第71話 困ったら呼んでくれ、いつでも助けるから

「なぁ美鈴もそう思うだろ?」


 剣也が笑顔で振り向き美鈴に話しかける。


「あれ? 美鈴? おーい! 美鈴! 美鈴…?」


「剣也君、美鈴さんがどこにもいません…」


 あたりを見渡す剣也とレイナ。

しかしそこには美鈴の姿はどこにもない。

吹雪は強く、視界は悪い。

声を上げてもまるで響かず、届かない。


 二人の血の気が引いていく。

つい話が盛り上がって夢中になってしまって気づかなかった。

後ろにいる美鈴がいつの間にか消えていることに。


「ステータス錬金!! 素早さと防御力へ!」


 剣也は瞬時に理解して行動する。

吹雪くこの階層で見失った美鈴をすぐに見つけなくては、命が危ない。


「レイナは来た道を戻ってくれ! 僕はあたりをすべて探す!」


「わかりました!!」


 剣也とレイナなら単独でこの階層を探しても問題ない。

しかし美鈴は違う…。


「くそっ! なにやってるんだ! 僕は!」


 ここはダンジョン。

なのについ気が抜けていた。

簡単に倒せる敵たちに、つい気が緩んでしまっていた。

 

 しかし後悔してももう遅い、後悔してる暇なんてない。

全速力で剣也は走る。

新しい装備で得たステータスは、ついに剣也に音の壁を超えさせる。


 とはいえ塔は広い、半径10キロを全て調べるとしたらすぐに見つかるほどの距離ではない。

それにもしかしたら雪に埋まっているかもしれない。

注意深く見る必要もある。


(頼む、無事でいてくれ、美鈴)


 焦る剣也は願うことしかできなかった。



「助けて! 先輩!」


 大声を上げる美鈴は、自分の声で我に返る。

また私は助けを求めた。

変わったはずなのに、変わろうと思ったはずなのに。


 美鈴は立ち上がって、もう一度剣を構える。


「ごめんなさい、先輩。私また弱音吐いちゃいました」


(もう逃げませんから! 私は変わるんだから)


 狼の群れの攻撃をかわして、剣を交える。

牙に引っかかれるがそれほどのダメージを受けないのは、帝の胸当てのおかげだろう。

それでもちょっとずつだがダメージを追う。


 不格好な剣士の振り回す剣技。

それでも健闘したのは、装備だけのおかげじゃないはずだ。


 狼が三体。

美鈴の横で灰になる。


「はぁはぁはぁ」


(頑張れ、私。あきらめるな。きっと先輩なら絶対あきらめない)


 思い浮かぶのは、思い人の背中。

きっとあの人は、どんなにつらい場面でも最後の最後まであきらめない。

そして思い人の思い人もきっとそうなのだろう。


 なら自分だってそうだ。

負けない。負けたくない。

レイナ先輩にも、この魔物達にも!


「うわぁぁあ!!!!」


 大声を上げて剣を振りかぶる。

そしてもう一体の狼を倒す。

しかし無理に切ったその剣は、血糊ですべって美鈴の手を離れる。


 つまりステータスが大幅にダウン。


 好機と見た残りの狼がすべて一斉に美鈴にとびかかる。

逃げ場がない、美鈴は思わず目を閉じる。


(ごめんなさい…先輩。でも私頑張ったんですよ…褒めて…ほしいな…)


 そして狼達の牙が獲物に噛みつく。


「え?」


 痛みがない、それにこれは。


 直後聞こえたのは自分を呼ぶ声。

感じたのは、狼達の牙ではなく、暴風。

そして直後包み込まれて、優しく抱きしめる胸。

 

 私はこの声を知っている。

私はこの匂いを知っている。


「よかった……間に合った…美鈴」


 美鈴を抱きしめて、狼から守るのは剣也だった。

全身を狼達に噛まれているが、ギリギリでステータスを防御力に振っているので無傷。

狼達は剣也を警戒して距離を取る。


「先輩……」


「少しだけ待っててくれ、すぐに片付ける」


 剣を抜いて剣也が歩き出す。


「お前ら…覚悟はできてるんだろうな…」


 鈍く光りながらも輝きを失わないその剣を抜いて、怒りをあらわにする剣也。


「きゃうーん…」


 狼は悟った。自分達の最後を。



 一掃した後剣也はへたり込む美鈴に駆け寄った。


「美鈴よかった。こんなに傷だらけで……ごめん。少しあそこで休もう」


「きゃっ!?」


 血を拭いながら傷だらけの美鈴をお姫様抱っこで抱きかかえて傍の小屋に連れていく。

少しだけ休憩して、レイナと合流しよう。


「先輩…ありがとうございます。助けてくれて」


 抱きかかえられながら美鈴は剣也に話しかける。


「いや、僕が目を離したのが悪いよ、ごめんね」


「いや、悪いのは私です。私が…勝手に迷子になっただけで…」


「でも見つけれてよかった、美鈴の声が聞こえたから何とか間に合った。狼と戦ったんだろ? 強いな美鈴は」


「私一人で白熊倒したんですよ? 狼だって何体か」


「あぁ、すごいよ。強くなったね美鈴」


 小屋に入って、美鈴を卸した剣也は美鈴の頭をなでる。

美鈴のアイテムボックスから出した毛布にくるんで暖を取らせる。


「少し温まろうか」


「はい……」


 小屋の中に沈黙が続く。

ゆっくりと美鈴が口を開く。


「先輩少し寒いです…」


「えーっとどうしよ、あ! この装備を」


「違う…」


 すると美鈴が毛布の中に剣也を入れる。

それほど大きくない毛布に二人、体を密着して暖を取る。


「あったかい……先輩ってあったかいですね」


「美鈴…」


「先輩に助けてもらうの、三回目です」


「あぁ……。三回? 二回じゃなくて?」


 剣也が思い出すのは、美鈴との初めての出会い。


「はい、三回です! 約束通りまた助けてくれましたね」


「よくわかんないけど、助けたのかな? 困ったら今日見たいに大きな声で呼んでくれ、いつでも助けるから」


◇美鈴が思い出す記憶。


 幼い頃虐められてた私を助けてくれた小さな小学生の男の子。


「困ったら呼んでくれ、いつでも助けるから」


 ぼろぼろになりながらもいじめっ子達から守ってくれて、笑って美鈴に微笑みかけた少年。

もう顔も思い出せない昔のことだけど、多分きっとあの少年が。


「はい! でも私助けを待つだけの女じゃなくなりました」


「どういうこと?」


「私もう待たないことにしたんです。求められるのを待つのはやめたんです」


 その発言の意図することがいまいちつかめない剣也は首をかしげる。


「ふふ、相変わらず鈍感なんだから…先輩……こっちむいて?」


「ん? なに……ん!?」


 こちらを向いた剣也、その剣也を毛布の中で強く引き寄せる美鈴。

二人の顔が近くなる、まるでキスできるような距離に。


「こういうことです……先輩」


 真っ赤な顔で恥ずかしそうに、それでも笑顔で真っすぐ剣也を見つめる瞳。

剣也は唇を抑えてまさかと目を丸くする。


「み、美鈴! そ、そういうことは…」


「好きな人にですか?」


「う、うん」


「じゃあ間違ってませんね。先輩……私先輩が好きです。やっと本心から言える。先輩が好きなんです」


 剣也は驚く、初めて告白された。

一瞬いつもの冗談かと思ったがしかし美鈴の真っすぐなその目を見て理解する。

誠意をもって答えないといけないと。


「美鈴……僕は…んっ」


 美鈴が人差し指で剣也の口を閉じる。


「いいんです。今はここまでで」


(今はこれが私の精いっぱいだから、それに今は答えはわかっているから)


 美鈴は初めてキスをした、初めて思いを告白した。

自分の意思で、自分の気持ちで。

ファーストキスとはいかないが、それでも自分からしたのは初めてだった。

だって気づいてしまったから。


 多分じゃない、この気持ちはちゃんと恋なんだと。

先輩への気持ちはただの依存なんかじゃない。

頼らずに生きていこうと決めた今ならわかるから。


 本当に、純粋に、私は先輩を好きだから……だから。


「先輩、覚悟してくださいね! 今日から美鈴は変わりましたから!」


 もう求められるのを待つだけの少女はいない。

自分から行動して、依存ではなくて自立して、それでも好きだと言えるなら。

きっとそれが本当に好きってことだと思うから。


 狭い毛布の中で満面の笑みを剣也に向ける。

ほんのり赤いホッペは寒さだけのせいではない。

剣也は見惚れるその笑顔に。


 ゲレンデマジック? この気持ちはなんだろう。


 このドキドキするような気持ちは一体なんなんだろう。

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