第47話 ホリシン・サマー・バケーション(下)

 ニューゲームを選ぶと、的矢樹まとやいつきは復活した。


「いや~~、いきなり死ぬなんてビックリでしたね~~~~!」


 死んだ本人がケロっとした表情で呑気のんきに言った。

 同じゲーム世界に存在するホリシンを筆頭として他のメンバーは目の前で人が死んだという事実に耐え兼ねている。


「大丈夫なのか、的矢……」


 宿毛がおそるおそるたずねるが、本人は何故心配されてるのかわからない顔だ。


「え? 何がですか? むしろ死ぬ前より調子はいいですよ。体の疲れとかもみんなまとめてリセットされたってかんじで。ゲームっていいな~現実もこうならないかな~」

「現実でそういうことを起こさせないために俺たちが働いてるんだぞ的矢、わかってるのか」

「わかってますよ、先輩」


 的矢樹は砂浜にあぐらをかいてヘラヘラしている。

 さすがのさくらも、困惑顔だ。


「ちょっとちょっとソイツ絶対わかってないわよ。死の疑似体験なんて、普通の精神構造した人間だったら一発で精神崩壊してもおかしくないからね」

「へー、そうなんだあ……」

「なんで他人事なのよ」

「だって、どんな人間でもみんな最後は死ぬんですよ」

「一度しか死なないのよ! ふつうは!」


 どんな忠告も暖簾のれんに手押し、ぬかに釘だ。


「普通の精神……。じゃあ、あと何回かいけそうですね、的矢さんなら……」


 相模さがみくんが溜息まじりに呟いた。

 確かに、的矢樹は普通ではない。普通から三歩半くらい離れてる。

 もしかしたら、ジオラマに飲み込まれたのがほかの人物でなかったのは不幸中の幸いだったのかもしれない。


「もし問題なければ、次は僕にやらせてくれませんか、宿毛さん」

「こういうゲームやったことあるのか?」

「こう見えて僕は学生時代、銀河に千年帝国を築いた男なんですよ」

「よくわからないけど、そういうシュミレーションゲームがあるんだな」

「はい!」


 宿毛湊からコントローラーを託された相模くんは、意気揚々いきようようとモニターの前に腰を下ろした。銀河皇帝の名は伊達だてではなく、速やかにチュートリアルを終えて食物確保のために道を敷いた。ジオラマのふたりも懸命けんめいに働き、マンゴーや雑草を食い、手堅く生活基盤を整えて畑を広げていく。

 やがて収穫も得られるようになり、サマーアイランドの暮らしは安定しはじめた。


「さすが相模さん。かなり順調な攻略だ」

「でも、ちょっと疑問もあるんですよね。人口を増やすのが目的のゲームなのに、島には男が二人しかいないんです」


 そのとき、ジオラマから的矢の声がした。


「せんぱーい! 船、船が来ましたよーっ!」

「船?」


 みると、ジオラマの海にボロボロの漁船のようなものが浮かんでいた。

 船は二人のいる砂浜に近づいて来ていた。

 遅れてモニターにも『移民船が来た!』という表示が出た。


「なるほど、島の発展度合いによって、移民が島の外から来るシステムみたいだな」


 的矢とホリシンは移民たちの船を迎えるため、桟橋さんばしに向かった。

 人恋しさもあっただろう。宿毛たちと会話はできるとはいえ、ゲーム内の時間は二か月ほど経過しているのだから。

 移民船から記念すべき移民第一号が降り立った。


 しかしその手には、移民にあるまじき銃が握られていた。


 銃声が一発、高らかに鳴り響いた。

 的矢の体が後ろ向きに砂浜に倒れていく。


 モニターには『移民船は偽装海賊船だった!』という無情な文字列が並んでいた。


 相模くんはホリシンの一万円以上する高級コントローラーを壁に向かって振り上げる。


「やめるんだ、コントローラー破壊は台パンより恥ずかしいぞ!」

「いちまんきゅうせんはっぴゃくえん!」


 宿毛さんとジオラマ内のホリシンが同時に叫ぶ。

 乱心した銀河皇帝の代わりにコントローラーを握ったのはさくらである。


「仕方ないわね。普段はFPSばっかであんまりこういうのやらないんだけど、お姉さんが一肌ぬぐわ」


 さくらは相模くんのやり方を踏襲とうしゅうし、案外サクサクとゲームを進めていく。ゲーム慣れしたプレイだ。

 心配していた移民船も、次は偽装ではなく無事に島民として迎え入れることができた。

 働き手ができて畑を耕すのも楽になり、資源を採掘して海賊船の到来に備えて武器を開発する余裕もできてきた。

 さくらなのに極めて順調だ。


「ふふっ。どうかしら。これが大人の女の余裕よね」


 一筋の光明が見えた、というとき、相模くんが「あっ」と青い顔をして声を上げた。

 震える指先が画面の一部分を指さす。

 そこにはこのゲームのクリア条件が表示されていた。


「到達目標が15億人になってます!」

「中国の人口より多いわッ! ちっちゃな島のどこにそんだけ乗るってのよ!」


 怒りのあまりぶん投げたコントローラーを、宿毛が受け止める。

 さくらは相模くんのカッターシャツの胸元を掴み上げていた。


「せっかくうまくいきそうだったのに! 当てつけのつもりで黙ってたんでしょ、千年皇帝!」

「そのあだ名やめてくださいっ!」


 ゲーム内容がクソすぎて、短時間のプレイで既にプレイヤーの心は荒みきっていた。

 ゲーム会社が何故潰れたのか、こうなると何も不思議ではない。


「先輩、僕はどうすればいいですか」

「すまない。リセットするから、もう一回、蛇にまれてきてくれ」

「蛇は苦しいんで嫌です」


 崖の上から飛び降りて的矢は死んだ。

 世界で一番しょうもない死に方であった。


 その後も的矢樹は死に続けた。

 海賊に襲われて死に、嵐に巻き込まれ、津波に飲み込まれた。

 その度に三人はゲームをリセットし、島をより効率的に発展させる方法を探し続けた。

 小屋と畑しかなかった無人島はいつの間にか村になり、村が発展して町になった。

 的矢樹本来の魅力――顔面の――を発揮して町長になり、資源を採掘して商船と交渉し、諸外国と取引することで力をつける。

 その間にも相変わらず海賊たちは襲ってくるし、移民たちの土地や水をめぐる争いに巻き込まれた。町が発展するのはいいのだが、バーやナイトクラブのような娯楽施設ができると治安が悪くなり、ギャングが抗争を起こして流れ弾が飛んでくる。

 ヒットマンが送りこまれたこともあったし、婚約した女性キャラクターが的矢を後ろから刺したのは実に衝撃的であった。

 その度に画面に血文字が浮かぶ。

 ありとあらゆる手段で殺されながらも、的矢とホリシンは懸命に島を発展させ、とうとうサマーアイランドは独立国家を形成した。

 初代大統領、的矢樹の統治による独裁国家の誕生である。


「フハハハハハッ! 国民の支持率100パーセント! 外国から雇い入れた傭兵に二十四時間警護を受ける大統領様を殺せるもんなら殺してみい!」


 軍部の反乱が起きて、的矢は死んだ。

 それまで最高に調子に乗っていたさくらは、ホリシンのベッドで丸くなった。


「もう駄目だ。続きは明日にしましょう」


 時刻は夜の九時半を大きく過ぎていた。

 的矢がジオラマに取り込まれてから丸一日が経過している。

 宿毛がジオラマを覗くと、的矢樹は気持ちよさそうに砂浜で横になっていた。

 ホリシンは陽射しを避けて森の中で眠っている。


「……悪かったな、的矢。損な役回りをさせて」

「僕は先輩の役に立ててうれしいですよ。そのために東京から出て来たんですから」

「俺に義理立てしたって何もいいことはないぞ」

「そんなことないですよ。七尾ななお支部長のやり方は興味深いし、この町のことも好きです。、少しは考えを改めるべきなんですよ」

「無事に戻れたら何か奢ってやる」

「それもいいけど、ちょっとそこでにこっと笑ってくれません?」

「笑う? こうか?」


 宿毛がぎこちなく微笑むと、的矢も応じて微笑んだ。


「……そっちからはどう見えてるんだ?」

「もうここにはいないけど、いつでも遠くから見守ってくれる人っぽくなってます」


 的矢の目線の先には、青空いっぱいに浮かんだ半透明の宿毛の顔が浮かんでいた。





 翌日。

 早朝からゲームを再開した。

 ゲームをやっていて楽しい、とかいう気持ちはみじんも無く、最早作業である。

 考え得る限り最短のルートで島はメキメキ発達していく。パイナップルやマンゴー、鉱山資源を輸出し、国としての地位を確立したサマーアイランドは最早無敵だった。

 初代大統領の名のもとに国民は結束し、軍隊を組織し、要塞ようさいを作り上げて敵襲に備える。第一夫人と的矢の間には二男三女が生まれ、政権は盤石ばんじゃくだ。

 この調子で国民があと千人増えれば、目標人口も達成できる。

 ようやくこのクソゲーがクリアできる目処めどが立ったのだ。


「この状態から立つ死亡フラグがあるならかかってこんかい!!」


 コントローラーを持つ相模くんの隣で、寝不足のさくらがえる。

 それに呼応するかのように、海に黒い黒雲が立ち込めた。

 現れたのは海賊船だった。

 しゃれこうべの旗を立てた船団が、水平線に雲霞うんかのごとく並び立つ様であった。


「海賊イベントです。しかも、これまで見たこともない規模ですよ!」

「ここまで来てあきらめられるか! 迎えうてーっ!」


 サマーアイランド軍の船が次々に出航し、砲弾の火花を散らした。

 海軍の包囲網を抜けた海賊船が島に到着すると、船から降り立った人相の悪い荒くれ者どもが銃を乱射しながら町に迫ってきた。

 奴らは男たちを殺し、女子供をかっさらう。

 到達目標に迫っていた人口ゲージが急速に縮まっていく。

 これは最早、海賊との戦いとかいうほのぼのした語感では済まない。戦争だ。


「大統領親衛隊が戦力を集めて決戦を挑むと言ってきてますけど……」


 相模くんが戸惑いながら言う。


「宿毛先輩! その要請を受けてください!」


 ホリシンや第一夫人、子どもたちや側近と山岳地帯のとりでに避難していた的矢が呼びかけてくる。その手には銃が握られている。


「俺も砂浜に降りて戦います!」

「戦うって、的矢、お前……。架空の妻子にほだされたんじゃないだろうな」

「違います。ちょっと考えがあって……。先輩、俺の車から錫杖しゃくじょうを取ってきてください!」


 宿毛湊ははっとした表情を浮かべた。


のか?」


 問いかけに、的矢樹ははっきりと頷いてみせた。

 その直後、コントローラーを預けてマンションを飛び出した狩人を、相模くんが追いかける。


「宿毛さん、鍵はあるんですか」

「非常事態のときのために自宅と車の合鍵を交換してる。それより相模さん、ジオラマを持ってきてくれ!」


 来客用スペースに停めた車の後部座席に、鍵付きの箱が乗せてあった。

 箱を開けると、仕事のときに的矢が携えている錫杖が入っていた。

 これを持ってこいと指示したからには、的矢には何かが見えている。

 普通の人間には感じ取れないものの存在を、あのゲームの中に見出したに違いない。


「問題は、これをどうやってジオラマ内部に届けるかだな」


 狩人たちはジオラマを抱えて車に乗り込み、走らせる。

 ジオラマ内部では激しい戦闘が続いており、ちいさな砲弾が飛び出しては、揚げ物の油みたいにさくらや相模くんの腕や顔の上で跳ねた。

 しかし、どんなに小さい砲弾でも、小人サイズの的矢やホリシンにとっては命の危険がある強力な攻撃だ。

 せっかく耕した田畑は土ごと掘り返されて見るも無残な荒れ地になっていた。

 懸命に築いたバーやナイトクラブ、発電所や港や大統領府庁舎も破壊されて、町には瓦礫がれきが並ぶばかりだ。


「僕らのサマーアイランドが……」


 相模くんは悲しそうな顔つきだ。

 砦や要塞は激しい攻撃にさらされて穴ぼこだらけで、生き残った町の男たちが武器を持ち、家族に別れを告げ、決戦に備えている姿は嫌でも涙を誘う。

 宿毛湊が車を乗りつけたのは、自宅近くの『メゾネットやつか』と書かれた集合住宅であった。表札には『伊根いね』と出ている。


「突然すみません、伊根さん。よっちゃんの力を借りたいんです」


 頼ったのは、風呂を南国の海に変えてしまい、現在魔術トレーニング中の伊根家である。

 努力のかいあって、小学三年生のよっちゃんは最近では南国の海と風呂を切り替えられるようになってきていた。


「よっちゃん、風呂をジオラマの中の海にしてほしいんだ」

「むずかしそー!」

「入口だけ開けてくれたら、後はあたしがどーにかするわ」

「えー? へへへ……」

「よっちゃん、彼女は三十代だし、魔女だ」


 美人なさくらを見てモジモジするよっちゃんを何とか風呂に集中させようとすると、さくらがでしゃばる。


「三十代の魔女の何がいけないってのよ」


 ジオラマからは人々の絶叫がひっきりなしに聞こえてくる。

 よっちゃんのお母さんは不安そうだ。


「むーむむむむ。この海ってどんな海なのー?」

「クソゲーよ」

「お父さんがやって怒られたパチンコみたいなー?」

「それは別ゲーよ」


 そうこうしているうちに、浜辺では最終決戦の火蓋ひぶたが切って落とされた。

 海賊船からなだれのように押し寄せる海賊たち。

 的矢樹と大統領親衛隊、そして武器を取った民衆が激突する。


「大統領をお守りしろー!」

「大統領ばんざい!」


 的矢を守ろうとして肉壁になる男たちが、次々に銃弾に倒れていく。

 人の命がまるで木の葉のように散っていくのだ。

 それでも海賊たちは次々に現れ、勢いはおとろえない。

 ホリシンはかわいそうに、的矢の足元でブルブル震えていた。


「もう戦線がもたないわよ!」


 よっちゃんを膝に乗せ、宿毛湊は真剣に伊根家の風呂と向き合っていた。

 そのとき、南国の海の景色が立ち消えた。

 次の瞬間、そこは風呂とは違う、生命の絶えた静かな海に変わる。

 続いて水面に灰色の荒波が立ち始めた。


「さくら、今だ!」


 合図を受けて、さくらは錫杖を投げ槍のように風呂の水面に突き入れた。

 錫杖は意志を持った生き物のように水中に潜り込み、持ち主の元へと飛んでいく。

 海面から現れた錫杖を、的矢樹がキャッチした。


「確かに! ありがとうございまーす!」


 的矢はさらに、その錫杖を振りかぶり、投げた。

 錫杖が海面スレスレを矢のように飛んでいく。

 その先には、海賊帽子をかぶった大きな影があった。

 錫杖の先端が影に突き刺さり、光を放つ。


「ぐ、ぐわーーーーーーっ!」


 海賊船長が大声を上げる。

 光が影を吹き飛ばし、一瞬だけ、眼鏡をかけた若い男性の姿が現れた。


「大村先輩……!?」


 ホリシンが男に向かって呼びかける。

 大村と呼ばれた男は、戸惑うホリシンに複雑な感情がこもった目を向ける。

 しかし、最後は自分を恥じるようにうつむき、何も言わずに光の中に消えていった。





 その後、的矢樹とホリシンは無事にジオラマから解放された。

 どうやらホリシンが持ち帰った『トロピカン・サマーアイランド』にはゲームの開発者である大村隆の魂が怨霊おんりょうになって取りいており、犠牲者をゲームの世界に誘いこもうとして虎視眈々こしたんたんとチャンスを狙っていたようだ。

 何度も何度も唐突な死亡イベントが襲ってきたのはプレイヤーを殺して肉体を乗っ取ろうとしていたからじゃないか、と的矢が推測する。


「死亡イベントの度に、チラチラ怨霊の影が見えてたんですよね」


 しかし目をつけた相手が悪かった。

 的矢樹は何度殺されてもピンピンしていて、ゲーム内のことではあるが妻子までもうけ、大統領選挙にも当選し、乗っ取るどころではなかったのだ。


「先輩……昔はそんな人じゃなかったのに……」


 ホリシンはジオラマを抱き、目じりに悔し涙を浮かべている。


「さすがに遺品を引き取ってくれた後輩まで殺すのは気が引けたんじゃないですかね」


 そう言ってなぐさめる的矢は、ほんのり日に灼けていた。

 ホリシンは毛が絡んだトイプードルみたいだ。


「それにしても、あんな厄介そうな悪霊あくりょうをサックリ除霊しちゃうなんて、さすが寺生まれの的矢さんですね!」


 素直な相模くんがほめる。

 しかし、宿毛湊は渋い顔つきだ。


「あれは的矢の力じゃない……。あいつは修行してないから、僧侶でもない」

「えっ、そうなんですか?」

「そう。凄いのは錫杖だ。どっちかというと」


 感心する相模くんに、宿毛が解説する。


「あいつのじいさんは確かに憑き物落としで有名な人でな……。とっくの昔に亡くなってるんだがらしい。孫を守ってるつもりなんだ」

「えっ!? じゃ、じゃあ、僕らが見てたのはゲーム会社社長の悪霊VS的矢さんのおじいさんの幽霊対決だったってわけですか……?」


 宿毛は重々しく頷く。

 ともあれ二人が無事にゲームから出て来れたのは間違いない。

 一件落着である。

 それから、宿毛はホリシンを慰める的矢に声をかけた。


「そういえば的矢、ジオラマに吸い込まれる前に、何か言おうとしてなかったか?」

「うーん……。なんか、三百年くらい昔のことみたいに感じますね、その話題。何を言おうとしてたかなんて、すっかり忘れちゃいました」


 トロピカン・サマーアイランドのデータは綺麗さっぱり消えていた。

 おかげで老人になることだけは防げたものの、ゲーム内部の記憶は残っているので頭が追いついていないらしい。


 この精神状態メンタルの的矢樹と明日から通常業務に戻らなければならない相模くんは、この時点ですでに嫌な予感がしていた。


 翌日、普通に出勤してきた的矢樹は、案の定、書類の書き方を全部忘れてしまっていたという。

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