マド

 翌日の日曜日。葉月とかさねと詩織は、奈緒子によって謹慎を言い渡されていたので、おとなしく自室にいた。

 かさねは何度かスマホで詩織に連絡を取ろうとしたが、繋がらなかったらしい。

 詩織がダメならと、繭に連絡してみたが、カーテンを閉じてずっと一人で休んでいると答えらえた。繭が話しかけたら、疲れたから寝ていたいと言われたそうだ。

 かさねは、一人でひたすらスマホで何かを調べているようだった。


 月曜日、詩織は学校を休んだ。


「どうしよう、土曜日からずっと詩織、おかしいんだよ」

 繭が、教室のドアの前で、今にも泣きそうな顔で言った。

「心配だね。具合悪そうだった?」

 葉月が聞くと、繭は首を振った。二つに結ったおさげが揺れる。

「声かけても、カーテン開けてくれないの。生理痛だから心配しないでって言われたんだけど」

「そうなんだ」

 こんなタイミングで具合が悪くなったら、怖がりの繭でなくとも、心霊スポットが原因なんじゃないかと思ってしまうだろう。今朝、寮を出るとき、奈緒子も心配している様子だった。

 葉月が繭にかけるうまい言葉を見つけられないでいるうちに、始業のチャイムが鳴ってしまった。繭と葉月は廊下でわかれて、それぞれの教室に戻っていく。

「繭、ダイジョブそうだった?」

 教室のドアの前で、かさねが心配そうに声をかけてきた。

「ううん、結構落ち込んでた」

「心配だね」

 と、すぐに教師が教室に入ってきたので、二人は自分の席に着いた。


 土曜日の心霊スポットで見たものなど、いや、そもそもあの遊園地廃墟そのものが、ただの夢だったのじゃないかと思うほど、普段通りの平和な授業が始まった。

 いい天気で、青空は抜けるほど青くきれいで、葉月はぼんやりと窓を見た。

 心霊スポットで奇妙な体験をして以来、葉月の心はずっとざわついている。

 昨日までの平和な時間が、懐かしくなるほど、焦燥感や不安感でいっぱいだ。自分がこんなにも追い詰められているというのに……。

 ――世の中は、平和だな。

 そう思ったとき、鉄塔が目に入った。

 あの、鉄塔。あれも、心霊スポットということになるのだろうか。

 そんなことを思った時だった。葉月は、目を疑った。


 ――何か……動いてる?


 黒い、小さな影が、うぞうぞと、動いている。

 目をこすってみたが、その影は消えることがない。

 

 ――うそ。


 背中に、氷でも入れられたかのように悪寒が走る。

 恐怖で、呼吸すらできない。声など、出るわけもなかった。

 葉月の席は、窓際ではない。窓際の隣の席だ。

 葉月の隣の、窓際の席の生徒が、葉月のただならぬ様子に気付いて小首をかしげた。

「葉月ちゃん、どうしたの?」

 その生徒が小声で葉月に声をかけたあと、葉月の視線を追って窓の外を見た。


 ――だめ、見ちゃだめ!


 反射的にそう思ったが、うまく声にならず、あう、と間の抜けた声が出ただけだった。


「葉月?」


 かさねがすぐに気付いて、斜め前の席から葉月をふりむいた。


「どうしまし……」


 教師が葉月たちを注意しようとした声は、最後まで届くことはなかった。


 ――キャアアアアアアアアアアア!


 最初の悲鳴は、隣の教室から響いた。


 うぞうぞとうごめいていた影が、何の躊躇もなく、てっぺんに届くと同時に。


 空に、飛び降りたのだ。

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