第20話 ドッペルゲンガー相模 (上)



 相模さがみくんは怪異退治事務所やつか支部の事務員である。


 怪異に関わる仕事とはいえ、狩人と違って現場には出ないので、ほとんど事務仕事ばかりをこなして一日が終わっていく。ペットとして飼っている小さなおじさんのことをのぞけば、不思議なことも怪奇かいきなこととも関係ない。保守的な両親の望み通りに平凡で平和で穏やかな、実に優等生らしい毎日を過ごしている。

 しかし異変は仕事を終えてアパートに帰り、くつろいでいるときに起きた。


『相模、おめでとう! 結婚するんだって?』


 そんなメッセージがスマホのメッセージアプリに入っているのに気がついたのだ。

 発信者は高校のときの同級生だ。


「結婚………………?」


 まるで身に覚えがなかった。

 恋愛事とは大学を卒業して以来、全くお近づきになれていない。

 組合の仕事は圧倒的に女性人気が無く、事務所の関係者はまあまあ高齢の男性ばかりで、出会いというものが全くといっていいほどないのだ。

 もしかしなくても、人違いか何かの冗談の類だろう。

 そうは思っても何と返事をしたものか答えかねていると、すかさず別の友人からメッセージが届いた。


『これって相模君だよね。サプライズプロポーズとかやるタイプには見えなかったからビックリ。やっぱり大学で県外に出ると変わるんだね!』


 隣町のホテルレストランで働いている女の子からのメッセージには、写真が添付されていた。

 きれいな夜景が見える最上階のレストランで、女性の前にひざまずくタキシードを着た男性。


 その手には真っ赤な薔薇バラの花束が握られていた。


 ……絵に描いたもちのようなプロポーズの光景だ。

 少し遠目ではあるが、男は相模くんに似ているように見えなくもない。

 背丈や雰囲気は確かに似ている。

 しかし、最近では、こんなレストランで食事をした覚えがない。

 もしもプロポーズをする予定があったとしても、相模くんに限ってタキシードを着て薔薇を持っていくなんて真似まねはしないだろう。

 何かの間違いだと弁解しようとすると、すかさず今度は大学時代の友人からメッセージが来た。


『このSNSのアカウントって相模の? なんか印象変わったね』


 メッセージと共に送られてきたリンクをクリックすると、そこには『ホテルの最上階でサプライズプロポーズ』をはるかに軽く飛び越えていくような衝撃が待ち構えていた。





 翌日、事務所に出勤した相模くんは喫煙所に並んでいた七尾ななお支部長と狩人の宿毛湊すくもみなとに事の顛末てんまつというものを熱く聞かせていた。


「誰かが僕にんですよ!」


 昨夜、送られてきたリンク先は、相模くんが登録した覚えのないSNSのアカウントだった。

 実名で登録されたアカウントには、何枚もの自撮り写真が平然とアップされている。

 そこにはとんでもない姿の相模くんが写っていた。

 あるときは革ジャンをまとい、またあるときは、趣味の悪いシルバーのアクセサリーをジャラジャラと身につけている。

 顔立ちや立ち姿は確かに相模くんに似ているのだが、ヘアスタイルやファッションが全く違う。

 おまけに発言も痛々しく『若い頃はヤンチャしてた』とか『俺に触るとヤケドするよ』とか『地元の悪い奴らは大体友達』みたいな、見ているこちらが恥ずかしくなるようなことを平然と言ってのけるのだ。


「信じられないですよね! どう思います!? 僕は、これは警察に行ってもいいくらいの事件だと思ってます!」


 よほど腹立たしいのだろう。普段は煙草たばこのにおいが服に着くのを嫌い、喫煙所には絶対に近寄らない相模君だが、そんなことも忘れたように熱弁を振るっている。

 それを聞いた七尾支部長と宿毛湊は、そろって表情をくもらせた。

 とくに宿毛湊のほうは厳しい狩人の目つきだった。


「おいおい参ったね。ドッペルゲンガーだな、そりゃ」

「ですね……」


 二人は吸いさしの煙草の火を消して立ち上がる。

 戸惑う相模くんに、宿毛湊が説明する。


「その現象は怪異によるものの可能性が高い。ドッペルゲンガーとか、シェイプシフターを知ってるか?」

「ド……ドッペルゲンガー?」

「人間の姿形をまねて、その人になりかわってしまう怪異だ」

「あ……。小学校のときに、怪談の本で読んだことあります。それって何かまずいんですか?」


 相模くんは事態を今一つ把握できていない様子だったが、七尾支部長のそれからの行動は速かった。

 今日の予定を切り上げて、やつか支部の狩人は全員招集されることになった。

 宿毛湊のように専業で狩人をしている者だけでなく、資格だけ持っていて普段は他の職業をしていている兼業狩人も全員だ。

 手分けして名簿にある連絡先に電話し、事情を説明し、緊急の案件がない狩人は事務所に集合する。

 まず一番はじめにやってきたのは東京本部から研修に来ている的矢樹まとやいつきという若手の専業狩人と、やつか商店街にある酒屋との兼業の雄勝おがつさんだ。


「支部長、ご無沙汰ぶさた。ドッペルゲンガーが出たんだって?」

「珍しいですね。関東のほうでももう五年くらい出てないんじゃないですか」

「うちも前に見たのどれくらいだっけね」

「お前ら、ノンビリしてないでこっち手伝ってくれ!」


 七尾支部長が連絡先のリストを手に叫んだ。

 それを皮切りに続々と人手が集まりはじめ、最後に近所の小学校で先生をしている久美浜くみはまさんが現れた。

 事務所はあっという間に手狭てぜまになっていった。


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