第66話 新訳ラグナロクの視聴会

 剣也は巨大蜘蛛装備を錬金する。


 進化♪ 王蜘蛛の糸靴Lv1


「へぇー王蜘蛛かー。あの蜘蛛の王種かな? ゴブリンキングみたいに」


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

装備説明 

・王蜘蛛の糸靴Lv1(Lvによる上昇+100)

 Bランク レア度★★

能力

・素早さ+1000

装備者の意思であらゆるものに吸着する。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


 そして剣也は装備してみる。

確かに素早さの向上を感じ、そして能力を発動する。


「なるほどーくっつくなー剥がすのも意思通りなら壁も簡単に歩けそうだ。むしろ走れるか?」


 そして剣也は倉庫の壁を走り出す。

見事にくっつくその靴のおかげで簡単に壁を歩くことができる。


「何に使えるかわからないけど、まぁ便利かな?」


 その日は一旦それで錬金を終えることにする。



「ただいまー」


「おかえり、先輩! お風呂にする? 私にする? それともえ・い・が?」


 お風呂上りなのだろう、髪が濡れた少女が剣也を出迎える。

その手には新訳ラグナロクの映画のDVDが握られている。

奥にはレイナと奈々が寛いでいた。


「おかえりなさい、剣也君」

「おかえり、お兄ちゃん」


「あぁただいま。お風呂にさっとはいって映画を見よっか」


「了解! ポップコーンとコーラの準備はできております!」


「準備がいいね。楽しみだ」


 そしてお風呂に入り、寝巻に着替えた剣也達は巨大なテレビの前に座る。

高級そうなソファに座る剣也。


 隣にはシャンプーのいい香りがするレイナ、と香水のいい匂いがする美鈴が座り両手に花状態。

美鈴に関しては、僕にもたれ掛かってくる。


「美鈴、広いんだから…」


「寝巻で映画なんて恋人みたいですね。先輩! はい、ポップコーン」


 美鈴が体をこすりつけながらポップコーンをあーんしてくる。


「あー」


 僕は口を開けてそのポップコーンを食べる。


「やん♥ もう先輩指なめたー」


「え? ご、ごめん…」


「美味しかったですか? もっと舐めてもいいですよ? あーん」


「こら、美鈴! 今から映画見るんだからそういうのなし! お兄ちゃんも!」


「えー? 美味しかったですよね? 先輩」


(塩味が効いてて美味しかったです、特にそのとがってる爪が)


「剣也君、コーラもどうぞ、はいあーん」


(コーラをあーん? 何を言ってるんだこの子は)


 レイナもその様子を見てコーラのペットボトルをあーんしてくる。

僕の口にコーラを押し付けて流し込むレイナ、心なしか何か意思を感じる。

ペットボトルを強く握り、圧力で流し込まれる炭酸飲料。


 飲まなければ口からこぼれそうになるコーラを一気飲みする剣也。炭酸きっつ!

なにこれご褒美だと思ったのに、罰ゲーム? 


「ゴホッゴホッ! と、とりあえず映画をつけようか」


 逃げるように剣也は立ち上がってリモコンを取る。

再生ボタンを押し新訳ラグナロクが始まった。


「じゃあ、部屋少し暗くするねー」


 壮大な音楽が流れ、映画が始まった。


◇新訳ラグナロク


 舞台は神話の時代。

世界は、魔物に溢れている。

人間達は、魔物に生活を脅かされながらも懸命に生きていた。


 時には魔物に殺され餌に。

時には、生存権を魔物に奪われ食糧難に。


 この時代のこの星の覇者は人間ではないようだ。

龍、精霊、虫、獣、あらゆる生物が人間よりも強い。


 いよいよ、種が限界を迎えた人間達。

もはや滅びるしかないそう思われたときに奇跡が起きた。


 神が現れたのだ。


 正確には、後に神々と呼ばれる存在が現れた。

彼らは人間達に、神器と呼ばれる武器を授けた。


 その装備を付けた人間達は、覚醒した。

魔物をものともせず、次々と討伐する。


 人々は神を崇める。

 人々は魔物を討伐する。


 生存権を広げ、ついにこの星の支配者は人間となった。



「なんか神器って、装備品みたいだよね」


「そうですねー覚醒したって職業みたい。装備品が現れた世界だしそういう話に変えたんじゃないですか?」


◇新訳ラグナロク続き


 人々は繁栄した。

神々への感謝も次第に忘れていく。


 しかし突如とても強い魔物が二柱生まれた。



 一柱は、狼の魔物。

名をフェンリルと呼んだ。


 その魔物が現れたとき太陽は月に食われ世界は闇に落ちる。

神器を持った神の兵を次々に食い殺した銀色の魔狼。


 もう一柱は蛇の魔物。

名をヨルムンガンドと呼んだ。


 星を一周できるほどの巨体。

実際はそれほどではないので比喩ではあるのだが、その蛇は見渡すばかりの巨大な体を持っておりその体は山よりも大きい。

終わりが見えないその巨体は世界すら飲み込む巨大な蛇。


 そのどちらもが一体で人間の世界を壊滅させるほどの強大な力を持っていた。

人々は、恐怖し、神への信仰を思い出す。


 その時神官の一人、長いひげを蓄えた長老が口を開く。


「生贄を捧げよ、神への供物を。神の力を分けてもらうのだ」


 そして生贄に選ばれた少女。


 その少女の名は、ユミル。

かつて人々に光を与えた神と同じ名前を付けられた少女。


 しかしその少女の生贄に反対した少年がいた。

その少年の名は、ユグド。


 ユグドとユミルは恋人だった。

仲のいい二人はそのまま結婚し、子供を産んで幸せに過ごすはずだった。


 なのに生贄に選ばれたのはユミル。

理由はわからないが、神々からその少女を生贄として差し出すことを神官は伝えられたという。


 激怒するユグドと、涙しながらも諦めるユミル。


 二人を引き裂く神々の思惑と神官達。

多くの民達が生贄に賛成し、ユミルの味方はユグドのみ。


 そしてユグドの前で少女は、燃やされた。


 ユグドは血の涙を流しながら抵抗する。

必死に嘆願し、少女を助けてほしいと願う。


 しかし誰も彼女を助けない。

抵抗続ける彼は牢に入れられ彼女の最後を見届けることすらできなかった。

 

 最後に見た光景は、火の中で苦痛に顔をゆがめながらも必死に笑顔をこちらへ向ける少女の顔だった。


「さよなら、ユグド…」



「か、悲しすぎます…先輩二人を助けてあげて」


「無茶いうな…。でもひどい話だ。生贄か…昔はそういったこともあったんだろうな」


「今ならユグドさんの気持ちがわかります。愛する人を目の前で殺されて何もできないなんて…」


「ユミルさん可哀そう。まだ若いのに…」


 全員が感情移入する。

ユグドとユミルの悲しい物語。

しかし物語はここから始まった。


◇新訳ラグナロク続き


「悔しいか? ユグド」


 牢の中で放心するユグド。

その体は血だらけで、何とか牢から這い出ようとした痕跡もある。


 そのユグドに付け込む一人の男。

突如彼の前に現れたのは、神々の一柱。


「力が欲しいか? ユグド。復讐する力が」


 彼女を奪った世界を壊したい。

彼女を奪ってそれで平和が来たとしても。

その世界で能天気に平和を享受する奴らが許せない。


「欲しい…、あいつらを殺せる力が」


 憎しみが復讐という形でユグドの中に形成されていく。


 ユグドの前に立つ男がにやりと笑う。

邪な神、破壊と混沌をもたらして笑う。


 カオスを眺めるのが何よりも楽しみな悪い神が笑顔を浮かべる。


 直後ユグドの前に一振りの剣が現れた。

禍々しくて、まるで生きているかのごとき鼓動する黒い剣。

意思すら感じる憎しみと破壊と混沌の魔剣。


「これを。ユグド」


 そしてユグドは魔剣を手に取る。

黒い光がユグドを包み、目から正気は消え失せる。

剣に操られているのか、邪神に操られているのかはわからない。


 しかし彼が願うことは一つだけ。

彼を動かす原動力はたった一つの憎しみだけ。


 彼女を失った世界をどうしよもなく寂しくて。

どうしよもなく、憎かった。


 だからこの世界を…。


『職業 魔王を発現しました』


 滅ぼしたい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る