四月十九日(火)夜 ゲームギャラクシー

 放課後、有平忠志は友人の敬太と夕飯を一緒に食べた後、そのままゲームセンターに向かった。母親の帰りは遅いし、門限も特にないので忠志も遊んでいくことにしたのだ。

 あれから敬太とはだいぶ仲良くなった。

 宿題を見せたり、帰りに寄り道したり、忠志も学校での孤独感がわずかに薄れた気がしていた。敬太の話によれば、母親はほぼ毎日外出をしており、ここ最近は会話もほとんどしていないらしい。そのせいか、敬太は学校でもどこでもよく喋った。笑って話す友人の顔を見ては、忠志も安心するのだった。そして、忠志自身も学校にいる間は家庭の悩みも忘れることができた。


 悩み――忠志はある男の姿を思い浮かべた。


 ――誰だったんだ、アイツ。


 突然、黒づくめの服装をした怪しげな男が忠志の家にやってきた。

 詳しい話は難しすぎてわからなかったが、土地のことで、隣の家と問題が起こったらしい。母親は終始毅然とした態度で応じていたが、いささか不安だった。隣人とはたまに顔を合わせれば挨拶はするものの、ほとんど交流はない。庭や石垣がどうとか言っていたが、あの石垣は父親が作ったという記憶がある。何のために作ったかは思い出せない。


 ――すごく、大切なものだった気がする。


「あ、今日は空いてるぞ」

 忠志は敬太の声に我に返った。当人はさっさとゲームセンターの中へ入っていく。

 家のことは考えても無駄だ。そう頭を切り替えて忠志も敬太の後を追った。


 駅前通りのゲームセンターに入った二人は、例の音楽ゲームの順番を待った。フロアを見ても数人のグループがいるだけだった。

 こんな日もあるのか。

 時間帯のせいかもしれないが、いつもより年齢層が高い気がした。

 大学生やカップル、仕事帰りのサラリーマンなどが同じようにゲームを楽しんでいた。

 順番待ちのマシンでプレイしているのは同じ高校の上級生たちだ。先ほどからチラチラとこちらを見ているのが不快だった。

 ちっとも終わらないと思っていると、一人目のプレイが終わったにも関わらず、グループの中で順番に遊び始めた。こちらは並んで待っているというのに。

 すぐさま敬太が気がついて、グループに近づいた。


 忠志はイヤな予感がした。


「おい、オレたち順番で待ってるんだけど」

「あ?」

 グループの一人が敬太を睨みつけた。

「お前、一年の聖川だろ。その態度なめてんのか」

「オレのこと知ってるの?まあ、オレはお前は誰だか知らねえけど。それよりルールは守れって言ってんの」

 残りの上級生メンバーも敬太に近づいた。逆に忠志はまったく足が動かない。


 ――おい、何てザマだよ。


 友人の周りを五人が囲んだ。忠志が迷っているうちに、上級生の一人が敬太の肩を押した。


「いてぇなあ。何だよっ」

 敬太の目に間違いなく好戦的な色が帯びた。


 どうしよう――。



「そこ、空いてるの?」



 突然、忠志の横で声がした。

 見れば、グレーのプラスチックの眼鏡をかけた男が立っていた。


「あ」


 先日、別店舗のゲームセンターで見かけた中高生みたいな男だ。

 忠志は間近で確認したが、やはり大人であることに間違いなかった。

 自分より十センチは背が低いが、よく見れば、着ているのは学校の制服ではなくて、ビジネススーツだった。


 小柄な男は、揉めている敬太たちをすり抜けて、マシンに小銭を入れた。画面が点滅して、大音量の曲が突然始まると、敬太も上級生たちも驚いて争いをやめた。そして、その小柄な男の姿を確認すると、敬太が声を上げた。


「あっ!お前は……この前の生意気なヤツじゃねえかよ。横入りするなよっ」

「あれ、並んでたのか?」

 男は悪びれた様子もなく、ごめんねと言った。

「ふ、ふざけんなよっ!」

 しかし、男は敬太を無視して、慣れた手つきで画面を操作し始めた。


 その時、上級生のグループが騒ぎ出した。


「あ、あれ?マジか?」

「どうした?」

「バカ、見てみろ!スコアだよっ。ありえねえよ!」

 忠志は画面のポイント数を見てみた。


 一二四万七千点。


 確かに、敬太の六十万点に比べると、かなりのハイスコアだ。


 上級生の一人が叫んだ。


「おい、あのコードネーム!」

「あ!」

「てぃ、ティラノさんだ!」

「スゲー!本当だ!こんな所にいた!」


 それを聞いて敬太も目を見開いた。


「ま、マジ?あの、カリスマ?」


 どうやら、例の猛者と呼ばれる噂の人物らしい。


 こんな、小さい人がカリスマ?


 すると男はプレイしながら振り返り、


「さっきから、うるさい。ガキども」

 と眠そうな目で言った。


「画面見てねえぞっ」

「てゆーか、なんつー速さだよ!」

 騒ぎを聞きつけて、フロアにいた他の客も次第に集まり出した。


 男は一回だけプレイを終えると、

「ああ、もう。うっとうしいから帰ろ。続き遊んでいいよ」

 そう忠志に言うと、マシンから離れた。

「え、ぼ、僕?」

「並んでたんだろ」

 男は眠そうな目で忠志を見た。

 すると敬太が男に近づいて言った。

「あ、あのティラノさんっていうんですか?何でも相談にも乗ってくれるという噂の」

 今度は上級生グループが殺到した。

「テメーふざけんな!年齢的にも常識的にも俺たちが先だろうがよ!」

 すぐに敬太が応戦する。

「何でだよ!ティラノさんはオレのダチに話しかけたんだぞ!」

 大騒ぎになりかけた時、小柄な男が静かな声で言った。

「その悩み相談とやらの噂はウソだ。あと、ゲーセンで喧嘩すんな」

 男が諫めると、はいっと全員が礼儀正しい返事をした。


 一体、どういう人間なのだ。


 カリスマと呼ばれる男はこちらを見つめる。そんな大物らしい人間を前に、忠志は緊張してきた。

「あの、僕は遊び方をよく知らないんですけど、その」


 しかし男が見ていたのは忠志ではなかったようだ。


 忠志の背後から黒い影が覆いかぶさってくる気配がした。

 振り返ると、身長が二メートル近くある外国人がニヤニヤしながら立っていた。


「おやおや、中高生たちの中でも驚きの小ささだなあ」


 その言葉を無視した小柄な眼鏡男は、他の客にゲームの続きを促した。喜んだ大学生の二人組みが遊び始める。しかし、レベルが高すぎたようで、十秒くらいするとゲームオーバーの曲が流れた。


 小柄な男は、敬太や上級生に向き直って言った。


「もう十時過ぎたぞ」


 おそらく帰れと言いたいのだろう。しかし、上級生たちはまだ何か話したそうだった。男は、躊躇する上級生グループに近寄り、顔を近づけると、とても柔らかい笑みを浮かべ、


「警察にお電話しちゃうぞ」


 と言った。その場にいた面々が、慌ててフロアを出て行く。おそらく通報されるのが怖いというより、この男の命令だから聞いたのだろう。最後に出た一人が、また来て下さいと叫んだ。


 忠志はカリスマと呼ばれる男をよく観察した。その顔がたいそう美形であることに驚く。何というアンバランスな人物なのだ。長身の外国人と思われた男も、よく見ると日本人のようだ。彫刻のような顔立ちだ。


「おいおい、少年たちが残念がってたじゃんか。相変わらず冷たいねえ」

「大人の優しさだ。それより。さすがにお前、あれはヤバいだろう」


 眼鏡の男があごで指し示した。

 

 ギターのゲームのそばに少女が立っていた。


「あーらら。よく見つけたなあ。付いて来ちゃって悪い子だ。んふふ」

「悪いのはお前だよ。まだ子供だぞ」

「もちろん、オレは十年先まで手をつけないよ。先行予約だ」


 その少女がゆっくり近づいてくると、自分と同じくらいの年齢に思えた。その風貌に、少しだけ見覚えがあった。


 ――もしかして、隣の家の子か?


 しかし自信がない。最後に見たのはいつだろうか。


 その時、後ろから敬太が声を上げた。


「あれ、お前もしかして……カバタ、葵中学の鹿端菜々美か?フルートの」


「せ、先輩?」


 思わず敬太を振り返った。

 まさか、こっちも知り合いだとは。

 確かにこれだけ若者が出入りしていれば、そういうこともありそうだが、敬太の顔は今まで見たことないような悲痛なものだった。

「何やってんだよこんなところで。危ないだろう?」

 少女はうつむいて答えない。

 友人は今度は大男に向き直った。

「なあ、アンタ。こいつどうしたんだよ?何でこんな時間にゲーセンうろついてんだよ」

「ふふふ、きっと、このステキなお兄さんに惚れて付いて来ちゃったんだね。それにしても、本名は鹿端菜々美ちゃんか。いやん、可愛い」

 大男が少女の頬をつつくと、少女が無言で大男の腕を振り払った。

 まるで状況が読めない中、忠志は、小柄な男がこちらを眺めていることに気づいた。目が合うと、男の眉が跳ね上がった。

「ちょっと待て。お前ら何歳だ。中学生か?明らかにさっきの連中と体格が違うぞ」

「今年から高校ッス」

 敬太が元気良く答えると、長身の外国人みたいな男が笑った。

「正直だねえ。嫌いじゃないけど、そりゃダメよ」

「え?」

 小柄な男も苦笑している。

「誕生日はいつだ」

「六月ッス」

「僕はこの前です。四月九日で十六になりました」

 敬太が驚いた顔をした。

「何だよ、忠志。誕生祝いしなきゃな」

 しかし小柄な男がそんな敬太を正面から睨みつけた。

「何がお祝いだ。お前はまだ十五じゃんかよ。六時には帰ってなきゃいけないだろうが」

「えっ?高校生はオッケーなんじゃないんスか?」

「ないんスよ。保護者同伴じゃない十六歳未満は法律で入店禁止だ」

 何やら小難しいことを小柄な男が言うと、隣にいた大男が誰かを手招きした。


 それは巡回していた二人の警備員だった。


「あ!」

 敬太も忠志も少女も大男を見た。それを無視して大男は一人の警備員に会釈をした。

「お勤め中恐れ入ります。彼らが家に帰るよう、ビシッと公的機関へのご手配お願いします」

 もう一人の警備員は、秀麗で小柄な男も連れて行こうとしたが、身分証を提示され平謝りをした。

 少女が叫んだ。

「ちょっと、ねえ嘘でしょ!」

「だから早く帰りなって言ったでしょう?おやすみ、リスカちゃん」

 敬太も叫んだ。

「ティラノさん!酷いっスよ!」

「だから、大人の優しさだって言ってるだろ」


 二人の妙な大人が立ち去るのを忠志も呆然と見送った。

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