第81話 60階層にあった装備

「私達はでようか」


「はい」


 伊集院先生に連れられて剣也は病室を後にする。

語りつくせないほどの思いがあるだろう、部外者は退散することにする。


「しかしすごいもんだね。医者などいらないじゃないか。ほら。とはいえあまり公にしないほうがいいな」


 伊集院が自販機でコーヒーを剣也に投げる。


「そうですね。ありがとうございます」


 世界のバランスを壊しかねない完治の指輪。

公開するのは慎重にならなければならない。


「私が田中みどりさんを担当していたんだがね、とても再起するような傷ではなかった。一命をとりとめただけでも奇跡だよ」


「でも元気になりました、装備品のちからで……」


「あぁ、神の御業とでもいうのかな。神など信じていないが」


「無神論者なんですか?」


 椅子に座りながら剣也と伊集院はコーヒーを飲む。


「無神論者か…そうだね。もし神がいるのならぶん殴ってやりたいほどには憎いと思っている。医術とは運命に逆らうことだ、自然の摂理に逆らうことだ。だから私は神とやらと戦っていると言ってもいい」


「戦う…ですか」


「いつも私は負けっぱなしだがね…一体どれだけ零れ落ちたか。ここに来るのはほとんどが重症者だ、大抵はもう助からない。この仕事をやっているとね人の死が特別じゃなくなってくるんだよ」


 伊集院先生が両手を見ながら愚痴をこぼす。

救えたかもしれない命を救えない。

時には技術不足で、時には人的資源不足で。


「そんなとき遺族の方に私は救えなかったことを伝えないといけないのだがね、何度やってもこれがきつい」


「それは……しんどい仕事です」


「あぁ、だが今日のような瞬間もある。救えた命も確かにあるんだ。まぁ今日は私の力ではないがね」


 すると伊集院先生が剣也の頭をなでる。


「君の力は特別だ、きっと大きな役目を持つ。ノブレスオブリージュというやつかな。大きな力には大きな責任が伴う。君には覚悟はあるかい?」


「覚悟ですか……どうなんでしょう。そんなすべての人を救えるなんて思いあがってはいないです。でも」


「でも?」


「この手が届く範囲、この剣が届く範囲、この目が見える範囲。そこまでは全て救ってみせる。そう思っています」


「はは、謙虚なのかと思ったら全く逆じゃないか。いばらの道だよ、その道は。通ってきた、いや通れなかった本人が言うんだから間違いない」


「それでもやって見せます。目指すことに意味があると思うから」


 その答えを聞いた伊集院の喉まで出かかった言葉が消える。


(誰かを救うというときは、往々にして誰かを見捨てなければいけない。この優しい少年にそれができるのだろうか……でも真っすぐな少年にそれを言うのは野暮か)


「頑張ってくれ、応援しているよ。私を楽にしてくれ」


「はい!」


 そして剣也は一度家に帰ることにした。

田中さんにメッセージだけ入れて今度また挨拶に伺うことにする。


(あの装備を使えば母さんもよくなるかな)


 後日田中さんにいって、母親にも完治の指輪を付けてさせてもらおうと剣也は思っている。

多分了承してくれるだろう。



 翌日。


「すまなかったね、剣也君。昨日は。龍之介も後日改めてお礼をすると言っていたよ」


 剣也の家の前に田中が車で謝りに来る。


「いえ、みどりさんはもう大丈夫ですか?」


「あぁ、体力が落ちているんで今は病院で療養中だがもうずいぶんとよくなったよ、この指輪の力かな」


「それはよかったです。本当に」


「あぁ、本当にありがとう、剣也君。感謝してもしきれない」


「でしたらその指輪を母にもつけさせてもらっていいですか?」


「何を言ってるんだい。これは君の指輪だ。返すよ」


 すると田中さんが指輪を渡してくれた。


「え!? でもAランク装備をあんなに用意してもらったのに」


「十分返してもらったよ。これは正当な報酬だ。受け取ってくれ。男からの指輪だけどね」


 田中さんが笑顔で剣也に微笑んで、指輪を押し込む。


「あ、ありがとうございます」


「レイナ君にあげてもいいんだよ? なんせ100億以上の指輪だ。剣也君の給料200か月分、これならプロポーズも成功するさ」


「な!? そんな僕達はそんな関係じゃ…」


 すると田中さんが剣也の肩を叩く。


「口うるさいおっさんからの助言だがね。愛する人には、言えるとき愛を伝えたほうがいい。いつ何が起きるかわからないんだから」


 その目は冗談ではなく、真剣で。

いつもの茶化すような言葉ではなかった。

勇者という職業を得たレイナが何を為すのかはわからない。

でも剣也の心の中ではすでに彼女への思いは固まりつつあった。


「はい! 頑張ります!」


「ふふ、いつか仲人として呼ばれたいものだね」


「まだ早いですよ…田中さん」


「あ、そうだ。今日はもう一つ用事があってね。車に荷物を積んでいるんだが運んでくれるかい?」


「?…わかりました」


 するとトランクケースには、段ボール。

中々重たいが剣也のステータスでは何も問題ない。


「田中さんこれは?」


「あぁ、60階層に初めて龍之介が行ったときに中央に置かれていたそうだ、よくわからない装備だったが剣也君ならと思ってね。それをあげよう」


 段ボールをあけた剣也が見たものは、ぼろぼろに壊れた防具達。

薄汚れて金メッキが剥がれたような色をしている。


「わかりました! 確認してみます!」


「あぁ、じゃあ私はこれで失礼するよ。みどりが退院したら今度遊びに来てくれ。みどりも挨拶したがっている」


「はい!」


 そうして田中との会話を終え段ボールをもって家に帰る。

今は夕方、学校終わり。

今は家には誰もいない、みんなまだ学校のようで剣也だけ先に帰ってきた。


「さてと、まずは装備を見るか」



−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

装備説明 

・名もなき古びた防具(頭)Lv1(Lvによる上昇なし)

 Bランク レア度★★★★

能力

・知力+1

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


「レア度が高い。それにこの名前はあのレイナの剣と同じ…」


 ほかの装備も全て確認する剣也。

どれもが同じような名前、同じような性能をしている装備達。


「よし、進化してみるか」


 50階層を攻略した剣也達。

50階層までにBやAの装備がいくつかドロップした。

特にBランク装備に該当する精霊系の装備は頻繁にドロップしたので何度かあの階層を周回すればすべて進化できるはず。


 それから剣也達は40~50階層を周回することとなる。

Bランク装備を集めに集め、錬金に使うためだ。


 文化祭まであと2週間。

想いを伝えたい少女、少年の運命の日。

そして約束の日はすぐそこまで。

だから…。


『はやく…、もう時間がない…』

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