った。

 怪異退治の仕事は意外なことに住宅街や学校や職場などの市街地であることが多い。

 山やら海やらにも怪異はあるが、人が住んでいないなら、とくに退治する必要がないからだ。

 事務所のワゴン車には兼業狩人の久美浜と雄勝おがつ、後部座席に専業の的矢樹まとやいつき宿毛湊すくもみなとが乗っていた。

 窓辺に見える景色は緑が続く。

 やつか町から車でおよそ二時間の山の中だ。

 先日、強風で倒れたやしろの建て直し作業の監督に呼ばれ、作業を終えて帰るところだ。


「昔かたぎのじいさんが保存食こしらえてたって話は聞いたことあるがなあ。乾燥フルーツとか木の実とかを動物のアブラで固めたやつ。専業さんはそのへんどうなの?」


 ハンドルを握りながら、雄勝さんが眉をしかめる。

 食にこだわりがある人にとって、狩人の伝統食はとても口にできたものではないのだろう。


「一応、長期保存できる食べ物は携帯してますよ。シリアルバーとか。でもできれば、それ食べる機会は来ないでほしいですよねぇ」

「わかる。僕、昔、学校に三日間閉じ込められたことがあるんだよ!」


 的矢の返事に、久美浜が結構な修羅場しゅらばネタを繰り出した。

 怪異退治の仕事の大半は長くとも一日で終わることが多い。

 食事もコンビニや飲食店が利用できるので、保存食が必要になるのは相当な非常事態だけだ。トロピカン・サマーアイランドとか。

 なんとなく遠足気分で話がはずんだところで、雄勝さんがにやりと笑った。


「そろそろ昼飯時だな。どうだ、この先に美味いそばを出す店があるんだが。ちょっと寄って行こうぜ!」

「うわっ。雄勝さん、珍しくハンドル握ってると思ったら。最初からそれ目当てだよね」


 久美浜さんはあきれ顔である。


「独身の若者と違ってな、家族があるとなかなか好きなものも食べれないんだよ。こういうときだけなんだ、だから、なっ?」


 雄勝さんの懇願こんがんするような声は、主に後部座席の専業狩人ふたりに向けられている。ちょっと頼りないながら、全体のスケジュール管理をしているのは組合所属狩人の的矢であり、的矢の監督役が宿毛湊だからである。


「ん~、そうですね。作業も思ったより早く終わりましたし、寄り道しても怒られないと思いますよ」

「やったね! いや~今日の現場がココって聞いてから、絶対行きたいと思ってたんだよ」


 雄勝さんオススメの蕎麦そば店は見晴らしがよくて景色の良い渓流けいりゅう沿いにあり、素材にこだわった十割蕎麦をお手頃価格で提供してくれる店だということだ。

 いやというほど陽射しにさらされて汗をかいた労働者には染みわたる話だった。

 本日土曜日。

 一般の社会人にとっては休日であるので、これくらいの楽しみも許されるだろう。

 しかし、駐車場に到着しても、後部座席の二人組は車を降りることは無かった。


「えーっ、二人はお蕎麦食べないの?」


 久美浜さんがおおげさに驚いた。

 的矢は苦笑するしかない。


「はい。俺たちはコンビニで買って来てるので……」

「そんなの、後で食べればよくない? まじめな宿毛くんはともかく、的矢くんまで……」

「僕ら、現地調達は絶対するなって叩きこまれてるんですよ。仕事中は、特殊なケースを除いて製造元と流通ルートが確定してる食べ物以外は口にできないんです」

 まるで取り付く島もない返事だ。

 狩人の仕事の流儀は地域性が出る。

 やつか支部出身の狩人はよく言えば臨機応変で悪く言えば緩いのだが、東京本部で教育を受けたこの二人組はとくに厳しい印象だ。


「ああ、怪異に悪さされないようにってことか……」

「遠慮なく、雄勝さんと久美浜さんだけ食べてきてください」

 

 そのあと、食事を堪能たんのうしてきた兼業狩人ふたりの土産話にも、的矢と宿毛は涼しい顔をしていた。うらやましそうな素振りすらみせない。

 これには、兼業組の二人も、プロ意識の徹底された態度に感心しきりだ。


「こういう若い子に任せられるんだから、やつかは安泰あんたいだね」


 久美浜さんはしみじみとした口調だ。

 そんなこんなで四人を乗せた車は無事に事務所に到着した。

 報告が終わり、兼業狩人が去って行った後。

 二人の姿が事務所からすっかり見えなくなるのを待ち、的矢と宿毛は顔を見合わせる。


「的矢、さっきの店、ラストオーダー何時だった?」

「六時半です。道も混んでないし、飛ばせば全然間に合いますよ」

「…………行くか」


 こうしてプロ意識の高い二人組は雑務を放り出し、長い道のりを取って返したのだった。

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