狂乱
「いやあーーーーーー!」
「なにあれ?」
「え? え? 飛び降り?」
「やだ、気持ち悪くなってきた……」
「怖い怖い! 怖いよ!」
教室中や、学校のあちこちで悲鳴が響いた。
葉月の隣の生徒も、顔を真っ青にして震えている。
彼女の他にも、数人が窓の外を見てしまったようで、窓際の一番前の席の子が嘔吐した。
教師も混乱し始めている。
「葉月! 大丈夫?」
かさねが叫んで、葉月のもとへ駆け寄ってきた。
葉月は震える手で、かさねの腕をつかんだ。
「人が、飛び降りた、鉄塔から」
「ほんとに?」
かさねは見ていなかったらしい。
騒然とする教室のドアが、すごい勢いで開いたかと思ったら、すっかりパニックになった繭が駆け込んできた。
「かさね! 葉月! あれ、あれ……どうしよう、私、私見ちゃったよ!」
涙でべしょべしょになった真っ青な顔で、葉月に抱き着いてきた。
繭の乱入で、教室はさらに混乱する。
「落ち着いて、繭」
「どうしよう、ハアッハアッ……わ……わた……っし……」
どうしたのだろう、葉月がおろおろしていると、かさねが繭の背中に手を置いた。
「落ち着いて、落ちてついて繭。過呼吸になっちゃうよ」
かさねの努力もむなしく、繭はまるで、呼吸の仕方を忘れたかのように、焦点の合わない目で不規則に息を吸って、ふらりと倒れ込んでしまった。
廊下からも、誰かが倒れるような音がしたり、教員たちが「落ち着きなさい」と叫んでいる声が聞こえてきた。だが、混乱した空気の中に、その絶叫は逆効果でしかない。
「一体……何が……?」
繭を抱きしめて、震える声でつぶやくことしか、葉月にはできなかった。
その後、臨時休校となった。
学校には見たことがないくらいの数の救急車がきて、繭も病院に連れていかれた。
葉月とかさねは寮の部屋に帰らされたので、かさねのタブレットでネットのニュースチャンネルを見ていた。
画面には、モザイクのかかった秀花の校門と、たくさんのマスコミが映っている。
『本日、午前九時頃、こちらの私立の高校で一斉に生徒たちが体調不良を訴え、救急車が多数出動する事態となりました。原因は、集団パニックということです』
「集団……パニック?」
葉月が呟くとかさねが、すぐにスマホで検索した。
「集団に発生するパニック症状? なんか心霊スポットでも多く発生するっても書いてる。誰かがパニック起こして、それにつられてみんなでパニック起こすって感じかな?」
なるほど。字面そのままの現象か、と葉月は思った。
呼吸すらうまくできない状況になった繭の姿は、確かに「パニック状態」と言うにふさわしいものだった。
ニュースチャンネルの画面は切り替わり、土曜日に葉月たちが通った、鉄塔の入り口が見える道路の近くが映った。ただし、道路に規制線がはられ、警察官が立っていて、葉月たちが鉄塔を眺めたあの場所までは行けなくなっていた。
『生徒たちは、あちらの、見えますでしょうか、木の間からわずかに見えている、あちらの鉄塔から飛び降りる人影が見えたと訴えているとのことです。そのため、現在も警察がこちらを封鎖して、捜索を続けているという状況です。さきほど入ってきた情報では、鉄塔のふもとで、血痕が確認されたとのことです』
「血痕……」
「じゃあ、幽霊じゃなくて本当に人が飛び降りたってこと?」
葉月がそう言うと、かさねは難しい顔をして考え始めた。
「だとしたら、誰かが遺体を持って行ったってことだよね?」
『警察は事件事故の両面で捜査を開始したとのことです』
『現場は山の中ですよね。野生動物が、落下した人の体を運んでしまうと言うことは考えられますでしょうか』
『うーんどうでしょうね~ないとは言えないかもしれませんが……短時間のうちに野生動物がご遺体を見つけて、さらに現場から運び出すとなりますと……』
アナウンサーとコメンテーターのような二人に切り替わり、何やら意見の交換を始めた。
「動物なんて……そんなことあるかな?」
葉月が呟いて、かさねの方を見ると、かさねはスマホを片手に真剣な顔で何かを調べていた。
「かさね、何、調べてるの?」
「あの心霊スポットの動画の人が言ってた……昔のオカルト掲示板」
「えっ?」
「かなり昔の掲示板だけど、アーカイブみたいのが残ってて、今も見れるみたいで……。あ、これじゃない? 山奥の全寮制女子高で起こってることがヤバすぎるんだが……だって」
葉月は思わず、かさねの肩口から一緒にスマホを覗き込んだ。
「山奥の全寮制女子高……秀花のこと……?」
かさねがリンクをタップすると、画面が切り替わった。
文字がたくさん並んでいる。掲示板というものを初めて見た葉月は、SNSのようなものを想像していたので少し驚いた。
「……何年か前に、山の中の全寮制の女子高で、生徒が集団パニック起こしたって事件覚えてる奴いる? その事件が起こったガッコが予想以上にヤバかったのでここで吐き出させてくれ……?」
「え? 集団パニックって……?」
かさねが読み上げた最初のコメントの内容は、まるで今日の出来事のようだった。
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