第94話 闇を照らす人類の進歩

まえがき

日曜完結に向けて連続投下。




◇時は作戦会議へ


「ではまず作戦の第一フェーズを話します」


 宵の明星のメンバーと多くの職員が集まる会議室。

そこで田中立案の作戦の説明が行われた。


「まずは竿人、君のスキルを見せてくれ。スキルレベルMAX 隠密を」


「了解っす!」


 すると竿人の姿が突然消える。

そして八雲大臣のすぐ後ろに現れた。


「なんと! これが世界一の盗賊と呼ばれる日向竿人の隠密か」


 盗賊という職業を得た日向竿人。

そのもっとも有名なスキルが隠密。

能力は認識の阻害。


 レベル1で影が薄くなる程度、レベルが上がるごとにより精度があがり世界でただ一人レベルMAXまで上げた日向の隠密は。


「匂い、視界、触覚などほぼすべてをもって認識が不可能になります。そして彼が触れているものも含める」


「……それはすごい能力だ」


「しかし万能というわけではない、この力を使用している間はステータスが1/100になる。つまり弱体化が著しい」


「この制限がなきゃ、最強の能力なんですがね。まぁ仕方ないっすわ」


「それならば例えば背に背負って天道君を隠密させることも可能なのではないか!」


「可能です。しかし先ほどの制限は同時に消えている探索者にも適応される。探索者が一緒に消えることを了承すれば同様にステータスが著しく下がる」


「ふむ、そう簡単にはいかないのか」


「しかしこの力が絶大な効果を発揮する場面がある。それが」



「鬼さんこちら! 手のなる方へ!!」


「グルルル!」


「やべっ! 隠密!」


「グル!?」


 絶大な効果が発生するとき、それは逃走するとき。


 田中の作戦は日向竿人の力をもってフェンリルの注意を惹く。

現れては消えてを繰り返す竿人をおとりにしてあるポイントへ誘導すること。


 フェンリルは理解できなかった。

速いわけではない、なのに突然消える。

そして一定の距離で現れこちらを煽る。

そしてまた消える。


 しかし何度か繰り返し少しだが癖も掴んできた。

なぜなら人狼の爪には血がついているから。


(いってぇぇぇ!! もう合わせてきやがった。なんだよ、あの化物。団長よか速ぇ)


(ほら、走って。回復はしてあげるから!)


 そして竿人の背に乗るのは樋口 恋。

彼女の力は僧侶、バフと回復を与えることができる。

その力を使って、著しく下がっている竿人のステータスを上昇、そして傷を癒す。

これが作戦フェーズ1 竿人の言葉でいうと 恋の逃避行作戦。


「おら! バカ犬! こっちだぞ!」


「グァァ!!」


「隠密!」


 徐々に癖を掴まれつつあるのか余裕のあった距離のはずが今にも爪で引き裂かれかけた。

相手は神話の化物。

塔で戦った誰よりも強い、そしてこの暗闇が奴の動きをさらに加速させる。


「まじでみえねぇの厄介だな。こっちの方向であってるんすよね?」


「ええ、もう少しよ」


 隠密の合間、暗闇の中耳につけたイヤホンからの指示に従う恋

その指示のもと竿人を誘導し目的地へと向かう。


「グルル」


 フェンリルは考える、考えるだけの知能もある魔獣。

おそらくあの男は移動しているのではない、消えているだけなのだと。

地面を踏む音、爪で触った感覚。

あらゆることから判断して多分奴は見えなくなっているだけ。


 ならば。


「おら! こっちだ! 隠み…!? ぐっ!! 隠密!!」


 初めて竿人に攻撃が確かに当たる。

人狼は笑った。

確実に今の攻撃は当たった。


 当初は点でしか攻撃しなかったが、今度は線。

範囲攻撃を行った。

威力は落ちるが問題ない、周辺すべてを攻撃すればあたるようだ。


 なぜなら滴る血が地面に続いているじゃないか。

その血の匂いの先に奴がいる。

恐怖で歪んだ顔を浮かべながら、痛みで歪んだ顔を上げながら……。


「サオ! 大丈夫? ヒール!」


「はぁはぁ、やべぇ、あいつ知能たけぇ…」


 腹を抑えながら走る日向。

肉をえぐられたようで、うまく走れない。

回復は行われているが、それでも傷は深くすぐには治らない。


「次がラストのポイントよ。もう少し頑張って!」


「人使いが荒いっすよ……」


 脇腹を抑えながらたどり着いた場所。

そこは一本の長いトンネル。

入口は狭く車一台分ほどしかない。

ここがラストポイント。


「やっとつい……はぁ?」


 竿人と恋が到着したときだった、トンネルの前。

竿人が安堵した、その瞬間。


「グルル」


 フェンリルの牙が竿人の腕を噛みちぎる

地面に続く血が竿人の動きを捕捉させていた。

ただの勘による攻撃、しかしその威力が日向の手を吹き飛ばす。


「サオ!!」


「まじかよ……いってぇ……」


 隠密が解除されて竿人と恋があらわになる。

フェンリルは勝利を確信し、涎を垂らして笑みを浮かべる。

竿人は倒れそうになる。

致命傷、今すぐ回復しなければならない。

しかしすんでで膝をつかない、歯を食いしばって気力を保つ。


「なめんなよ」


「グルル?」


 隠密が解かれたステータスでトンネルへと走って向かう。

暗闇で見えないが、このトンネルの先にかすかに光る小さな光。

その光を目指して走る。


「俺にだって意地があんだよ」


 片手を失って激痛が走る。

それでも日向は走る。


 普段ちゃらちゃらしている日向。

金も才能もルックスも名声すらも、すべてを手に入れた。

それでも勝てない人がいる、追い越せない人もいる。

手に入れられない人もいる。


 誰よりも負けず嫌いな盗賊が思い浮かべるのは最強の探索者。

そして好みだった少女から思い人へと昇格していたあの少女。

簡単に何でも手に入れてきたのに、いまだ盗めないあの心。


「こんな俺にだって守りたい人ができたんだよ!!」


 その血だらけで逃げる男を見て、フェンリルは首をかしげる。

あのケガで逃げたところで逃げることは不可能、何やら叫んでいるが多分命乞いだろう。

なのになぜ必死で逃げる? あがいているのか。

ついに、恐怖で震えたのか?


「グルル」


 喉を鳴らし獲物を見据える。

これで終わりだ、もう虫の息だ。

そしてフェンリルは駆け出した。


 日向がこける。

地面に倒れこむ、もはや逃げ場はない。

震えた目で振り返りこちらを見る。


「くそ!」


 日向は悔しがる。


 殺されるから? 違う。


 結局あの人に頼むしかない自分の不甲斐なさを悔しがる。

しかしそれでも信じている。

きっとあの人なら、この化物も。

そして不敵に笑う日向が叫ぶ。


「後は頼みますよ、団長……ノアさん! いまだ!」


「アイテムボックス!!」

 

「ガァ!?」


 直後目の前に現れる異空間への扉。

フェンリルはぎりぎりで踏みとどまる。

しかし横は壁逃げ場がない、逃げる場所は後ろのみ。


「逃がしません!」


「グァ!」


 しかし暗闇の中背後から近づくのは戦う僧侶。

全力の飛び蹴りでフェンリルを異空間へと飛び込ませる。


 フェンリルは勢いそのまま異空間へ。



◇時は作戦会議へ


「そして作戦の二段階目、フェーズ2はノア君のアイテムボックスの中に奴を誘い込む」


 田中立案のフェンリル討伐作戦。

その二段階目はフェンリルを南ノアのアイテムボックスへとフェンリルを誘い込むこと。


 その広さは巨大倉庫のような大きさ。

十分戦闘が行えるほどの広さ。


「その方法は、さきほどいった通り。竿人と恋の連携によってこのポイントに誘い込む。

長いトンネルがあるのでここまで行けば暗闇の中でも奴の方向を限定できる、そしてアイテムボックスへと誘い込む」


「田中君。それはわかったが、アイテムボックスに誘い込むとしてどうするというんだい? 閉じ込めるとでも?」


 八雲大臣が話に割り込む。

確かに誘い込むこと、アイテムボックスに入れることは現実的な作戦だと思う。

しかしそれをするメリットがわからない。


「アイテムボックスに閉じ込めることは不可能です、あのレベルの魔物だと簡単に出てきてしまう。ノア君の体力が持たないでしょう」


「なら……」


「閉じ込めることが目的ではありません。目的は二つ」


「一つは待ち伏せして最高戦力をぶつけること」




「竿人はやり切ったようじゃな」

「ああ見えて根性あるからな、あいつ」


 二人の剣士がゆっくりと剣をぬく。

片方の剣は身の丈ほどの大剣。

もう片方の剣はまるで日本刀。


 世界最強の探索者 天道龍之介。

そして世界最高の剣士 佐々木一心。

その二人が剣を構える。


 ノアのアイテムボックスの中は巨大で十分な広さ。

そして太陽のごとき眩しい灯りがともっていた。


 その光を見たフェンリルは吠える。

灯りが消える、暗闇に包まれる。

これでは獣の独壇場、いかに最強レベルの二人といえど暗闇の中では勝機がない。


 しかしまた灯りがつく。

フェンリルは困惑する。

何だこの光は、太陽の光じゃない、何の光だ。

松明? いや、ありえない。

これほどの光はあり得ない。


田中「そしてもう一つ、ノア君の倉庫の中に大量に用意させるんです。神話の時代にはなかったものを」


 次々と明かりがつく。

フェンリルは吠える、しかし彼の遠吠えでは一度で一つの灯りしか消すことができない。

困惑する人狼、これほど眩しい光は初めてだ。

あの忌々しい太陽よりもさらに明るい。

隠れることすらできない光。

これはなんだ、こんなのは知らない。


「昔エジソンって偉いおっさんがいてな。まぁお前からしたら未来かもしれねぇが」


 天道龍之介が刃を構えてフェンリルに話しかける。


「装備品は確かにすげぇ、でも俺たち人間も少しずつだが進歩してんだ」


「グルル!」


 眩いばかりの閃光を背に最強の探索者が剣を向けてフェンリルに言い放つ。

その光に照らされてフェンリルはたじろぐ。


「闇を照らす人類の進歩。これが」


田中「我々人類が初めて夜に打ち勝ったものを。それは」



「科学の光だ!」


 万を超える軍用ライトをはじめとするありったけの光源が光る。

夜に打ち勝ち、闇を照らした人類の大発明、その進化系。

世界を照らす、電気の灯。


 すなわち。


 電灯が。

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