第一 草 アネモネ 儚い恋 恋の苦しみ 希望
【 皮膚炎、水泡、化膿 】
2
このところ、街人の間で流行している病がある。
突然の高熱の後、皮膚炎が起こり、表皮が
癒術魔導士が躍起になって原因を探すが判らない。治癒術を使ってもその場
流行は南の魔女の陣地より始まった。いち早く病の存在に気が付いた南の魔導士により、他の陣地への拡大を防ぐことに成功したのは評価できるが、根本的な解決に至っていない。
南の魔導士ギルドの長ビルセゼルトは自ら現地に足を運び、病人の治癒にあたるほか、癒術博士や魔導薬草学博士に協力を要請し、根本解決を模索した。
その結果、予測通り、病が魔導術に由来するものであることは判った。
「まぁ、予測はついていた。我ら魔導士に感染者がいない。保護術で回避できるという事」
アウトレネルがワイングラスを眺めながら言う。魔導士は自らに保護術を掛ける事を日常としている。
「だからと言って、すべての街人に保護術を掛けて回るというのは現実的じゃない」
「とりあえず、魔導士が常駐している街では、街人に保護術を掛けろと指令を出すしかない。子どもから掛けていけ、なるべく強力なものを、とね」
「子どもからか、おまえらしい」
アウトレネルがクスリと笑う。おまえと呼ばれた男が
「子どもがいなくなれば、未来も消える。子どもを守るのは大人の義務だ」
と面白くなさそうに呟く。
「かと言って、完治させられない今、大人がいなくなるのも困る」
「判っているとも。子どもだけでは生き延びられない。だが現状の人手不足、簡単な保護術では意味をなさず、有効な術を使える者は数名だ。
しかもそれとてそう長く持たない」
うむ、とアウトレネルが
「そうだ、ビリー、どうやって南の陣地の中に病を封じ込めたんだ?」
おまえと呼ばれた男はビリー、南ギルドの長ビルセゼルト。
場所は南の陣地内グラリアンバゼルートの南、センスアルティム郊外、今回の遠征のためギルドが借り上げたホテルの一室。
ギルド長の執務室であり、宿舎を兼ねていた。
「陣地の結界を最高度の物にしている。南の魔女の権限で大地と風に命じ、病を逃すことを禁じた。さらにそこに私が、病不侵入を掛けている」
「なるほど・・・」
「いっそ、病の元を私が引き受けるか」
ビルセゼルトの言葉にアウトレネルが顔色を変える。
「馬鹿を言うな。流石のおまえも、すべての患者を引き受けきれない」
「だろうなぁ」
と、これにはビルセゼルトも苦笑する。
「いくら病耐性、毒耐性を備えていても、せいぜい街人十人分がやっとだ。下手をすれば自分に掛けた保護術が無効になる。魔導士患者一号となる」
ビルセゼルトが本気で考えているわけではないと、アウトレネルが安堵する。
「ビリー、おまえは勤勉実直と言われているくせに、時々びっくりするほど大胆なことをする。特に施術については予想できない」
アウトレネルがそう言うと、ビルセゼルトは『何のこと?』とでも言いたそうな顔をした。
「まぁ、そんなところもおまえの魅力なのだろうけれど・・・近くにいる俺たちはそのたび冷や汗をかく。間違ってもジョゼを泣かせるようなことはするなよ」
ジョゼとはビルセゼルトの妻、南の統括魔女ジョゼシラを指す。
その頃、魔導界は北と南に分割され、それぞれ南ギルド、北ギルドと呼ばれていた。一年ほど前に起きた九日間戦争が原因だ。
戦争前には始祖の王ゴルヴセゼルトが
そして魔導士ギルドは東西南北の統括魔女を選定し、それぞれの魔女が己の陣地を守っていた。
それが、星見魔導士が『
北の魔女は示顕王を、災厄を
そしてサリオネルトの死罪、西の魔女の胎内にいた子の引き渡しをギルドに求める。
ギルドは、示顕王は災厄を鎮める者とし、更に、示顕王の出現までは誰が示顕王か不明とし、サリオネルトの処刑も子の引き渡しも認めなかった。
北の魔女は、ギルドの決定を不服とし、宣戦布告する。
その結果、戦火の中、生まれた子は、一旦、南の魔女の居城に保護されたものの、その後、行方不明となる。
そしてサリオネルトとその妻は、西の城と運命を共にし、落城の中、命を落とした。一説には妻の死は出産によるものとも言われる。
サリオネルトの死と、
当時のギルドはそれを認め、魔導士ギルド、魔女ギルド、ともに南北二つに分割された。統括魔女は、南と東が南ギルド、北と西が北ギルドの権限の許に置かれ、それぞれの陣地の統治権をそれぞれのギルドが有した。のちに魔導史で『灰色の記憶』と呼ばれる時期の幕開けである。
「それよりレーネ、サラが
ビルセゼルトがアウトレネルに微笑む。
が、当のアウトレネルは浮かない顔だ。
「妻はもともと体が弱い。俺が、ギルドに行かず、街住みになったのは妻のためだ」
「よくないのか?」
「癒術魔導士は出産に
「そうか・・・ジョゼが生まれるときも、ジョゼの母親に出産は無理だと癒術魔導士が言ったそうだ」
「ソラテシラ様が出産に堪えられない?」
「ダガンネジブもレーネのように迷ったそうだよ。まぁ、ソラテシラの場合は年齢的なものだったそうだが」
「でも、ジョゼは生まれ、今も元気。ソラテシラ様も、とんでもなく元気」
アウトレネルの言葉にビルセゼルトが吹き出す。
「そうだね、ソラテシラはいまだに毎晩ダガンネジブを困らせるそうだ。いい加減お
「相変わらず仲が良い事で」
今度はアウトレネルも笑いだした。
「冬には生まれる。たぶん息子だ」
そう語るアウトレネルの顔は嬉しそうだった。
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