第95話 65階層

◇時は少し遡り、剣也達がミノタウロスを倒した時へ。


「さすがですね、剣也君」


 ミノタウロスを一刀のもと切り伏せる剣也。

明らかに動きが違う、体の使い方。

剣の握り方、戦闘に関しては素人だった戦士は、文字通り本当の戦士へと昇格する。


「闘鬼のおかげだね、次へ行こう。時間はそれほど残っていない」


 そして62階層へ。

現れたのは蜘蛛の王。


 きっとあの階層の蜘蛛のさらに上位の上位なのだろう。


 相変わらず可愛い。


「僕がやるよ」


 するとレイナが前に立つ。


「いえ、私も好き嫌い言っている場合ではありませんから」


 そしてレイナも剣を構える。

鎧を具現化し、黄金色に輝いた。


「あなたの隣に立つと決めたのだから」


 剣也同様に戦士として見違えるような動きになったレイナ。

元々運動神経がいいのだろう、剣也よりも覚えが早い。

そしてステータス錬金による上昇なら剣也の方が上だが、総合力ではレイナのほうが圧倒的に高い。


 レイナが駆け出す。

剣也の爆発的なダッシュとは違う。

最小限の力で、最小の音で軽やかに。


 まるでダンスを踊っているかのような。

まるで舞踏のように、蜘蛛の吐き出す糸をよける。

次々と、一本一本蜘蛛の足を切り刻む。


 ついに王蜘蛛は地面に突っ伏す。

そして上空から舞い降りたレイナによって頭から串刺しにされて絶命した。


 その姿は美しく、戦慄すら覚えた。


「どうですか? 剣也君」


 王蜘蛛から見下ろす少女。

自分よりも数倍大きい串刺しにされた蜘蛛の顔の上、そして剣を振るって血を払う。


 満面の笑顔を振りまいて少女は僕に愛をささやいた。


「あなたの彼女はどうですか?」


「あぁ、最高の彼女だよ。好きだ」


「////…い、いきなりストレートなのはダメです! わ、わぁ!」


 剣也のストレートな言葉に顔を真っ赤にして手で顔を隠す。

慌てるレイナはバランスを崩して蜘蛛から落ちる。


「レイナ大丈夫?」


 剣也が手を取り尻餅をつくレイナを引っ張る。


「もう、剣也君ったら……」

「ごめん、レイナ……」


 見つめ合う二人。

次にすることはもうお互いわかっている。


 相手が何を欲しているか。

そして自分が何を欲しているか。


 顔を近づける二人。

あの日から暇さえあれば唇を重ねる。

その先はまだだが、時間の問題。


 この塔に彼らを止めるものは誰もいない。

命の危機は生命本能を加速させ、若い情熱を燃え上がらせる。


 二人は高校生、性に関して最も貪欲な時期。

ならばそれも仕方ない、避妊具はないけど仕方ない。

だってそれが若さゆえに過ちというやつだから。


 レイナがに具現化設定にして鎧を解く。

まるで触ってくれとでも言わんばかりに。

剣也はレイナの身体に触れる。


「あっ……」


 レイナから声が漏れて、目が潤う。


 こうなったらもう止まらない。

若いリビドーが止まらない。


「レイナ……」

「剣也君……」


 そして二人は…。


『早く来て(怒)』


 塔からのアナウンスで我に返る。


「こ、こういうのは全て終わってからにしようか!」

「そ、そうですね! それがいいと思います!」


 あの日からたまに流れるこの声が確かに感情をもってすらいた気がする。

ふと我に返った二人が恥ずかしそうに離れた。


「とりあえず次に行こうか。次の階層を攻略したらちょっとだけ休もう。ちょっとだけね」


「ちょっと休むだけだから! ですよね?……剣也君のエッチ」


「休もうってそういうことじゃないから! どこで覚えてきたの?」


 最近積極的なレイナ。

クールだった無表情キャラは鳴りを潜め、むしろ性に興味津々という態度を取る。

剣也としては嬉しいのだが、誘惑に負けてしまいそうで困るので今はやめてほしい。


 この騒動が終わったら思う存分エッチなことをしようと決めている。


 妄想が止まることを知らない男子高校生は、制服姿もメイド姿も水着姿も。

あらゆるレイナともエッチなことをしたい。

そんな妄想でいっぱいだが、ここはダンジョン。

命を懸ける場所なのでキスまでで自重する。


 そして次63、64階層と攻略する。

どちらも強かったが闘鬼との訓練を経た剣也とレイナの前ではそれほどの強敵ではなかった。


 塔の中ではわからないが、既に時刻は夜。

万全を期して中ボスに挑みたいためその日はそこで休むことにする。


 そして朝、65階層の中ボスの部屋。


 この仕組みはこの階層でも同じなようだ。

中ボスの部屋への扉用意されている。

ステージは、神殿。


 まるでギリシャのパルテノン神殿のようだった。

パルテノン神殿といえば、女神アテナを祭る祭壇だったはず。

しかしそこに立つのは女神なんかではなかった。


 その神殿を守るように横たわるのは巨大な龍、というよりドラゴン。

黒い翼に、漆黒の身体。

まるで世界から抜け落ちてしまったかのような深淵の黒。

多分この龍は…。


「ギャァァア!!」


「深淵龍……僕の装備のもとになった龍かもしれないな」


 二人が龍と対峙する。

初めての上位龍、一太刀入れただけで分かる。

今までの敵とは格が違う。


「グルル…」


「レイナ、この敵は二人で倒そう。僕の龍神の一撃ももう使える」


「わかりました!」


 そして二人のコンビネーションが始まる。

心すら通じ合った二人のコンビネーションはまるで長い年月を共にした相棒。


 剣也のしたいことがレイナには手に取るようにわかるし、逆もまた叱り。


 深淵龍は困惑していた。

なぜこんな小さなものに翻弄される?

それにここはどこなんだ?


 わからない、わからないが。


「グワァァ!!」


 この小さきものが敵であることだけはわかる。


 かつで滅ぼしてきた矮小な人間達ではないのかもしれない。


 ブレスを吐く深淵龍。

この炎で多くに人間を焼き尽くしてきた。

なのに…。


「効かないな」


 温度耐性無効をつけた剣也にはまるで効果がない。

火の海となった神殿を、無人の荒野を歩くがごとくゆっくりと突き進む。


 ドラゴンは飛んだ。

この存在は飛べないはず。

空からならきっと…。


「残念ながら私達は飛べますよ」


「グワァ!?」


 ドラゴンの漆黒の翼はレイナに刻まれる。

油断したドラゴンの翼が浮力を失い体を支えられなくなる。


 空から落ちる龍。

その龍が最後に見たものは、光り輝く剣。


 そこで龍の意識は消失した。


「ナイス、レイナ!」


「ええ、剣也君も素晴らしい一撃でした」


 ハイタッチをして勝利を喜ぶ。


 現れたゲートへと進み、65階層を攻略した剣也達は次へと足を進める。


 このペースなら一週間以内には攻略できるかもしれない。


(無事でいてくれ、みんな…)



◇時はフェンリルをノアのアイテムボックスへ誘い込むのに成功した時へと進む。


「サオ!」


 片腕を失った竿人は苦痛に顔をゆがめるが、すぐに恋によってヒールを施される。

しかし切断面がぐちゃぐちゃでくっつけることは難しい。


「ごめんなさい、私のヒールではくっつけることができません」


「まじか…とりあえず血止めだけ、そういえば剣也君が完治の指輪持ってるらしいしそれあてにしますわ、俺の腕は?」


「ここよ、とりあえずあの化物は団長と佐々木さんに任せてあんたは病院行きなさい。まだ走れるぐらいの体力はあるんでしょ?」


 サポーターの南ノアが暗闇から顔を出す。

この場で待機していたノアはアイテムボックスを開いている間この場を動けない。

激しい戦闘が行われていることだけはわかるが。


「そうっすね。じゃあ行きます。あの二人が負けるとは思わないっすけど……まぁそのときはこの国の終わりっすね」


 軽口を言う元気は残っているようで自分の腕をもって病院へと走っていく竿人。

その背中を恋とノアは見つめる。


「そうね…お願いします、団長」



「わははは! 楽しいのう! 龍之介ぇえ!!」


「そんな余裕ねぇよ、じいさん!」


 フェンリルと相対する最高戦力。

10年以上共に塔を目指した二人のコンビネーションは剣也とレイナを上回る。


 一対一なら勝つことは難しかった。


 暗闇の中なら勝つことはできなかった。


 しかし逃げ場もなく、眩いほどの閃光。

いくら吠えても消しきれないほどの軍用ライトをはじめとする科学の光。


 この条件下なら神話の生物とも互角以上の戦いができていた。


「むん!」


「グワァ!?」


 フェンリルの切り裂きが流されていつの間にか宙を回転させられる。

なんだこの技は、こんな技知らない。


 行ったのは佐々木一心。

武芸の達人は、柔術をはじめとするあらゆる武芸に精通する。

もちろん最も得意なのは剣術だが、それでも戦いに取り入れられそうなものは全力で学び続けた。


 天地がひっくり返るフェンリル。

それでもさすが、宙で体勢を立て直す。

と思ったら横からこれだ。


「覇邪一閃!!」


「グワァ!!!」


 巨大な大剣による横なぎ。

これは避けられない。

しかし爪でガードすれば何とか軽傷で済む。

無理な体勢で受けきってアイテムボックスの端の壁に激突する。


 外ではノアが苦痛に顔をゆがめるが、それをフェンリルが知る由もない。


「ちっ! 今のも受けきるのかよ」


「すさまじい戦闘センスじゃな。こりゃ早くせんと癖を掴まれるぞ」


 そして再度始まる極限の戦い。

徐々にフェンリルの体力は失われていく。

佐々木と天道の攻撃に押され気味。

 

 ガードはするがダメージはたまる。


 しかし徐々に癖を掴む。

何度も切られるうちにわかってきた。


 あの年老いた人間には癖がない。

対人戦を主流にしていた佐々木一心は癖を読まれる危険を知っていた。


 しかしあの若い方は癖がある。

天道はまだ若かった、対人戦に対する経験値不足。

ダンジョンで育ち気づけば最強レベルだった天道は魔物への対策は知っていてもこれほど高い知能の相手との死闘の経験はない。


 そのわずかな差がその結果を生む。


 フェンリルは学習していた。

あの大剣使いはここぞというとき右斜め上からの打ち下ろしを使う。

だから、次その時がきたら。


 虎視眈々と狙うフェンリル。

そしてそれはきてしまった。


「覇邪一閃!!」


 このタイミングだ。

大きなダメージを受けるが、反撃できる。

大剣を避けるでもなく肩で受けきったフェンリル。


「なぁ!?」


 大ダメージを受けた、肩が大きく切り裂かれる。


 ただしその代償に。


「龍之介!!」


 お前の命をもらうぞ、人間。


 フェンリルの爪が天道の腹を貫いた。

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