第26話 豆しば



 小学校の校門前に豆しば売りが現れた。

 人差し指の爪くらいの大きさの豆しばだ。

 色は赤か白。

 木でできたおりに入れられていて、キーホルダーの金具がついている。

 豆しばたちは檻のなかで退屈そうにせっていた。

 豆しば売りのおじさんは、散歩もエサもいらないよ、と集まった子供たちに説明する。

 一匹五百円。

 かっちゃんはちょうど、文房具を買うためのお小遣いをもらっていた。

 それで豆しばを一匹買った。

 背中や耳がほんのりげたバタートーストみたいな色をした豆しばだ。

 豆しばはちらっとかっちゃんを見たあと、退屈そうに溜息を吐いて、ほかの豆しばたちと同じように伏せってしまった。


 その後すぐに怪異退治組合がやってきて、店じまいになった。

 翌日、全校集会が開かれて、豆しばを買った者は名乗りでるように、と言われた。


 もしかして怒られるんだろうか。

 かっちゃんは怖くなって、持ち帰った豆しばを机の奥にしまいこんだ。


 そのことを思い出したのは何か月も後のことだった。

 久しぶりに机の中から檻を取り出した。豆しばはちゃんとそこにいた。

 でも、うずくまったまま、こちらを見もしない。

 その日はちょうど日曜日で、かっちゃんは檻を持って公園に行った。

 日曜日の昼はスクモのおじさんが公園のベンチで煙草たばこを吸っている日だ。


「もう死んじゃったのかな」


 かっちゃんが言うと、スクモのおじさんは吸いさしを手にしたまま、反対の手で檻を掴んだ。

 檻の中の豆しばをじーっと見つめている。

 そしておもむろに親指に力を込めた。

 接着剤でめられているいる部分がメキっと音を立ててがれた。


 檻の壊れたところから、豆しばがぴょんと走り出た。


 おじさんの手のひらから地面の上へ。

 三角耳とふさふさのシッポをピンと立て、小さなからだにぐうっと力を込めて、鼻先を風の吹いてくるほうへ向けている。

 黒々とした瞳がきらきら輝きだす。

 豆しばはちらっとかっちゃんのほうを見ると、さっそうと走り出した。

 明るい太陽に照らされた公園の地面や遊具や花壇かだんの上を、だれよりも速く軽快に跳ねながら飛ぶように走り、公園の外へと行ってしまった。


「節分の豆を芝生しばふの上にまいて放っておくと豆しばになる」


 スクモのおじさんは言った。


「豆しばは町を三日間走り回って、風と一緒に消えていなくなるんだ」


 それだけ言うと、煙草の吸殻すいがらを携帯灰皿に押し込んだ。


 ぼくの豆しばが……。


 かっちゃんはしばらく走り去っていった豆しばの後を目で追っていた。

 ずっと机のなかに押し込んでいたくせに、妙な喪失感が胸に残った。


 だけど、もう少しはやく檻から出してやっていたら友だちと仲良く街を走り回れたのかな……。


 かっちゃんの豆しばは三日間、気持ちよくやつかの町を走り回り、風に乗って消えていった。

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