後悔しても・・・
ひろきち
1-1
「ただいま」
・・・・・返事は無い。
誰も居ない明かりの消えた部屋。
僕は部屋の電気を付け、着ていたコートを脱いでソファに座った。
テレビを付け仕事帰りに買った缶ビールをあける。
「はぁ・・・」
思わず溜息が出る。
先月までは帰宅すると"おかえりなさい"と笑顔で迎えてくれる最愛の妻が居た。
でも・・・今はもう居ない。
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年末も近づき寒さも身にしみる師走のある日。
残業するなと言われつつも年末は仕事も多くなる時期でもあり、僕も御多分に洩れず毎日遅くまで残業をしていた。
帰宅は日付が変わるような時間になることも多かったと思う。
フィールドエンジニアをしている僕は、あの日も朝から客先を何件も周り忙しく働いていた。
そして、予定していた最後の仕事が終わったところで事務所に帰社の電話をすると直帰で良いと言われた。
定時にはまだ少し早い時間だったけどたまには早く帰れとの上司からの指示だ。
職場に戻るとその時点で定時を過ぎるし、何だかんだで別の仕事に手を付けて帰るだろうからと上司の心遣いでもある。
一昔前は残業してでも仕事しろ!って感じだったけど最近は残業のチェックも厳しいしからな。
ということで、直帰を許された僕は駅前のケーキ屋で妻が好きなサバランを買って帰宅した。洋酒が程よく利いたこの店のサバランは妻の好物だ。
最近忙しくて寂しい思いをさせていたと思うし、あの時は妻の喜ぶ顔が見たかったんだよな。
駅から徒歩5分。
結婚してから購入した新築マンション。
ローンの支払いは大変だけど妻の恵利と一緒に探したマンションで住みやすくて中々気に入っている。
エントランスを抜けエレーベータで4階へ。
そして、家の鍵を開け玄関に入ると見知らぬ男物のスニーカーが目に入った。
誰か来ているのか?
「ただいま。恵利?居ないのか?」
靴があるのに返事がなかったこともありコートを脱いでリビングに向かうと寝室の方から物音が聞こえた。
少しくぐもった感じの男女の声だ。
疑いたくない気持ちはもちろんあったが、僕は声を殺し音を立てないように寝室に近づき聞き耳をたてた。
そして静かに少しだけドアを開き中を覗き込んだ。
部屋の中では・・・恵利が男性と抱き合い愛し合っていた。
僕と恵利の寝室で。
一緒に選んだダブルベッドの上で。
しかも男性は僕も知っている男だった。
同期でもあり元上司の池田だ。
池田は昨年末に個人事務所を立ち上げて退職した。
確かに結婚前、恵利と池田が噂になったことがあったのは知っていたけど、池田は既婚者だったし恵利も否定していたし・・・でもあの噂は本当だったのか?
だとしたら恵利は僕と付き合いながら池田とも?
僕と一緒にいると幸せだとか言っていた恵利の言葉は全てデタラメだったのか?
色々な思いが頭を巡り目眩や吐き気を催してきたが、気がついたら僕はドアを開け寝室へと入っていた。
「「!!」」
ドアの開く音に恵利と池田が僕を見た。
そして驚いた表情のまま声を発した。
「満さん?な なんで!?まだ時間早いのに」
「横田!そ その違うんだこれは・・・・」
2人とも咄嗟のことに語彙力も低下気味だ。
いつも深夜に帰宅する僕が、こんな早い時間に帰宅するとは思ってなかったんだろうし状況からして弁解の言葉も思い浮かばなかったんだろう。
まぁどちらにしてもこの状況を見られたら弁解の余地もない。
ドラマみたいな展開だけど現実なんだよな。これは。
恵利とは職場結婚だった。
2年後輩で経理部に勤務していた妻が僕に告白してきたんだ。
社内でも評判の美人で人気も高かった恵利が、どちらかというと無口で地味な僕と付き合い始めたときは周りにも驚かれた。
告白された僕自身も驚いたけど、彼女曰く皆に優しくて落ち着いた雰囲気の僕を好きになったんだとか。
僕の内面を見てくれたということですごく嬉しかったの今でも覚えている。
そして、僕自身も自分には無い魅力を持つ彼女に惹かれ告白を受けた。
まぁ僕自身、彼女とか結婚とか諦めていたところもあったし"この機会を逃したら次はないかも"という思いもあったのかもしれない。
そして交際半年で結婚。
交際は順調だったものの正直まだ早いんじゃないかとは思った。
たけど彼女としては早く結婚をして職場を離れたかったんだとか。
結婚して職場を退職した彼女は派遣会社に所属し経理の経験を活かした仕事をしている。
大きな収入源とは行かないが小遣い稼ぎ程度の収入は得られているようだ。
結婚してから約2年。
僕の仕事も順調だったし、プライベートも子供こそ居なかったけど一緒に旅行に行ったり外食したりと楽しい日々を過ごせていると思っていた。
それなのに・・・なんでだよ。
僕はずっと騙されていたのか?
色々な感情と思いが交錯する。
「今ここで言い訳を聞くつもりは無い。って言うより無いだろ?
今すぐ服を着てこの家から出ていけ!!」
「ご ごめんなさい。満さん。違うのこれは・・・許して」
「これは・・・その・・・なんだ。なぁ横田・・・一旦落ち着いて話そう」
「ふざけるな!出てけと言った!何度も言わすな!!クズどもが!!!」
普段温厚な僕が語気荒く怒鳴ったことに驚いた2人は、いそいそと服を着て気まずそうに部屋を出ていった。
妻は最後まで"違うの"とか"私が好きなのは満さんなの"とか言っていたがどの口がそんなことを。
最後は池田に引きづられるように家を出ていった。
その日僕は、2人が愛し合っていた寝室で寝る気にはなれずリビングのソファで寝た。そして気がつくと涙が出てきていつの間にか号泣していた。
楽しかった恵利との思い出が頭をよぎる。
最初は勢いで付き合い始めたようなところもあったけど結婚生活の中で僕も彼女のことが好きになり守ってあげたいと思う大切な人になっていた。
それなのに・・・
恵利・・・
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