雪に抱かれて花と咲く

寄賀あける

序 草  アマポーラ       別れの悲しみ

【 炎症 】

1

暖かな陽の光、穏やかな風の匂い・・・二度と戻れない静かに過ぎていくあの時間。男の子が楽しそうに笑う声が聞こえる。


「ビリー、ここだよ。早く登っておいで」


木の上から僕を見下ろす黄金色のサラサラと流れる髪、木漏れ日と混ざり合って、なんてまぶしいのだろう。


サリー、待って、今、そこに行くから。


もう少しで追いつく。楽しげに僕を見詰めるのは大事な弟、いつもは里親に預けられて、なかなか会えない僕の大切な双子の弟。


サリー、もうすぐだ、もう手が届く。ほらサリーが座っている木の枝に、僕の手が届いた。


なのに、なぜ、そんな悲しそうな顔をする? あっ! 枝が! 枝が折れた ――


急激な落下に、ビルセゼルトの体がビクっと動く。


「サリー・・・」


ゆっくりと上体を起こし、サイドテーブルの水差しの水をコップに注ぐ。そしてコップを取りもしないで、てのひらを顔にあてる。


何度、同じ夢を見た事だろう。そのたびに思う。


夢だろうがサリオネルトに会えた、と。


そして、もう二度とサリオネルトには会えないのだと、まざまざと実感する。


会いたい。もう一度、あの笑顔が見たい。もう一度、あの声が聞きたい。


いや、『もう一度』なんかじゃない。ずっと、ずっと、傍にいてくれるものだと思っていた。そう疑うことなく信じていた。


木登りに興じた少年の日々・・・あの頃が戻らないのと同じ、サリオネルトも戻らない。


サリオネルトは命をけて自分の息子を守った。


サリオネルトはもう死んだ。


あれからそろそろ一年経つが、ビルセゼルトの傷は癒えない。


どうして助けられなかった、と自分を責める。


責めたところでサリオネルトは戻らない。判っていても自分を責めずにいられない。


もし自分が、もっと強かったなら、もっと知恵があったなら、あるいはサリオネルトを救えたかもしれないと、そんな考えが捨て切れない。


溜息をついてから、コップの水を飲み干し、横になる。夜明けにはまだ遠い。もう少し眠らなければ明日に響く。


明日はグラリアンバゼルートに行かなくてはならない。


我が領土におかしな病がはやり始めたとアウトレネルから報告があった。街の魔導士たちでは手に負えないと言ってきている。


明日、おもむくのはグラリアンバゼルートの南部、センスアルティム。あそこには当家の街屋敷がある。


サリオネルトを追うように母が逝き、そこに住むのは父ひとりとなった。


その父も、かなり弱ってきたと聞いている。たまには顔を見せに行かなくては。


そしてあの庭を、二人で登ったあの木を、木漏れ日を見てくるのも悪くない。


そんな時間が取れるのかな? もう一度、今度は軽い溜息をついてビルセゼルトは目を閉じた。

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