第70話 変わる少女は一人で戦う

「私なにしてるんだろ…」


 我を取り戻した美鈴は、急いで二人の後を追おうとする。

見えなくなったとはいえ真っすぐ前に走れば見えるはずだ。

急いで二人を追いかけようとする美鈴。


「!?」


 突如目の前の雪が動き、隆起する。

そして美鈴の2倍はあろう巨大な熊の魔物が立ち上がる。


「ガァァァ!」

「ひっ!」


 雪に擬態していた白熊が突如積もった雪から現れる。

美鈴は後ずさり、悲鳴を上げる。

その魔物から距離を取ろうと後ろへ逃げる。

二人の歩いていく方向とは逆へ。


 まるで意思を持つかの如く低い空は一層吹雪き、美鈴の視界と声をかき消した。



「はぁはぁはぁ…」


 美鈴は走った。

いきなりのことだったので、逃げてしまった。

剣也達とは逆方向に、背を向けて。


 レイナと剣也と一緒にいて麻痺していた。

ここはダンジョン、油断した戦士も、そうでないものも等しく血を吸ってきた試練の塔。

ましてや、最も致死率が高いと言われる20階層~30階層。


 冒険に慣れてきた探索者が油断する頃。

中堅と呼ばれる存在が最も危ないのは、どこの界隈でも同じだろう。


 この階層では圧倒的な二人と一緒にいた美鈴はいつの間にかこのダンジョンを舐めていた。

王シリーズを付けた美鈴ですら死ぬ可能性のある推奨ランクCという階層の魔物達を。


「やばい、迷った…」


 あたり一面白銀の世界。

しかし雪山のように大樹も生い茂り、視界は悪い。

極めつけは徐々に強くなっていく吹雪。


 美鈴の声をかき消して孤独にさせる。

体温も奪い体力も奪う。


「どうしよう、どうしよう」


 焦る美玲は、そばの木にもたれ掛かりながらあたりを見渡す。

久しく本気で走った記憶もないので、息を切らせて肩で呼吸する。


 しかしダンジョンは待ってはくれない。

先程の白熊が美玲を追いかけてきた、嗅覚が優れているのか、そもそも人間の居場所がわかるのか。

どちらにせよ、美玲の命を狙っていることには変わりない。


 美玲は逃げた、逃げて逃げてどこまでも逃げて、それでもその白熊は追いかける。


 窮鼠猫を噛む。


 このまま逃げ続けてもこいつはどこまでも追いかけてくるようだ。

美玲は覚悟を決めてアイテムボックスを開く。


「お願い先輩、力を貸して」


 そして取り出すのは剣也が愛用していた斬破刀。

攻撃力1000のBランク武器だ。


 王シリーズと帝シリーズ、そして斬破刀。

この階層なら攻略するのに問題ないステータス。


 そして美鈴は両手で剣を握りしめ、不格好な構えで前を向く。

そして魔物と目が合った。

大きな口を開けて、涎を垂らし、身の丈の2倍はあるだろうその巨大な魔物。


「あ……あ…」


 構えたはずの剣がぶれる。

脚も手も震えて真っすぐ立てない。


 美鈴は戦意を喪失した。

どこにでもいる普通の女子高生。

戦いなんて経験もないし、護られてきた存在の美鈴は、戦う勇気が出なかった。


 逃げよう。

美鈴はまた逃げた。


 きっとまた誰かが助けてくれる。

逃げていればきっと、いつも見たいに。



「小屋?」


 美鈴が逃げた先には小屋があった。

吹雪の中、ダンジョンの中に小屋がある。


 ダンジョンは不思議だ、まるで誰かが住んでいたような形跡がある。

とはいえすべて古い。

この小屋もそうだ、まるでいきなり住んでいた人が消えてしまったようにすら思える残骸が残る。


「ここで、少し休もう、身体も寒いし…」


 あたりを見渡すと白熊はいないようだ。

巻くことができたのか? とりあえず小屋に入ろう。


 震える体を引きずりながら美鈴は小屋に入った。

雪から守ってくれるボロ小屋は少し暖かい。


「なんか疲れちゃったな…」


 三角座りで、体を丸め込む美鈴。


「私逃げてばっかだ…」


 一人静かな小屋で美鈴は、思いを巡らせる。


 嫌なことから逃げて、嫌な思いをしたら逃げて。

身体を売って、媚びを売って、金銭を得て、依存して。


 そんな自分を変えたくて塔に潜ったのに、また騙されて。

誰かに助けてもらう。


 でも、そんな私を先輩は受け入れてくれた。

私はその期待に応えたくて、求めてほしくて。


 その結果が先輩に体で払う事。

私には差し出せるものがこれしかなかった。

でも誘惑したのに、他の男ならすぐに受け入れてくれたのに。

へたれ? 確かに先輩は童貞で、そういうことには慣れてないだろう。


 でもちょっと違う気がする。

だっていつも彼はこういった。

そういうことは好きな人にするもんだ。っと。

真っ赤な顔をしながら私を引きはがす。


 いつしかその顔が、可愛くて。

その反応が面白くて、嬉しくて。

つい先輩をからかってしまう。


 それにお金持ちになったはずなのに、甘やかせてくれない。

いや、甘やかされてはいるのだろう、でも依存して生きてきた私を変えようとしてくれている。

今日も塔に連れて行ってくれている。


 もちろんアイテムボックスは便利だろう。

しかし絶対に必要というわけではない、特に二人の実力ならすぐに上の階層までいけるのに。

それでも足手纏いの私を連れてダンジョンに潜ってくれている。

分け前も等分し、初めてお金も稼ぐことができた。

 

「応えたい…」


 思いを巡らせた美鈴は、剣也の期待に応えたいと思う。

戦えるように装備もくれて、自立できるように環境も整えてくれて。


 なのに私は結局逃げた。


「変わりたい…私も…」


 逃げてきた自分を、嫌になる自分を。

変わりたい、変えたい、追いつきたい。


 奈々のように、ギルドのために。

レイナさんのように、強く。


 でもどうすればいいかわからない…。


 そのとき小屋を叩く音が聞こえる。

窓から外を見るとあの白熊が小屋を叩いていた。

それを見て一瞬固まる美鈴は、立ち上がる。

真っすぐとその窓から白熊を見てつぶやいた。


「そっか、ここか。ここが私が変われるきっかけなのか」


 美鈴は、大きく息を吸い込んだ。

早まる鼓動が、耳まで聞こえる。

心臓が破裂しそうだ、足が震えて力が入らない。


 それでも大きく声を上げる。


「よし!」


 力いっぱい震える足を叩く。


「頑張れ、美鈴! 今日が私の初めての冒険だ!」


 鼓動が早まり、血がめぐる。

美鈴は決断する、逃げてきた自分を今日、今! ここで変えるんだ!


 怖くて震える、今すぐ縮こまって助けを呼びたい。

でもそれじゃだめなんだ。

それじゃいつまでたっても私は変われないんだ。


 だからするんだ。

私は今からするんだから、本当の戦いを。

自分の意思で!


 刀を力いっぱい握ってドアを勢いよく開く。

震える足と震える声で精いっぱい声を出す。


「か、変わるんだ! 私も! 変われるんだ私だって!」


 目に涙を浮かべて声を出す。

怖くて怖くてたまらない。

それでも、ここで逃げたら一生変われることができない気がするから。


 そして白熊の魔物と美鈴の戦いが始まった。



「はぁはぁはぁ、私勝ったの?」


 そこには倒れる巨大な魔物と、膝をつく美鈴。

長い戦いだったが、美鈴は勝利した。

勝利というにはあまりに泥臭く、それでも反撃を繰り返しいつしか魔物は美鈴の前に倒れている。

装備の能力差はあっただろう、本来苦戦する相手ではないだろう。


 帝装備と斬破刀、そして王シリーズならば一対一ならこの熊にだって素人でも勝てる。


 それでも美鈴にとっては初めての大きな勝利。

いつしか吹雪は収まりしんしんと雪が降り空は晴れている。


「勝った……私こんな怖そうな魔物に勝ったんだ」


 美鈴は灰になっていく魔物を見て実感する。

両手で拳を作り、小さな声を上げる。


「やった!」


 美鈴は変わるこの日から。


 変わるはずだった…。


「うそ…」


 美鈴の周りには、狼の群れ。

白い毛をなびかせるこの階層では一番危険な魔物達。

20体はいるだろうか。


 白狼と呼ばれるこの狼たちは、狡猾で残忍。群れで探索者を襲う。

最もこの階層で探索者を殺してきた魔物達。


 この魔物達は敵わない相手には出てこない、しかしこの魔物達が出てくるときは勝利を確信したとき。

疲弊した美鈴になら勝利できると確信した魔物達。


「そんな……」


 疲弊した身体が、震えた足が動かない。


「助けて……」


 狼たちは、美鈴を囲む。

そして駆け出す獲物へと。


「助けて!! 先輩!!」

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