冒険の誘い

「葉月!」


 目の前が真っ白になった。


「……え?」


 眩しい。葉月はもう一度目を閉じる。


「葉月起きて~! 寝坊なんて珍しいな~。朝ご飯食べ行こうよ!」

「……かさね?」


 目を開けると、カーテンの向こうからかさねの声が聞こえてきた。


「あれ?」


 何だろう、夢を見ていた気がする。

 そう思ったが、どんな夢だったのか、葉月は思い出せなかった。


「詩織が、一緒に朝ご飯食べようってさ。早く起きてよ~」

「え? 詩織が?」

 葉月は飛び起きた。

「土曜だし、ゆっくり食べれるでしょって。あと、なんかお願いがあるとか何とか」

「お願い? 詩織が?」

 意外だ、と葉月は思った。

 詩織は休日でも、学校の図書館に行って勉強をしているところくらいしか見たことがない。他の子たちのように、友人の部屋で遊んだり、校外へ遊びに行ったりする姿は、入学してからまだ見たことがない。

 葉月がベッドから降りてカーテンを開けると、部屋着のままのかさねが立っていた。

「とりあえずご飯食べ行こうよ!」

「わかった。起こしてくれてありがと」

 葉月はかさねに礼を言いながら、うーんと伸びをした。


 二人で部屋を出て、隣の詩織と繭の部屋のドアをノックすると、すぐに中からドアが開いた。

「おはよう二人とも。じゃ、一緒に食堂に行こうか」

 部屋から出てきた詩織と繭は、もう部屋着ではなく出かけられるくらいの普段着になっていた。

 詩織は、いつものゆるいロングヘアを後ろでハーフアップにして、シンプルなボーダーのカットソーと細身のジーンズ姿だ。何となくいつもワンピースやゆったりとした服を着ていたので、葉月は少し驚いた。

 繭は、いつもと同じ、愛らしい花柄のワンピースを着ていた。

「おはよ! 詩織、繭! 行こ!」

 かさねは朝から元気だ。

 四人そろって食堂に行くと、奈緒子が食堂に来た生徒たちにトレーを渡していた。

「おはよう、みんな。朝ご飯、どうぞ」

「おはよー奈緒ちゃん! ありがと!」

「おはようございます、奈緒子先生」

 明るく挨拶するかさねの横で、繭が丁寧に頭を下げた。

 四人はトレーを受け取って、朝食をとっていく。朝食はご飯かパンか、好きな方を選んで食べる形だ。

 四人はそれぞれ自分の食べたい方を選んで席に着き、食事を始めた。

 ひとしきり食べたところで、詩織が口を開く。

「ねえ、今日、かさねと葉月、何か用事ある?」

 かさねと葉月は、お互いの顔を見た。葉月には特に用事はない。

「私は暇だよ。かさねは?」

「私も! 全然ヒマ!」

「よかった」

 詩織は、手に持っていたコップをトレーの上に置いて、葉月の目をまっすぐに見た。

 葉月の心臓が、ドキリと跳ねた。


「あのね、私、あの遊園地に行って見たいんだ。一緒に、行かない?」


 葉月は、心臓のドキドキが邪魔で、詩織の言った言葉の意味を理解するのに時間がかかった。

「詩織!」

 驚いたような声を上げたのは、詩織の隣の繭だった。

「繭は、怖いでしょ? 来てくれるなら、繭も一緒に来てほしいけど」

「むむ、無理! 無理だよ! それに……」

 そこまで言って、繭はちらりと奈緒子の方を見てから、声をひそめた。

「外出届けになんて書くの? 目的地は遊園地廃墟って書くの? 目的は? 肝試し? 許可出るわけないよ」

「そんなの。正直に書かなきゃいいじゃん」

 かさねがケロリと言った。

「かさね。繭にそんなこと言っちゃだめだよ。困らせちゃうって」

 葉月はかさねを制した。

 繭は生徒会の一員で、そうであることをかなり気負っているように見える。そのうえ親が結構厳しいらしい。寮で外出の理由を偽って肝試しに行った……などと知れたら困るだろう。

「そうだね。繭を悪の道に引きずり込んじゃダメか」

 かさねがちろっと舌を出した。

「じゃ、ご飯食べて仕度出来たら、葉月と一緒に詩織の部屋に行くよ!」

「ええっ私も?」


「ありがとう、かさね、葉月」


 正直、行くか行かないか決めかねていた葉月だったが、詩織の笑顔を見たら、もう何も言えなかった。

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