第88話 61階層

まえがき

2話連続更新! 天皇ハッピーバースデー




「聞いてた通りだね」


 61階層は迷宮が広がるわけではない。

60階層と同じ草原、川も流れてピクニックには過ごしやすそう。


 それは天道龍之介から聞いている。

彼らは61階層から攻略が進んでいない。

命を懸ければ攻略できるのかもしれない、しかし彼らはダンジョンを侮らない。侮るわけにはいかない。


 だから勝てる戦いしか行わない。

その結果が様子見で軽く戦う程度。

ボス部屋ではないのでゲートを通って撤退も可能なので彼らは攻略を進めていない。


 それが意味することは。


「天道さんでも勝てるか怪しい相手だ。気を引き締めていくよ。レイナ!」


「はい!」


 簡単には勝てそうにない相手ということ。

天道龍之介ですら。


 中央に立つそれはゴブリンなのだろう。

緑色の身体、一本の角。

体格はそれほど大きくないので成人男性より少し大きい程度だろう。


 しかし纏っている覇気、迫力、プレッシャーは今までの魔物の比ではない。


「ゴブリンの上位種、多分キングよりも上か」


 まずは剣也が様子見と言わんばかりに切り込んだ。


「!?」


 しかし手首を持たれて止められる。

まるで意思を持っているかのように知性をもっているかのように、まっすぐとこちらを見る。


「くっ!」


 剣也は右膝蹴りを繰り出して、鬼から距離を取る。


「ぬるいな、まだ子供ではないか」


「な!? 話せるのか?」


「本気でこい」


 鬼が剣也に手でかかってこいとポーズをとる。

その立ち居振る舞いは、武術の達人。

背筋はのび、まっすぐとこちらを見据える。


「お、お前はなんなんだ!」


 剣也は戸惑う。

今まではなせる魔物などであったことがない。

しかしこの存在はまるで人のように流暢に言葉をつなぐ。


「私か? 私は闘鬼(とうき) ここを超える資格のあるものを見極めるものだ。だから……」


 直後闘鬼と名乗る鬼が剣也の前に現れる。

まるで瞬間移動、しかし実態は、地面が爆ぜるほどの脚力で移動。

破裂音がフロアにこだまする。


「武を示せ!」


「ぐっ!」


「剣也君!」


 剣也へのヤクザキック。

その勢いで剣也は吹き飛ぶが、手でガードすることには成功した。

しかしここまで余裕ともいえる戦いをしてきた剣也にとってこの相手は間違いなく強敵。


「僕らが勝ったら質問に答えてもらうぞ」


「いいだろう、勝てたらな」


 そして剣也とレイナVS闘鬼の戦いが始まった。

 

 空気が爆ぜる音がフロアに充満する。

こちらは剣、あちらは素手。

なのに、一向に勝てる気がしない。


「ふむ、力は私以上か。だが全くなってない。お前達戦士ではないのか?」


 切り結びながら剣也達へ、その鬼が指摘する。

確かに剣也達は装備の力で強くなった高校生、別に剣の扱いがうまいわけでもないし体捌きもステータス依存。


「う、うるさい! 関係ないだろ!」


「いや、ある。強くならねばこの先でどうせ死ぬぞ」


「俺たちを殺そうとしているんだろ、お前達は!」


 すると鬼は思案するように、手を顎にかけて目を閉じる。


「少し誤解があるようだな。結果死ぬことはあっても殺すことが目的ではない」


「どういうことだ、何が目的だというんだ」


「来るべき約束の日。その時戦う戦士を鍛えるためだ。まぁ私が特異であることは否定しないが」


「約束の日?」


「外のことはよくわかっていないが、私と同じ存在がもう現れているか?」


「あぁ、つい先日な。お前達の仲間だろ」


「仲間か、同種ではあるが少し違う。ならばその日はもう来ている、先日という事はもう時間が残されていないか」


 するとまた鬼は思案するように、手を顎にかけて目を閉じる。

戦うそぶりを見せない鬼、人語を話すその姿に剣也達の戦う気力も失せてしまった。


「剣也君、これは一体…」

「僕にもよくわからない、でもこの鬼が悪いやつには見えないな…」


「よし!」


 すると鬼が何かを決めたように手を叩く。

剣也とレイナは警戒して剣を構える。


「私がお前達を鍛えてやろう!」


「……」


「は?」



◇塔の外


「一世さん、状況はどんな感じですか」


「芳しくないね、避難は進んでいるが問題は魔物の強さだ」


 ここは、東京臨海広域防災公園。

あの有名な映画 NEWゴジラでも使用されていた日本の緊急災害時などのオペレーションルームが整備されている。

現在日本の防衛の意思決定機関と化しており重要人物達が集まる。


 田中一世もその一人。

ダンジョンを求め続け、ダンジョンを深く知っている日本代表の企業のトップ。

そして実質的に宵の明星のトップとも言える状態の一世は一般人でありながらこの大災害の重要有識者として意見を求められる。


 そこに天道龍之介が次の指示を仰ぎにきた。


「すでに魔物の強さは装備品をつけた一般人では手に負えない。強いものでCランク装備相当だ」


「そりゃまずいですね」


 Cランク装備とは、かつての佐藤が装備していた王シリーズ程度の力。

機関銃で効果がみられる程度の存在。

それがいきなり現れて、市街地を闊歩する。

防衛線もあったものではない。


「あぁ、各地の避難所にトップギルドのメンバーが防衛を行ってくれているので被害は少ないと言っていい。が、正直状況は一切好転しない」


 現状被害は少ない。

迅速な対応によって避難は成功、防衛もなんとか成功している。

ただし死者がでなかったわけではない。


「希望は、坊主と嬢ちゃんですか」


「あぁ、まったく嫌になるね。望みをあんな子供に託すしかなかったのが」


 60階層へと到達しているのは、宵の明星、そして御剣一家のみ。

どちらを国防に充てるかを選ぶなら宵の明星を選ぶしかなかった、それが民意でもあり国民を納得させることができる方法だから。

安心感という面では、知名度を含め宵の明星一択だった。


「でも信じるしかないね。彼らならきっと。いつも私の期待どおり…いや、期待以上の成果をだした少年ならきっと……」


「そうですね。不思議と俺もそう思いますよ。じゃあ俺は次の場所に行きます。どこですか?」


 そして天道龍之介は次の魔物討伐に向かう。

遊撃隊として日本全国を駆けずり回り対応が難しい魔物を狩っていく。

それが彼らの役割。


「頼むぞ、坊主。今何してるかしらねぇが頑張れよ」



「なんだそのへっぴり腰は! もっと真っすぐ剣を振らんか!!」


「はい! 教官!!」


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