記憶をなくしても、君を見つけたい⑨




この後は里志の車で一度アパートまで帰り、里志と連絡先を交換して別れることとなった。


―――まさか彼女の元カレと連絡先を交換することになるなんてな。


現在は助手席に希実を乗せ車を走らせているところだ。 希実の車は流石に運転させることができないため、後に取りに来るという話になった。


―――希実の車、どうするかな・・・。


希実は相変わらず助手席で穏やかに眠っている。 新しい未来を創るのは利基にとっても悪くない。 ただ身の回りのことができないとなると、なかなかに大変なことは分かり切っていた。

ある程度車を走らせたところで脇に止め電話をかける。


「あ、もしもし。 今日の18時に予約していた上原なんですが、キャンセルしてもいいですか?」


―――キャンセル料は取られるけど仕方ないか。

―――希実が最優先だからな。


電話を終えしばらく車を走らせていると希実が目を覚ます。


「ん・・・」

「起きたか?」

「あれ・・・。 利基くん・・・? どこへ行くの?」

「腹が減ったろ? 丁度いい時間帯だ。 夕食にしよう」

「・・・」

「何か食べたいものでもあるか?」


希実は相変わらず首を傾げている。 おそらくどんな食べ物を選ぶことができるのか分からないのだろう。 


「じゃあ、俺の行きたいところへ付いてきてもらおうかな」


―――希実の記憶が戻ろうが戻らなかろうが、もうどっちだっていい。

―――戻ったら辛い記憶のある希実を支えればいいし、戻らなかったら新しく思い出を作っていけばいいんだから。

―――それはもう時間に身を任せる。

―――あとアイツが引いて俺が希実を預かることになった以上、絶対にまた俺のことを好きにさせてやるからな。

―――希実の気持ちは関係なしに。

―――まずは俺のことを好いてもらわないと何も始まらない。

―――いや、もう今から思い出作りはスタートしているのか。


横目で希実を見た。


―――今の希実は一人暮らしをしてバイトをしているけど、記憶を失ってしまったらもう復帰は無理だろうな。

―――だから俺が支えないといけないんだ。

―――・・・俺が支えないと、希実は親戚のもとへ行ってしまうだろうから。


着いたのはパスタ専門店だった。 席へ通されてメニューを希実に渡す。


「好きなものを頼んでいいよ」

「うん・・・?」

「文字は読める?」

「平仮名だけ・・・」

「そうか。 じゃあ俺が決めてやるよ」


そうして注文し終え希実の目の前に和風パスタが置かれた。 “いただきます”とフォークの使い方を教え、希実はパスタを口にする。


「んんっ!」


口に入れた瞬間希実は嬉しそうに微笑んだ。


「美味しいか?」

「おいしい?」

「食べて自然と笑顔になることだよ」

「うん! 美味しい!!」


言葉を教えるのは大変だが、まるで自分の子供にモノを教えているようで楽しかった。


―――これはこれで楽しい生活を送れるのかもしれない。

―――いいように捉えれば希実の思い出は全て俺だけで埋まるということだ。


食事を終えると今度はショッピングをすることにした。


「次はどこへ行くの?」

「香水を売っている場所だよ」

「こうすい? 何それ?」

「あー、香水っていうのは・・・」


香水は希実が好きでよく付けていた。 元々利基は香水に興味はなかったが、希実の好みのために調べていた時期があったのだ。


―――あの時の知識が今になって役立つとはな。


「ほら。 こういう香りとか希実好きだろ?」


そう言って香水を希実の鼻に近付ける。


「うん! 美味しい!」

「確かに自然と笑顔になるけど、これは美味しいじゃないんだ。 いい香りって言うんだよ。 まぁいいか。 それ、買ってやるよ」


早速購入し希実に付けてあげた。


「わぁー! 私の手からいい香りがする!!」


先程から手首に付けた香水の香りを直接鼻に当て嗅いでいる。


―――満足してくれたようでよかった。


希実に笑顔が戻ってよかった。 そう思ったのも束の間、次第に希実の歩みが遅くなっていったのだ。



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