メイド名探偵は、命を救ってくれた令嬢生徒会長に、その身を捧げる
東紀まゆか
メイド名探偵は、命を救ってくれた令嬢生徒会長に、その身を捧げる
「斬首は終わったな。次、絞首刑。エミリー・クリストフ、前へ」
ボロ着に身を包んだ、八歳の少女は。
昨晩まで一緒に牢獄にいた大人たちが、首を切り落とされるのを呆然と見ていたが。
自分の名前を呼ばれて、我に返った。
「あんな小さな子を、可哀そうに……」
「どうせいい加減な取り調べだろ……」
死刑台を囲む野次馬たちが、ヒソヒソと囁く中。
二人の刑吏に腕を掴まれ、絞首縄の前に引きずり出されたエミリーに向かい。
役人が巻紙を広げ、死刑執行命令を読み上げた。
「エミリー・クリストフを強盗殺人の罪により、縛り首に処す」
麻痺していた感情が戻り、恐怖がエミリーを包み込んだ。
誰か、助けて。
「お待ちなさい!」
凛とした声が、その場に響いた。
まるで潮が引くように。
死刑を見物していた野次馬たちが道を開けた先には、一台の飾り立てられた馬車があった。
その馬車から降りる一人の少女……。
エミリーと同じくらいの年の、ブロンドの女の子を見て、人々はどよめいた。
「イザベラお嬢さま!」
「領主様のご令嬢だ!」
イザベラと呼ばれた少女は、死刑執行命令を読み上げた役人を指さし、せせら笑う様に言った。
「そんな小さな子が強盗殺人犯ですって?バカバカしい」
「し、しかしお嬢様」
役人が、年端も行かない少女の前に跪く。
「この者は強盗団に所属しておりました。共犯は同時執行が慣習でして」
「慣習もラッキョウもあるものですか。あら、何の韻も踏んでなかったわね」
ぐい、とエミリーの手を取って抱き寄せると、イザベラは言った。
「わが父、ドラモンド侯爵の名において命ずる!死刑の執行を停止し、裁判のやり直しをせよ!」
「お、お嬢さま!」
慌てふためく役人や刑吏を残し、イザベラはエミリーを車内に連れ込むと、馬車を走らせた。
それを見ていた野次馬たちがワッ、と歓声を上げる。
後に、身寄りのないエミリーは、強盗団が逮捕された夜に、偶然、その軒先で野宿していただけであると判明した。
「そんないい加減な裁判なら、死刑なんか止めちゃいなよ」というイザベラの一言で。
以前から死刑廃止論者であった父ドラモンド侯爵は、自らが治める領土での死刑を廃止した。
この一件で、民から「生命の守護女神」と崇められる様になったイザベラだが……。
◆
「エミリー、もうちょっと寝かせて……。お願い」
「ダメです。今日は生徒会長として、朝礼で演説をなさるんですよ」
そう言うとメイド姿のエミリーは、シャッ、とカーテンを開けた。
眩しい朝日を浴び、毛布を頭から被ると、イザベラは甘える様に言う。
「お願い、あとほんの少し~」
「もう朝食を取る時間もありませんよ、お嬢さま」
「こんな事なら、学院内の寮に入ればよかった~」
「それが出来ないワガママを仰ったのは、お嬢さまです。さ、お急ぎ下さい」
ワードローブを開け、学院の制服を取り出しながら、エミリーは言った。
「お嬢さまの方が、お仕度は時間がかかるのですから」
◆
ジェストール魔法学院。
国内でも一、二を争う、この名門校の校門前に。
一台の馬車が止まり、降りて来た二人に、生徒たちの視線は集中した。
「見て、生徒会長のイザベラ様よ!」
「素敵……。この領土の死刑を廃止した〝生命の守護女神〟ね」
学園の女王然として、堂々と歩いていくイザベラの後ろを。
半歩下がり、影を踏まぬ様にして、付き人のエミリーが歩いていく。
彼女もまた、この学園の制服を来ていた。
高度な魔法技術を学びつつ、イザベラの警護人、兼アシスタントを務めるのだ。
生徒の自治を重んじるこの学院では、学内の行事も、生徒会を中心に運営されるので。
イザベラとエミリーは、教室ではなく生徒会室に直行した。
生徒会室に入った瞬間、ぱぁっ、と室内は華やいだ。
「おはよう、愛しのイザベラ」
「今日も銀髪が美しいね」
「会えなくて寂しかったよ」
次々と浴びせられるイケメンボイス。
侯爵、伯爵、子爵、男爵。あらゆる貴族の子息から、王家の血筋まで。
上流階級のボンボンで構成された生徒会メンバーが、そこに揃っていた。
学校指定の制服を、好き勝手にアレンジしたイケメンたちの間を、イザベラがしずしずと歩く様は、まるで舞踏会の様だった。
この生徒会に立候補したメンバーは、皆、貴族の次男坊、三男坊ばかり。
爵位を継ぐ事の無い彼らは、侯爵の一人娘であるイザベラに近づき。
ゆくゆくは生涯の伴侶に選ばれ、侯爵家に婿入りしようと必死だった。
その考えを見透かしているイザベラは、わざとキツ目に言った。
「皆さん、おしゃべりは朝礼が終わってからでしてよ」
「今日は朝礼の打ち上げパーティありかい?」
「ウチのシェフに、飛び切りの料理を用意させるよ」
「真面目になさって!式次第の最終確認を行いますわよ」
そう言いながら、生徒会長の机についたイザベラは。
一番上の引き出しに、鍵を差し込んで回し。
引き出しを開けて、青ざめた。
「お嬢さま?」
表情の変化に気づいたエミリーに、イザベラが答える。
「……無いの」
「え?」
「机にしまっておいた、生徒会長の胸章がなくなってる」
「なんだって?」
この魔法学校創立時から、代々の生徒会長に受け継がれてきた胸章。
生徒会長が、朝礼や生徒集会の時のみ着用する、「学園のリーダーの証」。
普段は生徒会長の机の、鍵のかかる引き出しに大事にしまわれている胸章。
それが無くなったというのか。
一同はざわめいた。
「朝礼まで、もう時間が無いぞ」
「イザベラ、君の《探索》魔法で探せないのか?」
エミリーが首を振る。
「お嬢さまの《探索》魔法は、かなりの精神集中を必要とします。動揺されている今は無理です」
「すぐに探しに行かなくちゃ」
「みんなで手分けして探そうぜ!」
エミリーが間髪入れず放った言葉に、空気が緊張した。
「いいぇ、犯人は、この部屋にいます」
すかさず、伯爵子息が言い返した。
「今日盗まれたとは限らないだろ。昨日の夜に盗まれたのかも知れないし」
「この部屋には夜間は、私が〝察知〟の魔法をかけてあります。侵入者があれば、すぐ私が持っている端末が鳴ります。それは前に、うっかり忘れ物を取りに来たお嬢さまが、鳴らしてしまった事が証明しています」
交換留学で来ている、隣国の皇子が言った。
「今日盗まれたとしても、もう遠くに持ち去られているんじゃない?早く探しに行かないと」
「ありえません。胸章には〝バンシーの魔法〟が、かけてあります」
エミリーの発した耳慣れぬ魔法に、キョトンとする一同。
「なんだそれは?」
「そんな魔法、聞いた事ない」
「お嬢さまの家に伝わる、宝物を守る秘術です。あるべき場所から持ち出されると、妖鬼が泣き叫ぶ様な音を立て続けます。発動するのは、この学院を出た時。それが未だ発動していないという事は……胸章は、まだ校内にあるのです」
それを聞き、一同は急にソワソワし始めた。
ただイザベラだけがオロオロしている。
「どうしよう。もう朝礼が始まっちゃう」
「お嬢さま、一分だけ時間を下さい」
視線を室内の男たちから反らさぬまま、エミリーはイザベラに行った。
「廊下に出ていて下さい。私が問題を片付けます」
心配そうに生徒会室を出て行くイザベラがドアを閉めた後。
振り返って、エミリーは言った。
「さぁ、お嬢さまには内緒にしますから……。胸章を出して下さい。犯人さん」
◆
一分後。
室内に戻って来たイザベラは、エミリーに「もう一度、よく机を探して下さい」と言われた。
その言葉に従った彼女は、胸章がしまってあった引き出しの、一段、下の引き出しに落ちているのを見つけた。
「そそっかしいですよ。よく確認してくださいね」と微笑むエミリーと、大喜びするイザベラとは裏腹に。
生徒会のイケメン達の間には、どこか気まずい空気が流れていた。
イザベラを含め、その部屋にいる全員が知っていた。
犯人から胸章を回収したエミリーが、机の下の引き出しに、それをセットしたのだと。
だが「朝礼まで時間が無いわ!急ぎましょう」というイザベラの言葉に、皆、いつもの活気を取り戻し、動き出した。
◆
「お嬢さま、見事なお始末でした」
「あなたも、何も無かった様な朝礼の挨拶。素晴らしかったわよ」
「でも生徒会室では狼狽えてしまいました。申し訳ありません」
下校の馬車の中。
二人きりになったイザベラとエミリーは今日の出来事を振り返っていた。
「お嬢さま、バンシーの魔法というのは……」
「ウソに決まってるじゃない。胸章は高価でもなければ貴重でもない。となると、目的はただ一つ。隠して生徒会長を困らせる事。そう思ってブラフをかけたのよ」
「結局、誰が犯人だったんですか?」
「あの場にいた全員よ。あれだけ揃っていれば、他にも探索系の魔法を使える子はいるわ。それを分かっていて本気で盗む馬鹿はいないでしょ。あ、〝開錠〟の魔法を使える奴もいるのね。これからは、もう一ランク上の防御魔法を鍵にかけなきゃ」
「では、犯行の目的は……」
「犯行なんてレベルじゃないわ。困っている生徒会長に、タイミングを見て『みんなで探して見つけたよ』と胸章を差し出して、歓心を買おうとしたのよ。男って本当、幼稚よね」
「悪意や悪気などは……」
「無いわ。私たちを待っている間に、誰かが言い出した冗談に、全員が乗っちゃったのね。貴女の言う通り、寝坊はするものじゃないわね」
「良かった……」
お嬢さまが、誰にも憎まれない事。それがエミリーの願いだった。
馬車が屋敷に到着し、先に降りたイザベラ……。
外部の人間がイザベラだと思っているエミリーは、主に手を差し出した。
「お嬢さまに取って、大した災いでなくて、安心いたしました」
外ではエミリーを演じているイザベラは、忠実な使用人の手を取った。
「ありがとう。あなたのお陰よ。こういう事があるから、家の外では別人でいたいの」
イザベラとエミリーは、家の外では、互いに入れ替わり。
イザベラはエミリーを演じ。
エミリーはイザベラを演じていたのだ。
本物のイザベラが、馬車から降りた瞬間。
エミリーの、押さえて来た感情が溢れ出し。
彼女は、女主人に抱き着いて泣き出した。
「私、怖くて……。私が胸章を失くして恥をかくという事は、お嬢さまの名を汚す事ですから……」
泣き出したエミリーを、そっ、と柔らかく、イザベラは抱きしめた。
「ごめんなさい。あなたには、無理をさせるわ」
「いいえ、無理と思った事はありません。貴女に生命を救われた、あの日から」
エミリーは暫く、イザベラの胸の中で泣き、気分を落ち着かせた。
姉妹の様に、並んで玄関へと歩きながら、二人は会話を続ける。
「人が本心を見せるのは、当人に対してではない。貴女になれば、皆が私の事をどう思ってるかが、よく見えるのよ」
「それで、お嬢さま。あの生徒会メンバーはどうですか?お婿さん候補はいますか?」
「んー。みんな貴女になりすましている私を、雑に扱わないのは感心するけど。今日みたいな幼稚な事をするんじゃねぇ。もういっそ、外国に婿探しに行こうかしら」
「その際は、是非、私もお伴を」
その言葉を聞き、生命の守護女神〟は微笑んだ。
「あなた、好きな時に、私から自由になっていいのよ?」
「私のいたい場所は、お嬢さまの側です」
エミリーは思った。
お救いいただいた日から、ずっとお嬢さまと一緒にいようと誓ったのです。
そう、死が二人を分かつまで。
メイド名探偵は、命を救ってくれた令嬢生徒会長に、その身を捧げる 東紀まゆか @TOHKI9865
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